このページでは、当研究所教員へのインタビューを通じて、当研究所における研究への取り組みをご紹介しています。
第22回となる今回は、東洋学研究情報センター所属の松田 訓典 助教へのインタビューをお届けします。
―― 松田先生は「インド哲学仏教学研究室(以下、印哲)」のご出身でいらっしゃいますが…
…あの、とりあえず馴れないので「松田先生」って呼び方やめてもらえます?
―― あ、分かりました(笑)。では、「松田さん」とお呼びします。まず、松田さんが何故「印哲」で仏教学を学んだのかをお聞きしてもいいですか?
僕は大阪の出身なんですが、小さい頃よくいろんなお寺に連れて行ってもらっていました。奈良のお寺が多かったんですが、お寺に小さな子供が行くと、大事にしてくれるんですよね。それで、ある時、とあるお寺で、仏教が好きなら「印哲」っていうのがあるって教えてもらいました。それが僕と「印哲」の最初の出会いです。だから大学に入学した時も、「印哲」に入って仏教研究をしようと思っていました。「印哲」の中でもけっこう変わった理由だと思いますが(笑)。でも、大学に入ってインドの古典語であるサンスクリット語を習って、仏教以外のインド哲学もとても面白いと思いました。とはいえそのまま仏教研究をすることになったわけですが。
―― では、松田さんが仏教学において、どのようなことをご専門に研究されているのかを教えていただけますか?
はい。僕の専門はインドの大乗仏教、その中でも「初期瑜伽行派」といわれる学派の文献について研究しています。瑜伽行派というのは、瑜伽、つまり「ヨーガを行ずる人たち」という意味なのですが、一方で、非常に哲学的に精緻な学問体系を作った学派だと言われています。この学派は中観派と並んで、インドの大乗仏教の二大学派とされていて、主な学説としては「唯識説」や「三性説」といったものを論じています。
―― 「唯識説」や「三性説」、と聞くと何だか難しそうなイメージがあるのですが、私にも分かるように簡単に説明していただけますか?
そうですね、簡単に言うと、唯識説というのは、この世界は単なる認識、主観にすぎない、さらには外界の対象は存在しない、というような学説です。もともとは、修行の時の執着を離れるための観察法の一つであったようです。
三性説というのも、ある意味ではものの見方ですが、それを説明するためによく挙げられる譬えがあるんです。暗闇で蛇だと思って驚いたら、実は縄だった、というような経験ってしたことありません?でもよく考えると、縄と言っても、それ自体は麻のより合わせられたものですよね。それと同じようにこの世界も、我々が思い込んでしまっているあり方と、その背後にあるもの、さらにその本質、というような三つのあり方(性)がある、というのが三性説という学説です。
僕が扱ってきたのも、この三性説に関するいくつかの主要な術語で、四世紀から六世紀くらいの初期瑜伽行派の文献を中心に研究してきました。
―― 三性説って、すごく私達の身近な経験と結びついているものなんですね。そういう見方をしていくと、私達の生きているこの世界も、本当はもっと違う姿なのかもしれないと思えてきて、とても面白いです。ところで松田さんは、すごくPCに詳しくて、みんなの研究に便利なツールを作ったとお聞きしたことがあるのですが、それが今のお仕事と関係しているのですか?
そうですね、全く僕の個人的な趣味なんですけれど、大学院の頃から、コンピューターを使った研究用のツール類を作ったりしていました。インドの大乗仏教研究は、基本的にはサンスクリット資料が使われるのですが、原典が残っていないことも多いので、チベット語訳や漢訳の資料も使われています。これらのテキストを、様々な関連資料とともに読み解くことが最初の作業なので、少しでもそういった作業の手助けになれば、という程度で作ったものなのですが。その関係もあり、最近は人文情報学という分野のことも、少し勉強させてもらっています。
―― 現在、東文研では具体的にどのようなお仕事をなさっているのですか?
東文研では、僕が所属している「東洋学研究情報センター」を中心として、数多くのデータベースを公開しています。そのいくつかのデータベースサーバを保守・管理することが僕の主たる仕事ですが、イントラネット(所内向けのネットワーク)用のウェブアプリケーションの修正・作成などをすることもあります。
―― では最後に、松田さんの今後の展望をお聞かせ下さい。
もちろん現在している初期瑜伽行派関係の研究を進めて行くつもりですが、同時に、先にも触れた人文情報学関係の勉強もしていきたいと思っています。やはりインド学仏教学関係では、テキストをいかに正しく扱うかというのが、当たり前のことではありますが、非常に重要なことだと思っていますので、そうしたことを補助できる、またその成果をうまく共用できる方法を考えていきたいと思っています。
インタビュー後記
松田先生は、もの静かでありながら、とても気さくな雰囲気を持っていらっしゃる方でした。ご自分の研究に関しても、とてもご謙遜されていましたが、いろいろな質問にも丁寧に答えて下さり、ご研究に対してとてもご熱心な姿勢を感じました。(石原)