インタビュー 41

このページでは、当研究所教員へのインタビューを通じて、当研究所における研究への取り組みをご紹介しています。
第41回となる今回は、汎アジア研究部門所属の 卯田 宗平 特任講師へのインタビューをお届けします。

卯田 宗平 (UDA Shuhei, Lecture / 汎アジア研究部門 特任講師)

―― 日本や中国において人間と自然との関係を広く研究されている卯田先生のところにやってきました。今日は、ご研究についていろいろと伺いたいと思います。卯田先生といえば、いまや鵜飼い研究の第一人者というイメージになっていますが、そもそもなぜ鵜飼いに関心があったのですか?

  なぜだと思いますか?

―― えっ? 見当もつきません。

卯田 宗平

  そうですか。理由はいろいろとありますが、もっとも大きな理由は中国の長江流域で初めて鵜飼い漁を見たときに、「何だこれは?」と思ったからです。
  わたしは2005年から2010年まで中国に留学をしていました。その前、2005年までは日本の淡水湖で内水面漁業の研究を行っていました。その流れで中国でも同じように内水面漁業の研究をしたいと考えていました。ただ、とくに具体的なプランがあったわけではありませんでした。
  そこで、せっかく中国に来たので中国各地のどこでどのような漁業がおこなわれているのかみてみたいと思いました。当時、長江を上海辺りから四川辺りまで見てまわりました。長江をうろうろしていたとき、そこでいろいろな漁法を見ました。たとえば、刺し網漁や定置網漁、四つ手網漁、曳網漁、筌漁、籠漁などです。
  ただ、それらの漁法はどのようなものかだいたい想像がつきました。それは、日本の河川や湖沼での漁法とよく似ていたからです。そうこうしているうちに「中国の内水面漁業は日本のそれと大きな違いはないのではないか」と思うようになりました。
  そんなことを思いながらさらに長江をうろうろしていた時、偶然、鵜飼い漁を発見しました。そこでは、40-50羽のカワウが小さい漁船のうえで一斉に羽を広げている風景を見たのですが、その時に「何だこれは?」と思いました。
  それまで、鵜飼い漁は日本の長良川鵜飼を見たことがありました。長良川鵜飼では鵜匠たちがウミウに手縄を付けて、逃げないように管理しています。一方で、中国で見た鵜飼い漁では、人間が近くにいるのにカワウたちは「われ関せず」といったふてぶてしい態度でまったく逃げようとしない。これには驚きました。
  わたしが初めて鵜飼い漁を見たときに抱いた疑問--「これはいったいどうなっているのか?」--を民族誌というかたちで明らかにしたいと思いました。これが鵜飼い漁の調査を始めたきっかけです。ようするに、知らないことを知りたかったというだけです。
  鵜飼い漁に関心があるもうひとつの理由は、自然と人間とのかかわりについての問題意識からです。
  わたしたち人間というのは、技術を介して自然と対峙しています。簡単に言えば、人間-技術-自然となるわけです。鵜飼い漁以外のほかの漁業活動であれば、自然環境が変化したり、生産性を上げたいとなれば技術を革新したり、新たな技術を導入したりすることができます。しかし、鵜飼い漁の場合、自然と人間との間にある技術の部分がカワウ(日本の場合はウミウ)になります。当たり前ですが、技術であるカワウを機械化するわけにはいきません。なおかつ、動物であるカワウは水環境汚染の影響をもろに受けます。つまり、鵜飼い漁というのは、ほかの漁業に比べても環境変化の影響を容易に受けることになります。わたしは、こうした生業を取り上げることで自然や社会環境の変化が人間集団に与えたインパクトと対応をみたいと思いました。これも鵜飼い漁に関心がある理由のひとつです。
  ところで、、、

―― ところで、なんですか?

  ところで、「第一人者」というと、並み居るライバルのなかでトップに君臨するというイメージがあります。しかし、わたしの場合、単にこの研究をやっている人がいないという状況です。ですので、ほっておいても第一の人になってしまいます。オンリーワンはそのままナンバーワンなのですが、ここで改めて「第一人者」と言われると、なんだか寂しい感じもします。

卯田 宗平

―― いずれにしても、この世界で一人しかやっていないことがあるというのは素晴らしいと思います。さて、この鵜飼い漁に関して、最近、『鵜飼いと現代中国-人と動物、国家のエスノグラフィー』を刊行されました。

  この本は、中国の自然環境や国家政策が激変するなかで、鵜飼い漁師たちがいかに生計を維持してきたのかを明らかにした民族誌です。
  内容は大きく二つあります。ひとつは、中国各地の鵜飼い漁をみてまわるエクステンシブな調査をおこない、その結果をまとめたものです。これは、各地の湖沼や河川でおこなわれている鵜飼い漁を取りあげ、漁法や漁船、漁具といった物質文化の地域的な共通性や相違性を明らかにしました。もう一つは、一か所の村で鵜飼い漁を調べるインテンシブな調査をおこない、その結果をまとめました。
  結論としては、生業環境が大きく変化するなかで、漁師たちは漁の技術と規範を状況の変化に応じて改変させながら対応してきた、ということを指摘しました。また、もうひとつ、この本では動物と人間との関係を考えるうえで「リバランス論」という新たな概念を提示しました。
  リバランス論というのは、動物と人間との関係を新しく問いなおすために提示した概念です。動物のなかには、動植物を獲ったり、探したりする動物、いわゆる「手段」としての動物がいます。わたしは「手段」としての動物に着目しています。この「手段」としての動物を利用する場合、人間はその動物の生態に介入して、親和性を確立しなければなりません。ただ、人間が介入し続けることで、その動物が「おとなしさ」や「従順さ」といった家畜動物特有の性質を過度に獲得されても困るわけです。「手段」としての役割を果たさなくなる可能性があるからです。
  つまり、人間は「手段」としての動物の家畜化や馴化を進める一方で、野生性も保持しなければならない。言い換えれば、動物の家畜化と野生性の保持のバランスを調整することが重要となる。このリバランス論を切り口に動物と人間との関係を改めて問い直しました。

―― 『UP』(東京大学出版会)2015年1月号に卯田先生が書かれていたエッセイ「カワウと中国人、ウミウと日本人」を読みました。日本と中国の鵜飼い漁の違いを分かりやすい文章で表現されて、読んでいて大変面白かったです。なるほど!の連続でした。最近は、日本の鵜飼い漁にもご関心があるのですね。

卯田 宗平

  日本の宇治川鵜飼では、おそらく日本の記録上初めてだと思いますが、ウミウが人工の管理下で繁殖し、成長しました。中国の鵜飼い漁では漁師さんが自宅でカワウを育てて、それを漁で利用します。一方、日本の鵜飼い漁では茨城県日立市十王町で捕獲された野生のウミウが利用されています。これまで、日本の鵜飼い関係者のなかでは「野生のウミウは人為的な環境に持ってくると繁殖しない」と考えられていました。こうしたなか、2014年春にウミウが繁殖しました。世界中の鵜飼い研究者はたいへん驚きました。まぁ、世界中といってもわたしを含め二人ぐらいですが。
  新しく生まれたウミウは鵜匠さんの世話もあり順調に育っています。今後は、日本の鵜飼の事例を通じて、人間が動物を家畜化するとその動物にはどのような行動特性が獲得されるのか、それに対して日本人はどのような働きかけをするのかということを考えていきたいとおもいます。
  また、日本の事例を中国の事例と対比させることで、もし違いがあるのであれば、なぜそうした違いが起こったのか、違いを生み出す要因をさぐることもできますし、共通性があれば、なぜ空間的に遠く離れているのに共通しているのかを考えることもできます。そういう作業を通して、両国の事例をもう一段深く掘り下げたいと考えております。かっこよく言えば、日本の事例を相対的に捉え、広くアジアのなかで位置づけることで、ひいては自文化理解につなげることができればと考えています。


インタビュー後記

   現地調査に基づいて作成したという中国鵜飼い漁分布図を見せていただきましたが、分布範囲の広大さと分布地点の数の多さに驚きました。すべてを見て回ったとさらりとおっしゃっていましたが、それができる体力と精神力、そして(今回のお話やご著書『鵜飼いと現代中国』のなかにちりばめられている)マニアックな細かさという、ミスマッチな部分こそが、卯田先生の人柄とご研究の魅力だと思いました。次はトナカイや鷹を通して人間と動物の関係を見ていくとのこと。今後のご研究にも期待しています!(後藤絵美)

卯田 宗平 プロフィール

略歴

1975
滋賀県生まれ
1998
立命館大学卒業
2000
同大学大学院理工学研究科修了
2000
日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2003
総合研究大学院大学文化科学研究科修了 (博士(文学))
2005
日本学術振興会 海外特別研究員(海外PD)
2005
中国・中央民族大学民族学社会学学院 滞在訪問学者(2005-2010)
2008
日本学術振興会 特別研究員(PD)
2011
東京大学日本・アジアに関する教育研究ネットワーク(ASNET機構)
東洋文化研究所(兼任) 特任講師