インタビュー 02

園田 茂人 (Sonoda Shigeto/東文研・東洋学研究情報センター教授)

園田 茂人

―― 先生が今取り組んでおられるテーマについて教えていただけますか?

 私は社会学の領域で勉強してきましたが、地域的には中国、アジアへ関心があります。ただ、具体的にどのようなテーマにチャレンジするかは偶発的で、私はプロジェクトを転がしながら考える癖があります。というのも、プロジェクトというのは、自分の意志とは無関係に進んでいったり、進んでいかなかったりといった側面があるからです。

 例えば、現在行っているプロジェクトの一つに、アジアバロメータがあります。これは2003年に、当時この東洋文化研究所におられた猪口孝先生が中心になって立ち上げたプロジェクトです。今までデータがなかったアジア地域で、社会生活に関するデータを集め始めたことを知って、無性にわくわくしました。それで自分も参加したいと思い、現在に至るまで「抜け出せない」でいますが(笑)、実際、アジア30数カ国のデータを使うことで意味ある発見を試みています。

―― 「意味ある発見」には具体的にはどんなものがありますか?

 例えば、アジアの中でどのようにグローバル化が進んでいるかを調べていますが、そこで英語の能力と教育達成や社会的地位が関連しつつあることがわかりました。日本や韓国、中国のように、英米の植民地化を受けてこなかった地域では、今まで英語の能力と教育や所得はあまり関係していなかったのが、徐々に結びつきつつことがわかったのです。このようにグローバル化とは、単に英語が使われるようになったということではなくて、今まで英語が使われなかった地域で英語を使う人が出てくることによって、社会の構造が変わることを意味します。これは、自分が計画したわけでないプロジェクトに参加したことで、わくわくするような結果が得られた典型的なケースです。

 他にも、プロジェクトを動かすことで、「意味ある発見」に出くわしたことが多々あります。

 例えば、中国の天津で1000人規模のサンプルを対象に、定点調査を続けています。この調査を最初に行ったのは1997年なのですが、1997年の段階と2009年の段階で給与の格差の広がり方を見てみると、学歴が大きな影響を与えていることがわかります。特に2005年以降、大卒の人たちの平均給与が上がっているのに対して、それ以外の人達は大卒の人たちほど給与が上がっていません。

 経済発展が急速に進んでおり、前よりも「暮らし向きが良くなった」という回答が増えているものの、「自分は社会全体の中では下層である」と思う人の割合も増えている。こうした変化は、同じ場所を定期的に調査しないとわかりません。

園田茂人

 初めて中国に行ったのが1984年で、当時私は修士1年の学生でしたが、その時、私にとって中国が重要な場所だったかというと、必ずしもそうではありませんでした。気にはなるけれども、自分が研究すべき対象だとは思ってなかったのです。私の指導教員が中国に教えに行く機会がなければ――そして、その先生と一緒に中国に行く機会がなければ―、私が中国を専門的に研究することは決してなかったと思います。

 しかし中国に行ってみて、日本との違いがいろいろ目につきました。何でこんな違いがあるのだろう、今までの社会学は中国をちゃんと説明してきただろうか、ということを考え始めた時、とてつもなく莫大な問いが問われないままでいることに気づいたのです。

 この、修士の時考えていた問題意識を何らかの形で明らかにしたいという意志が、現在の私を作ったといって過言ではありません。

―― 現在は、修士論文を書くときに持っていた漠然とした思いは整理されつつあるのですか?

 そう思います。先ほど日本と中国の違いに関心を持ったと言いました。しかし、それを単なる比較文化論ではなくて、両者がどのように変わっているのかといった、一種の社会変動の中で比べる作業が必要であると思っていました。ところが実際にこうした作業に着手できたのは、1991年にアジアの日系企業の調査をした時のことでした。そこで現地従業員が日本企業や日本人をどう見ているかについて、アジアの5つの社会(中国、台湾、タイ、マレーシア、インドネシア)で、合計1万1000人規模の調査を行いました。2006年には、15年後の変化を追うプロジェクトも行っています。

 来年、日本の企業が多く進出している上海から江蘇省にかけての長江一帯、それと大連を中心とした東北地方で調査を行う予定です。そこで、この10年の間にどのような変化があったか、企業の現地化がどう進んできたか等を調査します。

 この間、企業だけでなく社会も変わりましたし、中国の外国との関係もかなり変わっています。中国人の国際的な感覚の変化や企業に対するものの見方にも変化も生じているはずです。こうした変化に対して、日本の企業だけでなく、韓国や台湾の企業がどのように適応しようとしてきたかを、比較の視点で調査しようと考えています。

園田茂人

―― 最後に研究について、これからの展望を聞かせていただけますか?

 今一番考えているのは、アジアという地域で集合的な知的アイデンティティをうまく作れないかということです。

 世界中の大学で教えられている社会学史の授業では、アジアの研究者はまったくといってよいほど紹介されていません。日本で社会学は教えられていても、私たちの参与は世界的に認知されておらず、その歴史の中に名前が刻まれていないのです。しかし、私たちは社会学を研究してしますし、私たちが行ってきた知的貢献はたくさんあるはずです。したがって、より大きくアジアを見据え、自分たちの社会はこうであった、こういった知的な作業をやってきたということを、きちんと認知されるような作業をしたいと思っています。そして、ナショナリスティックな主張をするのではなく、隣の国と比べてどういった共通性や違いがあるのかといった、細やかな配慮を持った知の在り方を探索したいと思っています。

 2014年に世界社会学会議が初めて日本で、初めて東アジアで開かれるのですが、私は、日本の社会学者は他のアジアの社会学者と共同で、「アジアにとって社会学とは何だったのか」という巨大な問いに答えるべきではないかと思っています。

 アジアは西洋から見ると皆同じだと解釈されているけれど、中にそれぞれの個性があります。しかし、その個性をちゃんと説明できる理論や概念が未成熟なままです。他方で、大きくアジアを括りうる理論や概念があるとすれば、それは何か。こうした問いに答える新たな知を作り上げるような場所にいたいし、できることなら何らかの貢献をしたいと思っています。

園田 茂人 プロフィール

略歴

1961年
1984年
東京大学文学部社会学科卒
1986年
東京大学大学院社会学研究科社会学(A)コース修士課程修了
1987年
中国・南開大学社会学系高級進修生(中国政府奨学生)
1988年
東京大学大学院社会学研究科社会学(A)コース博士課程中退。
1988年
東京大学文学部社会学科助手
1990年
中央大学文学部社会学科専任講師
1992年
同助教授
1997年
同教授
2005年
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
2009年
東京大学東洋文化研究所教授、大学院情報学環教授(流動教員)

主著

  • (単著)『不平等国家 中国:自己否定した社会主義のゆくえ』、2008年5月25日、中公新書。
  • (単著)『中国人の心理と行動』、2001年2月25日、NHK出版。
  • (単著)『日本企業アジアへ:国際社会学の冒険』、2001年2月25日、有斐閣。