所長挨拶

  東洋文化研究所は、1941年11月26日に、「東洋文化に関する綜合的研究」のために創設された東京大学の附置研究所です。本研究所における研究の主な対象地域はアジア諸言語を用いる地域で、西は北アフリカを含むアラビア語圏から東は日本まで、北はロシア連邦を含むアルタイ諸語圏から南はインドネシアまで、ユーラシア大陸を中心に広大な範囲が含まれます。同時に、学問のグローバル化の中、研究の連携地域はユーラシア大陸を超えて、その他の大陸にも及んでいます。

  学問分野としては政治、社会、法律、経済、宗教、思想、文化、人類、歴史、考古、文学、美術など多岐にわたっています。この多様性が研究所総体としての広い視野を可能にしています。他方で、多様性を貫いて共通しているのは、アジアの諸地域の社会や文化に根差した固有の考えに寄り添いながら、それをより広い文脈に置き直して、新しい普遍に寄与する意義を探究しようとする姿勢です。それは近代的な学問が前提にしてきた、東洋と西洋を特殊と普遍に割り振るという枠組みからアジア研究を解き放ち、アジア研究のアジア化とアジア研究の普遍化をともに実践するものです。

  本研究所の所員は、国内外に独自の研究ネットワークを持ち、現地調査を行い、国際的な学術会議に参加し、海外研究者との共同研究を行っています。そうした個別の活動に支えられて、本研究所は国内外の研究機関と学術交流協定を結び、実効的な協力関係を数多く構築しています。本研究所の有する漢籍をはじめとした世界でも有数の蔵書の利用や、所員を中心とした研究者たちとの交流を目的として、数多くの海外の研究者が訪問研究員として長期、短期に訪れ、活発な交流を行っています。こうしたことから、本研究所はアジア研究の世界的拠点の一つと呼んで差し支えないかと思います。

  人材養成や教育面にも、本研究所は積極的に関与しています。具体的には、日本学術振興会特別研究員や私学研修員などを数多く受け入れ、若手研究者の育成を積極的に行っていますし、所員はそれぞれの専門領域に応じて東京大学の大学院・学部における教育活動にも従事し、今後のグローバル社会を担う人材養成にも力を注いでいます。

  アジア研究のアジア化と普遍化のために、本研究所は、2022年度から「グローバルアジア研究(Global Asian Studies)」プロジェクトを独自に立ち上げました。それは従来の「国際総合日本学(Global Japan Studies)」を継承発展させたもので、新しいアジア研究の地平を開くものです。また、ケンブリッジ大学出版局と共同で英文ジャーナルInternational Journal of Asian Studiesを発行し続ける一方、優良なアジア研究成果をオープン・アクセスの形で出版する「一流英文出版社とのパートナーシップによるアジア研究咸果のオープン・アクセス出版事業」を遂行しています。また、附属施設である東洋学研究情報センターは、アジア研究に関する各種の情報を整理し、全世界に発信しています。

  また、東京大学のアジア研究と図書館機能の協働を具現化する「アジア研究図書館(Asian Research Library)」、これまで主に日本語で蓄積されてきた東京大学の人文知を英語の図書として世界に向けて出版する「東京大学英文図書刊行事業(The University of Tokyo International Publishing Initiative, UT -IPI)」、そして外部資金の支援を受け、リベラル・アーツとしての東アジア学の構築を目指す「東アジア藝文書院 ( East Asian Academy for New Liberal Arts, EAA)」やそれと連動する「潮田総合学芸知イニシアティヴ(The Ushioda Initiative of Arts, UIA)」等の全学プロジェクトにおいても、本研究所は中核的役割を担い、東京大学の教育研究の発展に貢献しています。

  世界が大きく変動しつつある現代において、東洋文化研究所は、アジア研究の世界的拠点としての負託に応えるべく、所員の研究の多様性とグローバルな研究ネットワークを軸に、アジア研究のアジア化と普遍化を実践して、世界に貢献していきたいと考えています。

2023年4月 所長 中島 隆博