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東京大学東洋文化研究所

研究の内容RESEARCH

はじめに

私は、日本と中国を中心のフィールドとして、自然と人間をめぐる民俗学的研究携わってきました。その研究は、複数のテーマに跨っています。

  1、人間と動物の関係史
  2、地域の自然資源の利用・所有・管理
  3、地域の文化資源の利用・所有・管理
  4、民俗学の方法論的検討
 
 これらの研究は、個々に分節的に執り行われたのではなく、それぞれ絡み合いながら、螺旋状に積み重ねら得てきました。その具体的な内容を、簡単にご紹介します。

民俗学の実践―公共民俗学の可能性と課題に関する研究

 1990年代以降、社会、および種々の学界における「公共性」の議論の盛り上がりみられます。これは、自律した「市民」を主体とする「市民社会」論を背景に生起したもので す。そのような「公共性」論、「市民社会」論が高揚する中、政治学や政策学、法学というプラグマティックな学問分野にとどまらず、多くの人文社会科学が、この 問題に対応してきています。たとえば、Public Sociology。社会学では、「公共性」を問う研究のみならず、学問が「市民社会」へと開いていく、 あるいは「脱専門化」の方向性を模索しています。近年のアメリカ社会学会(ASA)では、Michael Burawoyらの主導によってPublic Sociologyが提唱され、それは「市民と対話する社会学」と位置づけられています。また、Public Archaeology。2006年に大阪で開催された世界考古学会議(WAC)では、Public Archaeologyが中心課題の一つとなり、調査や研究の場を、市民に開くありかたが検討されています。
 このような現代的な公共論の高まり、さらにアカデミズムのなかでの民俗学の弱体化という状況のなかで、民俗学が自ら打開する方向性のひとつに「実践」があります。そして、その「実践」を考えるにあたって重要な方向性が公共民俗学Public Folkloreです。この言葉は、アメリカで1970年代から使用されてきましたが、それは公衆民俗学Public Sector Folkloreに限定された議論でした。ここで私たち民俗学研究者は、現代公共論のなかでPublic Folkloreを標榜することにより、民俗学の草創期に掲げられ、しかし、実現されなかった学問救世の思想と運動を再度検討する必要があります。

闘牛―人間幸福のための文化資源の順応的管理に関する研究


 文化は、自然と相並ぶ資源として現代社会では位置づけられています。その文化資源を評価し、利用し、管理するにはどのようしたら良いのか、単純なフォークロリズムに堕することのない、人間の幸福のための文化資源管理について考えています。その際、自然資源管理に有効として現在注目されている、順応的管理(adaptive management)の 手法の応用について検討しています。具体的素材として、新潟県小千谷市の越後闘牛に注目しています(写真は我が愛牛・天神)。越後角突きは、国の重要無形民俗文化財に指定されています。それは、現在、観光資源として行政の援助を受けつつも、その担い手たちの熱心な努力によって継承されています。それは、また地域の紐帯を強化するこ とに役立ち、その地の信頼やネットワーク、規範を生み出すSocial Capital(社会関係資本)の源泉ともなっています。この文化資源のダイナミズムを実証的に細部にわたって 検証するために、私自身、牛のオーナーとなってこの文化に参画しました。今後、人生を通して終わりのない研究スパンで、単純な参与観察という手法論を乗り越えたフィール ドワークをこの方面で展開していきます。それは、フィールドワーク論にも一石を投じることになるかと思います。

錦鯉―日本の伝統文化の創造と全球的拡散、トランス・ナショナリズムに関する動態的研究


 本研究は、日本のある地方の文化が、国を表象する「伝統」へと社会、経済、政治的に構築され、さらに、それが海外へ移転、輸出されて、グローバルな文化として影響力を保持するまでに至る過程、すなわち「日本文化の創造と拡散のダイナミズム」を、新しい視角と手法によって明らかにすることを目的としています。現在、至る所で文化が資源化され、ときには「商品」として、またあるときには政治的な「道具」として利用されています。たとえば、アニメーションやマンガに代表される日本のポピュラー文化は、近 隣のアジア諸国のみならず、世界各国に波及し、民間資本によって積極的に「商品」として移転され、また、日本政府は、「知的財産戦略本部」を設置し、「知的財産推進計画2006」を策定することにより、その文化のコンテンツを、国際的な競争力をもち将来性も期待できる「商品」として位置づけ、さらに、ソフト・ナショナリズムに基づいた政治的 な「道具」として活用する動きを活発化させています。それは日本文化を戦略的な資源とみなして海外へ輸出し、経済的利益を上げるとともに、日本という国家への「親しみ」「信頼」を醸成し、グローバル時代のなかでプレゼンスを確保しようという国家戦略です。種々の文化輸出の結果、現在、日本の様々な文化が「クール・ジャパン」と表現されて、海外に受け入れられるという状況も生まれています。
 このようなグローバル化時代を背景とした文化拡散、および文化輸出に関しては、すでに社会学や文化人類学、カルチュラル・スタディーズの分野で考究されています。そこでは当初、「マクドナルド化(McDonaldization)」の議論に見られるように、文化輸出の状況を、政治・経済の力学の上で優位な文化が、画一的に世界を支配する文化帝国主 義の文脈で否定的に扱うことが多かったのですが、一方で、文化帝国主義的な視点ではなく、脱国籍性(trance-nationalism)や現地化(localization)に着目し、地域の主体的な反応と標準的なマクドナルド化自体の変化という双方向運動によって生成される「第三の文化」として、そのような文化状況を把握する動きも見られます。
 このようにグローバル化時代を背景とした文化の拡散の問題が、文化研究の種々の分野で検討されるなか、日本を対象としても、その問題は積極的に取り組まれるようになってきています。たとえば、カルチュラル・スタディーズの分野では、日本のポップ・カルチャーが、アジア地域に浸透し「アジア」という創造空間を喚起し、その地域を包摂しなが ら主導権を握ろうとする日本の意欲が考究されています。また、文化人類学でも、ヒップ・ホップ文化や寿司文化のグローバル化とトランスナショナルな状況が検討されています。
 本研究で、「文化の創造と拡散のダイナミズム」を明らかにするために選択した文化事象は、「錦鯉」をめぐる文化です。錦鯉は、新潟県中越地方で200年前に生み出されたと語られる観賞魚であり、高度経済成長期に日本全国に流通し、現在では「国魚」とも称され一種の「国民文化」ともなっています。また、それは世界規模で輸出され、その結果“Koi (錦鯉の意味で使われる)”という言葉が世界各地で通用するまでになっており、英語辞書にも収載されるほどです(“Merriam-Webster's Collegiate Dictionary” (10thed, 2001))。さらに、錦鯉愛好家団体は全世界に34支部を置き、17カ国に友好団体を保持するなど、日本で生み出された錦鯉文化のグローバルな拡散は進展しています。それは、グロー バリゼーション時代の日本文化のトランス・ナショナルな状況を考察する上で、まさに加工の素材です。

中国における創られた動物に関する研究―あるべき自然が投影された動物たち―


 中国では、多くの動物が創り出されてきました。その作出の歴史には中国・漢人の動物観が表出しています。中国長江の南、浙江省の太湖のほとり、桐郷地方には「湖羊(hu-yang)」と呼ばれる品種のヒツジが飼育されています。羊は、通常ヒツジ飼養の行われる乾燥地帯とはかけ離れた環境で、長期にわたって特異的な方法で飼育されたことにより、一般的な牧畜地域で飼育されるヒツジとは、大きく異なった特異性を有するようになっています。
 このヒツジの飼育技術と、品種特性を見ると、「あるべき自然」を創り出そうとする、中国・漢人の並々ならぬ努力をうかがい知ることができます。

根芸―人為と非人為の狭間に生まれる文化・花鳥魚虫文化の本質と構築に関する研究


 根芸は、木や竹の根を用いた彫刻芸術です。この芸術の特徴は、すべてを人為によって作り上げるのではなく、自然に創り出された形状をうまく生かしつつ、 造形を施す点にあります。その絶妙のバランスが、この芸術の最大のポイントです。この芸術にも「あるがままの自然」を「あるべき自然」へと加工する中国・漢人の自然観が投影されています。
 一方で、民間芸術の創造をテーマに、いままさに創られつつある根芸という民間「芸術」を掘り下げています。この芸術は、普通の木匠(大工や建具師)たちが、地域発展の政策と 密接にかかわりつつ、「芸術」に高めたものです。20年ほど前までは、何の変哲もない工人が、いまでは「芸術家」として敬われています。文化構築主義的研究には格好の素材です。

「奇」の文化誌的研究


 中国文化には、工芸、料理、景観設計、花鳥魚虫、動物、言語芸術をめぐる複雑に絡み合う「奇」の文化への志向性が存在します。それらに通底する「奇」の本質性は、中国文化に おける自然の向き合い方に大きな影響を与えてきたようです。あえて本質主義的に迫ってみます。写真は壺に入った美女の見せ物…まさに奇です。

闘コオロギに見る中国漢人の自然観の研究


 中国においてコオロギを用いた遊びが都市住民に愛好されています。二匹のオスコオロギを闘わせる遊びです。この文化は1000年近くの歴史を持ち、高度に発達した花鳥魚虫文化の 一部となっています。そこには、自然を「ありのまま」に放っておくのではなく、人為により加工し「あるべき自然」として作り上げることに価値を置く、中国(漢人)的自然観がある と考えています。

日本のサケ民俗と北方文化とのシンクレティズムの研究


 サケは北方性の回遊魚です。そのため、日本文化の北方的性格を論述するなかで重要なメルクマールとして使われてきました。私は、オールドタイプの文化伝播論や文化圏論に安易 に堕することは意識的に避けましたが、北方文化と日本文化とのシンクレティズム(習合)という課題は、いささか本質主義的でもあり、民俗学の手法の限界を超えていることを自覚し、この分野からは撤退しました。サケたたき棒という物質文化を素材に、霊魂観や世界観を考察しました。民族学的資料としては、今でも価値があります。こういう「ロマン」あふれる民俗学研究に憧れて、民俗学に足を踏み込んだのですが、今は昔、隔世の感があります。民俗学ではできませんが、是非とも考古学などで追究していただきたい課題です。

宗教者、とくに修験道と民俗文化の関連性の研究

 宗教者、とくに修験者(山伏)は、民俗文化の形成と再編に大きな役割を果たしてきました。私は、生業(とくにサケ漁)に関する信仰と儀礼、口承文芸などを通して、民間宗教者と日本の民俗との関わりを考察しました。修験者は単なる宗教者ではなく、俗世界の現実の生活と強く結びついた技術者でもあったのです。そういう視点は民俗学ならではだと思います。私の博士論文になった研究です。本にまとめて、研究に一段落つけました。

河川漁撈技術と環境に関する研究

 技術は、それが展開される環境に大きく影響を受けます。漁師たちは、微細な知識と繊細な技術を駆使して、魚と対峙します。その技術誌をまとめました。

「水辺」の環境民俗学的研究


 湖沼の陸と水面の遷移帯である「水辺」は、エコトーンであり多くの動植物に恵まれてきました。1970年代以前、すなわち、高度経済成長期以前には、日本の多くの地域に「水辺」 が存在していましたが、今ではそのほとんどが失われたり、あるいは、破壊されたりしています。その「水辺」が、まだ自然が豊だった頃、そのそばにすむ人々は、「水辺」の資源の恩恵を受けていました。水の害など、一見、生活には不利に見える低湿地ですが、多様で豊富な資源を複合的に利用する生活形態は、環境のハンディキャップを補っていました。そのような「水辺」における人々の暮らしを、社会システム、技術などの側面から考察しました。私の初期の研究の中心となった「水辺」の三部作が、ここに含まれます。

コモンズとしての「水辺」の研究


 コモンズ(commons)とは、本来は、中世イングランドやウェールズにみられた具体的な在地の資源利用システムです。それは貴族領主の荘園性に基づく所有と、その中で慣習的に 複数の農民が多様な形態で共同に利用する資源でした。そのような具体的な資源と社会システムの具体名称が、現在では、共同に管理する資源、あるいはその管理システムという一般概念として使用されています。共的資源は、多くの人々が一緒に「使う」ということで、それをめぐって濃厚な人間関係やそれを支える仕組み(ルールや組織)を形作ります。簡単にいって、そういう複数の主体によって共的に管理・利用される資源や、そのような資源を共的に管理・利用する制度が、コモンズと呼ばれます。そのコモンズを、河川湖沼という空間 から読み解く研究です。

総有制―日本的コモンズ理論的研究

 日本におけるコモンズは、当然ながら日本的な特徴を持っています。それは、一言で言えば「総有」と表現できるでしょう。この総有をめぐっては、従来、法学や農村社会学、農村経済学などで取り上げられてきましたが、概念の規定、言葉づかいなどで、無用な軋轢と誤解を生んでいます。日本的コモンズ―総有を論じる前に、その概念と意味内容につい て十分に理解する必要があるため、理論研究を行いました。

中国の土地資源利用と所有に関する研究


 中国江南地域では、精緻なエネルギー・栄養分の循環利用システムが存在していました。人糞尿、家畜糞尿などの老廃物のみならず、生産物も連結する複雑な利用系で、中国では結 合(integration)と呼ばれます。稲作を中心とし、農業生産物の残滓をブタの餌として、そのブタの糞を水田や畑の肥料とするとともに、養魚場の餌とする。魚はそれによって肥育され、魚の糞が積もり溜まった池の泥土は、やはり水田や畑、桑畑の肥料となる。桑畑で育った桑の葉は当然カイコの餌となるが、残ったものはヒツジの餌になる。そして、マユを採った後のカイコのサナギも、ヒツジの餌となり、ヒツジの糞は桑畑や水田、畑の肥料となって…。このような複雑な生産物と老廃物の利用の連鎖が、果てしなく続きます。このフロー・シ ステムは、17世紀初頭には既に完成していたようで、その時代の農書には、統合的に資源を利用するシステムのやり方がこと細かく書かれています。この地方の資源利用の社会制度も特徴的で、生産の基盤として土地が有用性をもちますが、そのような使用価値以上の価値を中国の土地資源は付与されてきました。それは商品価値といって良く、一田両主・田面田底慣行 に基づく永佃制など、流動性を高めるシステム編み出すことにより、その価値をさらに高めました。さらに、交換可能性を高めるさまざまな運用・取引の手法はによって、土地の本源的な使用価値に基づく生産に依拠することなく収益を上げる仕組みを編み出し、土地資源のよりいっそうの資源価値を上昇させました。


菅豊研究室

東京大学東洋文化研究所
新世代アジア研究部門

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