インタビュー 11

このページでは、当研究所教員へのインタビューを通じて、当研究所における研究への取り組みをご紹介しています。
第11回となる今回は、当研究所汎アジア研究部門所属の松井健教授へのインタビューをお届けします。

松井 健 (MATSUI Takeshi/東文研・汎アジア研究部門教授)

―― 先生が現在取り組んでいらっしゃる課題についてお尋ねします。

松井健

 これまでずっと自然をテーマとして扱ってきましたが、今は工芸に注目しています。工芸は、工業製品のように、規格化されたものの全世界的流通を目指すものではない。むしろ地域性や稀少性に価値を置く、コモディティとしては大変特殊なものです。この工芸というものをとおして、われわれがひとくちにグローバリゼーションと呼ぶ現象の背後に何があるのかを見直したいと思っています。そのうえで、手がかりは具体的でなければいけないという僕の考え方にあうのですが、工芸は、材料や加工の方法というものが観察可能なかたちで出てきますよね。その具体相を考察することを通して、ローカルなものの文化や歴史の厚みについて考えたいと思っています。

―― 今、工芸に注目することの意義について詳しく聞かせてください。

 突き詰めると、現代生活に対する批判になると思うんですね。工芸が、現代生活のありかたを照らし出すある種の座標軸になる。かつて工芸を中心として暮らしがあったとすると、それが今は違う方向へずれているということになる。このシフトはなぜ起こったのか、それによってどのような問題が生じているのかを考えることによって、今の社会における工芸と工業の見取り図のようなものを描くことが可能だと僕は思っています。

 それからもうひとつ、工芸を見る理由というものがあります。グローバリゼーションによって世界が単一縮尺ではかられるようになると、どうしても貧富の差という考え方が出てくる。だけど、何が貧困なのか、何が幸福なのかは、決して収入のラインだけではかれないでしょう。そんな中で、地域振興をどう考えていったらいいのか。貧しいから大工場を誘致しよう、雇用の機会を作ろうという発想をするのが、今の近代経済のやりかたです。それとまったく別の方法として、地域にある潜在力を引き出していくという発想がありうるし、その手がかりが工芸の中にあると僕は思っているんです。

松井健

 さらには、その付帯的な問題として、今後日本の工芸がどうなるのかということに非常に興味を持っています。今、個性のないプラスチック製品や輸入品の代替によって、伝統的な産業が大きな苦境に立たされている。それは日本だけでなく、アジア全体の文化の多様性に関わることだと思うんです。これについて考えるために、今は工芸のグローバリゼーションについて調べています。一般的に工芸の製品の流れというのは知られていないですよね。統計で扱うには、あまりにも量が少ない。だけども僕は現在の世界で、どんな流れの中で文化が商品化されていくのかを明らかにしていきたい。例えばアフリカの布がインドでプリントされ、タイで縫製されて日本で売られるというような動きは、今や一般的です。または、ある地域で生まれた模様に世界各地で創作が加えられ、大量生産されることによってオリジナルが忘れられていくといった複雑な現象が度々起こります。僕としては、そういうダイナミズム、つまり拡散であり、変転であり、消滅であり、あるいは再興でありという、工芸のもつ独自の動きを実証的に研究していきたいと思っています。

―― 自然から工芸へ、研究対象を展開された経緯とは。

 周囲は疑問に思うみたいですけど、本人としては筋が通っているつもりです。というのは、自然と文化の間にある非常に濃密な相互関係が、工芸の中に埋め込まれていると思っているんですね。伝統的な工芸は地域の素材を用いて、それをその地方独自の技で加工してきた。そこには、また、地域固有の美意識もこめられています。例えば、中国とかヨーロッパの工芸は完全主義です。計算したとおりの色や形が出て、左右対称で、もちろん壊れていてもいけない。ところが日本の工芸は、完璧でないもの、歪んだもの、あるいは欠けたものがかえって良いという不思議な美意識をもっているんです。それがなぜかというと、日本人は自然のあるがままの姿に重きをおくんですね。そこには、完璧な色や形というものは存在しない。つまり、自然認識がもっとも集約されたかたちで日本の工芸に出てきている可能性があると僕は思っているんです。漆でも竹でも、自然にあるものを加工して文化に持っていく過程に、それぞれのおかれた歴史や環境や社会状況が関わっているわけです。僕が今工芸に注目しているのは、自然について考えてきたことの極端な袋小路、特殊な例題とも見えるんだけど、実はこれを突破すると面白いものが見えてくるんじゃないかなと考えています。

松井健

―― 今後の展望について聞かせてください。

  『自然の文化人類学』(1997年, 東京大学出版会)という本を書いて、「自然」についての人類学については一応の展望をまとめたつもりでいます。このあと、環境問題について数年間じっくり取り組み、このきびしいテーマの反動として、今、工芸をやっている気がしています。僕としては、自然という大きな問題意識はこれからも変わらないと思うけど、それをどう扱うかについては、この数年のうちにまた新しい展開があると思う。エスノ・サイエンス、民俗分類、遊牧の研究から、実践的な環境問題へ。そして、今度は工芸。まだ見えないけど、大きな網のなかに、どっさり何かが入っていると思っています。今いるこの東洋文化研究所は、ものすごく自由に研究ができる場所なんですね。こういう素晴らしい環境を若い人たちのために担保しておくことはすごく大事だから、そのためにも良い仕事をしていかないといけないと思っています。

松井 健 プロフィール

略歴

1972
京都大学理学部卒業
1974
京都大学大学院理学研究科修士課程修了
1976
京都大学大学院理学研究科博士課程中退
1976
京都大学人文科学研究所 助手
1983
神戸学院大学教養部 助教授
1990
神戸学院大学人文学部 助教授
1991
神戸学院大学人文学部 教授
1992
東京大学東洋文化研究所 助教授
1994
東京大学東洋文化研究所 教授

キーワード

  • 工芸、グローバリゼーション、自然認識、アジア