東アジアの自然と人間:人間普遍の行動パターン
東アジアのさまざまな環境条件あるいは社会的文脈に生きる人間集団を対象に、①自然や社会環境の変化と人びとの適応形態のダイナミズムを理解し、②複数の集団間でみられる普遍性やパターンを導き出すことを研究の目的としています。
現在は、中国大陸と日本列島を対象に、フィールド調査と空間情報技術を併用しながら、河川や湖沼、森林における環境の変化と在地の生業・健康転換のプロセスを研究しています。具体的には、自然や社会環境の変化が生活の現場にもたらしたインパクトと在地の人びとの対応の実際を村落と世帯レベルから検討しています。
これまでは、日本・琵琶湖における外来魚(オオクチバスやブルーギル)の移入と漁師たちの技術的な対応、高齢化が進む房総半島白浜の海女たちの生計のたて方、中国・海南島における焼畑禁止後のリー族の生活変容、漁場面積が季節的・時代的に大きく変化する江西省ポーヤン湖における鵜飼い漁師たちの生計維持のメカニズムを事例として取り上げてきました。
今後は、地域や生業の違いを超えた比較的大きなスケールから各事例を捉えなおし、人びとの生き方の多様性や差異のなかにある普遍性や類似性を考察していきたいと考えています。このことではじめて、“人間とは何か”という人類学の問いに接近できると考えているからです。ただ、進むべき道は長いです。
【関連する業績】・"The Local Adaptation of Cormorant Fishers:A Case Study of Poyang Lake, China."Japanese Review of Cultural Anthropology,
・"The Behavior of Fishers after Implementation of the Project to Exterminate Nonindigenous Fish in Lake Biwa, Japan."Human Ecology"
・「生業環境の変化への二重の対応-中国・ポーヤン湖における鵜飼い漁師たちの事例から-」 『文化人類学』
・「湖水面積の季節的変動と鵜飼い漁の存立メカニズム-中国江西省鄱陽湖における鵜飼い漁の事例から-」 『日中社会学研究』
・「ヤマアテとGPS-技術を越境する漁師たち-」『現代民俗誌の地平1・越境』
・「イセエビ刺し網漁師の漁獲行動について」 『動物考古学』
・「琵琶湖における船上からの陸地景認識に関する研究」 『日本造園学会ランドスケープ研究』
【関連する講義科目】教養学部:「人間と自然のこれから-アジアのフィールドから考える」(2011)
現代中国論:現代中国とは何か
現代中国をとらえる視点はさまざまなものがありますが、私は個々の生の営みに焦点をあて、そこから「現代中国とは何か」という問いを切り開いていきたいと考えています。個々の生の営みとは中国で農民や漁民として生きる人たちの生活や生業のことです。
たとえば、中国で生業としておこなわれている鵜飼い漁をみてみます。すると、鵜飼い漁では一回の操業で多くの魚種が獲れますが、ほとんどの魚を市場で売り切ることができます。これは、内陸面積の広い中国において魚食文化(淡水魚を食べる文化)が発展しており、多くの魚種に商品価値があるからです。鵜飼い漁という伝統的な生業は中国の魚食文化の裏打ちがなければ成立しません。
また、トナカイを飼養する人びとは、トナカイの角を販売することで生計を維持しています。これは、中国において漢方(中国では中薬と呼びます)文化が発展しており、角にもさまざまな薬効があると考えられているからです。このように、ある生業を取りあげ、その生業が成り立つ背後にはどのような文化が存在するのかを考えています。
【関連する業績】・「中国における環境史研究の可能性」『環境と歴史学』
・「村落の変化をどう捉えるか-中国・長江中流域の村落を中心としながら-」 『中国21』
・「鵜飼い漁をめぐるポリティカル・エコロジー」 『国立歴史民俗博物館研究報告』
・「信息技术与环境问题研究-以3S(GIS,GPS,RS)技术与水环境问题为例」 『河海大学学报』
・「传统捕鱼法方式面临的挑战-以鸬鹚捕鱼为例」『我做田野 故我存在』
【関連する講義科目】大学院総合文化研究科:「中国を見る眼」「現代中国論」

史料に描かれていた中国の双胴船.(Dabry de Thiersant,P. 1872. “La Pisciculture et la Peche en Chine”.Librairie de G. MASSON. Paris.より転載)

湖北省で現在でも使用されている双胴船(撮影:卯田)
現代日本論:異文化を鏡にした自文化理解
人類学の目的のひとつに異文化を鏡にした自文化理解というのがあります。私たちにとって自文化はあまりにも当たり前すぎてなかなかその面白さや特異性に気付きません。
そうした私たちの自画像を他国の事例との相対化するという方法論によって描き出そうと考えています。
これまでは琵琶湖における生物多様性の問題、最近では長良川鵜飼いの事例や医療文化の事例を取りあげ、他国の事例と対比することで私たち日本人の自然に対する態度や行動規範を探っています。
【関連する業績】・「地域環境問題と環境民俗学-「地域」環境問題から地域を読みなおす視点-」 『地域政策研究』
・「なぜ、いま環境史か?-魚と人をめぐる比較環境史-」『環境史研究の課題』
・「「両テンビン」世帯の人びと-とりまく資源に連関する複合性への志向-」 『国立歴史民俗博物館研究報告』
・「新・旧漁業技術の拮抗と融和」 『日本民俗学』

海岸壁におとりのウミウを配置し、飛来する野生のウミウを捕獲する(茨城県日立市十王町)
動物の馴致、それを裏打ちする文化
私たち人間は、原生野生種から特定の性質を意図的に選抜した家畜・家禽まで必要に応じて動物への関与に強弱をつけ、生業や生活の現場で活用しています。
例えば、海岸で捕獲した野生のウミウを使用する長良川鵜飼、人工の管理下で繁殖させたカワウを利用する中国の鵜飼い漁、貴族の娯楽・スポーツとして発展したヨーロッパの鵜飼い、人間が繁殖には関与しないトナカイの飼養など。こうした動物と人間とのかかわり方は、その地域の動物相や生業形態、生活様式、利害関係などによって大きく規定されます。
今後は、アジア地域の動植物利用に関わる知識や技術(エスノ・サイエンス)を収集し、人間と動植物の関係を裏打ちする社会経済的な背景を考察しています。また、アジアとヨーロッパの対比も視野に入れています。
【関連する業績】・「この現代中国を、カワウと生きぬく 」 『季刊民族学』
・「中国大陸の鵜飼い-漁撈技術の共通性と相違性-」 『日本民俗学』
・「ウを飼い馴らす技法-中国・鵜飼い漁におけるウの馴化の事例から-」 『日本民俗学』

人間が給餌を続けることで捕獲された野生のウミウを人的環境に慣らせる(岐阜県関市)
外部資金
科研データベース若手研究(B)「中国大興安嶺における生業環境の変化とトナカイ飼養民の適応形態:1940-2010」 (2013~2015年度)研究活動スタート支援「中国二大淡水湖における生活・生業転換の同質性と異質性:1949-2010 」(2011~2012年度)