インタビュー 08

このページでは、当研究所教員へのインタビューを通じて、当研究所における研究への取り組みをご紹介しています。
第8回となる今回は、当研究所汎アジア研究部門所属の関本照夫教授へのインタビューをお届けします。

関本 照夫 (Sekimoto Teruo/東文研・汎アジア研究部門教授)

―― 先生の研究について教えてください。

関本 照夫

 仕事、それから、モノと人の関係という2つの柱を中心に、インドネシアのジャワ島で調査を行っています。大学院生のときからなので、もう30年以上になりますね。はじめは、多様な仕事がある中で成立している農村の暮らしに関心をもちました。その後は、伝統工芸でもあり現代の産業でもあるジャワ更紗という染物に注目し、その仕事に携わる女性たちについて研究しています。

―― 仕事というテーマについて詳しく聞かせていただけますか。

 今、色々なところでワークライフバランスなんていうことが言われていますけど、そもそもワークとライフは対立するものなのか、という疑問があります。たとえばジャワ語の語彙でいうと、冠婚葬祭や宗教的儀礼は、みんな仕事です。仕事と遊びと休み、この3つで人間の生活というものが成り立っているんです。一方日本では、職業という考え方が普通ですよね。ひとりがひとつの職業をもち、そこから収入を得、家計を営むと。現状は確かにそれが一般的ですが、その考え方だけでは色々な軋みが生じてくると思います。私が研究しているジャワ更紗についても、生産者の女性たちは、それが特別な仕事であるとは考えていない。焜炉と鍋を使って溶かしたロウで布に模様を描いていくのですが、これは料理と同じようなものだというんです。技能の習得についても同様です。子供が遊びと区別のつかないような状態で学んでいるうちに、根気のある人が残っていく。仕事というものが、他の生活と繋がっているんですね。そもそも人間はひとつのことだけやって生きていくことはできないのだから、そこを前提として仕事というものを捉えていきたいと思っています。

関本 照夫

―― もうひとつのテーマである、モノと人の関係というのは。

 近代の世界を支配している考え方というのは、基本的に人間が主体ですよね。人間が何かアイディアをもってモノにはたらきかけ、作り変え、役にたつかたちにしていくと。私は、これについても考えなおしたほうがいいと思うんです。つまり、人間はモノに影響されるし、その属性を無視して自由に対象物を加工することはできません。モノと人は、そういう行き来、往復の関係にあるんじゃないかと思います。これはたとえば、わざ、ということにも関わってきます。わざは、頭の中にある特別なプログラムではなく、体が覚えていくわけです。体と頭とモノ、これらが結びつきあってわざが生まれる。こういう状況を、工芸の分野では強く感じます。私自身はインドネシアを中心に、仕事や農村の生活を描きながら、モノと人の関係を見つめていきたいと思っています。

―― これらの研究は、今の社会にどのような示唆を与えてくれるのでしょうか。

関本 照夫

 私が考えたいのは、精神と身体、人間とモノ、あるいは人間と環境といった要素がどう結びつきあっているのか、ということです。固定した二分法を見直していくと、対立しているように見えるものが、実は深く入りくんだ構造になっていることが多い。人間についていえば、われわれは主観があるし、皮膚という境目があるので、個人として孤立したものだと考えやすいんですよね。しかもその傾向は、近代の社会的条件のなかでどんどん加速している。それに対抗するためのひとつの手がかりが、この研究なのだと思っています。単にひとりでは生きていけないよと説教をしても、なかなか伝わらない。現実にひとりでも生きていけてしまうし、さらには働く環境でも競争っていうのが強調されるわけでしょう。そうした環境の中では、われわれは人間というよりも個人なんだ、ばらばらなんだということが、否応なしに強調される。しかしやはり、常識的に立ち戻って考えてみると、人間はつながって生きているものなんです。単にひとりとひとりの結びつき、というだけでなく、その精神と体やモノや環境の絡み合いという重層的な関係がある。生活の全体、環境というネットワークの節目としての個人、そのありかたを解き明かすのが、この仕事やモノに対する視点ということになると思います。

関本 照夫 プロフィール

略歴

1972年
東京大学教養学部卒業
1974年
東京大学大学院修士課程修了(社会学)
1976年
国立民族学博物館助手
1981年
一橋大学社会学部講師
1982年
カリフォルニア大学バークレイ校人類学部客員研究員 (~1984年)
1983年
一橋大学社会学部助教授
1987年
東洋文化研究所助教授
1991年
同教授

主著

  • 関本照夫・船曳建夫編『国民文化が生れる時-アジア・太平洋の現代とその伝統』リブロポート(1994)
  • 関本照夫「市場とコミュニティー-ジャワ・バティックとその社会的土台」東京大学東洋文化研究所編『アジア学の将来像』東京大学出版会(2003)
  • 三浦徹・岸本美緒・関本照夫編『比較史のアジア-所有・契約・市場・公正』東京大学出版会(2004)
  • 関本照夫「不平等社会に見る平等への契機-ジャワ農村の事例」寺嶋秀明編『平等と不平等をめぐる人類学的研究』ナカニシヤ出版(2004)

キーワード

  • インドネシア、ジャワ島、バティック(更紗)、仕事、伝統工芸、地場産業