インタビュー 32

このページでは、当研究所教員へのインタビューを通じて、当研究所における研究への取り組みをご紹介しています。
第32回となる今回は、今年度10月より赴任された新世代アジア研究部門所属のミヒャエル シルツ 准教授へのインタビューをお届けします。

ミヒャエル シルツ (Michael Schiltz /新世代アジア研究部門 准教授)

ミヒャエル シルツ

―― 現在の研究テーマを教えてください。

 広く言うと、昔から「中央と周縁」という区別にとても興味がありました。アジアを勉強するようになってからも、アジアの中の中央と周縁を探して研究したいと思いました。それで、戦前に日本帝国が作った、朝鮮・韓国・満州国・台湾にわたる金為替本位制を研究して、来年1月に出るThe Money Doctors from Japanという本を書きました。ここではつまり、日本が中央、韓国や台湾が周縁ということです。ただ私にとって面白かったのは・・19世紀末の日本は、言ってみれば周縁でしたよね。しかしそれと同時に、自分たちのアジア圏の中に、中央と周縁の区別を作ろうとしました。アジアというサブ・ブロックの中では、日本が中央で、日本以外の東アジアは周縁であると。実は日本の研究をするようになったきっかけは覚えていなくて・・まあ、サムライとかそういったものに対する興味から入ったわけではなかったことは確かですが(笑)。きっかけは何であったにしろ、近代・戦前の日本の研究は、続けているうちにどんどん面白くなっていったという感じです。

 先の本を書き終えてから、今は、その研究にもよく出てきていた横浜正金銀行の研究をしようとしています。この銀行は、香港上海銀行をモデルにした為替銀行で、第二次大戦が終わった後、帝国主義の一つの柱であったとしてアメリカの占領軍によって廃止されたものです。世界史の中で、為替銀行の役割はまだあまり考えられていないと思います。当時、金本位制が確立するまでは、世界的に統一された通貨制度はありませんでした。金本位制がだんだんと浸透していくというプロセス自体に、為替銀行がとても大きな役割を果たしたんですよ。為替が、それぞれの通貨間の価値をうまく調整したんです。香港上海銀行についての研究書は4冊組の大著があるのですが、いつかそれと同じようなものを横浜正金銀行で書きたいと考えています。横浜正金銀行の研究が今までほとんどやられなかったのは、この銀行の簿記がとても分かりにくいというのが原因のようです。日本人でもこの研究をしている人はほとんどいないですね。

―― 先生が本や論文を書かれるときに、読者として想定されているのは、経済学者でしょうか、または東洋学・歴史学者でしょうか?

 そうですね・・先ほど述べた本はわりと東洋史の人も読むだろうと思いますが、他の論文はだいたいが経済学者を対象にしたものですね。経済学と東洋学ではそれぞれ、問題意識が違うと思います。経済学は社会学の一つで、個別事象ばかりを細かく研究するというよりも、抽象的に、そこに規則があるかどうかを探したいんです。

ミヒャエル シルツ

− なるほど・・では、現在の具体的な研究テーマの背後には、経済学の理論について何らか論じたいという大きなテーマがあるということでしょうか。

 そうですね。私の問題意識と用いる理論は、経済学のものです。考えている大きなテーマについて少し具体的に説明しましょう。例えば最近のことだと、ユーロを考えてみてください。なぜ、どのように、ある国は他の国の通貨とペッグをするのでしょうか?ペッグとは、価値をつなげることです。昨今のギリシャのように、莫大な国債をどうしたらいいかという課題があるとします。実は彼らがやりたいのは、自分たちの通貨の価値を引き下げることです。でも、ユーロというペッグがあるからそれはできません。自分たちだけの通貨ではありませんから。ペッグが政策の選択肢を狭めているわけです。ペッグが不利であるか利益があるか、どのように説明したらいいのか、どのように考えたらいいのか。昔からこれに関する理論は経済学でいろいろとありました。

 他にも興味があるのは、戦前の日本、帝国主義の時代に、経済学の理論を同じように適応させてもよいのかということです。

―― 先生がご自分の著書の紹介で書かれていた中で、経済を考える際に political factors を考慮しなければならないという意図の記述があったように思いました。どの時代でもそうでしょうが、帝国主義の時代はやはり特殊で、だからこそ political factors が重要になってくるのだろうなと思います。自然なお金の流れだけではなくて、考慮すべき様々な要素があったのではないかと素人として思うのですが・・。

 そうですね、そういったことを抽象的に考えてみましょう。経済学の分析では、統計学の方法で、「回帰分析」というものがあります。そこでは、「帝国主義」を一つの変数として使います。しかし私の依拠する考え方は、帝国主義は一つの変数ではないということです。なぜかというと、それは大きな影響力を持った defining variable 、つまり他の変数よりもとても強いもので、他の変数を変えうる力をもつものです。様々な変数があって、お互いの相互関係を見ようとするわけですが、「帝国主義」というのはあまりにも強い変数だから、どこかに入れて実験しても、正しい値が出てこないということです。

 回帰分析というのは、変数同士の関係とか、適応する際に考慮しなければならない事項について説明するものなのですが、実は私の論文はその回帰分析に対する批判なんですよ。帝国主義のコンテクストでは、回帰分析はいろいろと問題があるのではないかと。というのは、回帰分析の場合、変数自体にそれぞれのアイデンティティがあって、アイデンティティは相互影響しないという考え方が根本にあります。しかし「帝国主義」の場合、それはすべての変数それ自体に影響を及ぼしてしまうので、簡単な話ではないのです。

ミヒャエル シルツ

―― とてもおもしろいですね!個別事象だけではなくて、それを研究しながら、理論の方にフィードバックするというのがよく分かりました。やはり先生のご研究は、東洋学というよりも経済学なのですね。

 そうなのですが・・う〜ん、でもどちらかというと、その真ん中にあると言った方がいいかもしれません。方法論にももとから興味はあるのですが、それだけでは問題であろうとも思っています。東洋史と経済史の両方をやらなければならないと考えています。

―― 当時の資料を読むのに、日本語は苦労されないですか?戦前の日本語って、日本人でもなかなか読めないと思うのですが。漢字が旧漢字だったりして。

 あー、漢字は大丈夫なんです。ベルギーで古典中国語を勉強しましたから。旧漢字は慣れますよ。

―― へぇーすごいですね!経済学の知識に加え、そういった語学スキルによって、経済学と東洋学の真ん中をいくという研究が可能になるのでしょうね。

 自慢というか、見栄っ張りに聞こえなければいいなと思うのですが、この研究を続けているのは、私だけができるからだと思います。外国人でこれをやる人はまずいないですね。経済学の人だったら、日本語ができる人は少ない。東洋史の人だったら、銀行に興味がある人はあまりいない。この研究は、自分のニッチ、つまり適所であると思います。


インタビュー後記

今回ミヒャエル先生には、日本語でインタビューを受けていただきました。経済学の知識を全く持っていない私のために、非常に分かりやすく親切に、様々なことを教えていただきました。戦前の銀行なんて、日本人である私でもとても遠い話だと思っていましたが、当時の簿記や史書などの一次資料そのものに丁寧にあたりながら研究をすすめられている先生のお話は、想像力が刺激されることばかりでした。ありがとうございました。(虫賀)