研究会名 | イスラーム・中東における家族・親族の再考 |
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代表者 | 竹村和朗(東京外国語大学) ikauzakt◆gmail.com |
◆を半角@に直してご利用ください | |
研究会の概要 | イスラーム・中東には、家族や親族を表す多様な語彙が存在する。たとえば、上エジプトを調査した人類学者ニコラス・ホプキンスは、ウスラを婚姻にもとづく「家族」、バイトを居住と生計をともにする「世帯」、アーイラを「より大きな親族(集団)」と定義した[Hopkins 1987: 68]。これらの語彙は、文脈や社会状況に応じて、それぞれ意味や用いられ方が異なるはずである。本研究会では、さまざまな時代や地域を対象とする参加者が持ち寄る事例を比較検討しながら、イスラーム・中東に関わる家族・親族概念の射程と用法について再考していきたい。 |
代表者からのメッセージ | 私自身は現代エジプトに関心がありますが、異なる国や地域、時代や方法論を専門とする方のご参加をお待ちしています。それぞれが持ち寄る「家族・親族」の事例を自由闊達に議論できる場になればと思っています。 |
決まりしだい本欄でお知らせします。
概要:中東の憲法には、「家族は社会の基礎である」という規定がしばしば見られます。個々の人間ではなく、夫婦や親子関係でもなく、「家族」が憲法の中で言及されることに、どのような意味や狙いがあるのでしょうか。本研究会では、日本における離婚や夫婦別姓問題について第一線で活躍される弁護士の打越さく良さんを迎えて、日本と中東の憲法の比較からこの点について考えていきたいと思います。(参加無料、どなたでもご参加いただけます。) <プログラム>司会:村上薫(アジア経済研究所)
主催:科研費「基盤研究A イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究」(代表:長沢栄治) 問い合わせ先:islam_gender[a]ioc.u-tokyo.ac.jp [a]を@に変換してください
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<プログラム>司会: 竹村和朗(日本学術振興会) 「趣旨説明とエジプト相続法の概要」(15分) 報告1: 小野仁美(神奈川大学) 「古典イスラーム相続法とチュニジア家族法」(40分) 休憩 15分 報告2: 森田豊子(鹿児島大学) 「イランにおける相続関連規定の変化と改正の動き」(40分) コメント: 小林寧子(南山大学) 討論 <概要>ムスリム諸国の相続法は、息子の相続分を娘の2倍とするクルアーンの章句を典拠とした古典イスラーム法規定に準拠したものが多い。このため、相続法における男女間の権利の不平等はしばしば問題視されてきたが、その改正はイスラーム法に反するものとして避けられてきた。ところが近年、人権思想やジェンダー平等の観点から、相続法改正を求める声があげられるようになった。また、こうした声を受けて、イスラーム法学の立場からもこの問題に対する応答がなされるようになっている。本研究会では、これら現代ムスリム諸国の相続法改正をめぐる問題について、古典イスラーム法の規定といくつかの国の事例を検討し、議論を進めていきたい。
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IG科研の公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族」の第5回集会として、本研究会幹事の竹村が発表を行います。 今回の発表では、現代エジプトのワクフ(イスラーム的寄進制度)法制の中で「家族」に与えられた役割や権利が、実際の「家族」関係にどのような影響を与えたのかを、ある訴訟の判決文を資料として考察します。 現代エジプトのワクフ法制においては、1952年法律第180号によって「家族ワクフ」、すなわちワクフ設定者の家族や子孫を受益者とするものは廃止され、「慈善ワクフ」、すなわち貧者や困窮者などを受益者とするもののみが有効とされています。同法の施行により、「家族ワクフ」に供されていた財産は、ワクフ設定者が生きていれば本人に、死んでいれば、受益者や設定者の相続人に渡ることになりました。これをきっかけに多くの「財産争い」が生じたといわれますが、私的な問題であることから詳細は明らかにされていません。 今回の発表では、こうした「財産争い」訴訟の一つを取り上げます。これは、廃止された家族ワクフの財産分配請求を発端に始まった訴訟が、途中で1952年法律第180号の第3条が違憲だとする主張になり、最高憲法裁判所に上訴された結果、実際に違憲判決が下されたため、判決文から元の訴訟の事情も明らかになったものです。ワクフ設定者の名をとって、「フサイン・ジャーウィーシュの子孫による家族ワクフ訴訟」と仮に呼ぶこの訴訟を通じて、「家族ワクフの廃止」がある「家族」にもたらした結果とその含意について考えていきたいと思います。 なお、本研究会は、IG科研の主旨に則り、同科研のメンバーのみならず、これに関わりのない研究者や一般の方々にも広く開かれています。たまたまエジプトを専門とするメンバーが中心となっていますが、他地域や他分野の研究者、または、より広く「イスラーム・中東における家族・親族になんとなく関心がある」方々のご参加を熱烈歓迎しております。会場準備や道案内のため、本研究会に初めてご参加される方は、IG科研事務局(islam_genderアットioc.u-tokyo.ac.jp、アットを@に直してください)までご一報くださると助かります。飛び入り参加でも大丈夫です。 (研究会幹事:竹村和朗)
2017年11月18日、東京大学東洋文化研究所で、「イスラーム・中東における家族・親族の再考」研究会の第5回研究会が開催され、竹村和朗氏(日本学術振興会特別研究員PD、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)が「現代エジプトのワクフ法制における「家族」:フサイン・ジャーウィーシュの子孫による家族ワクフ訴訟から」と題する研究発表を行った。 はじめに、発表では、「家族ワクフ」を視点として「家族」を国家との関係から考える可能性が説明された。「家族ワクフ」は、かつて均分相続による財産の分散を防ぎ、財産を集中させるために特に19世紀以降利用されてきたが、1952年に突然廃止されることとなった。以降、「終了したワクフ」をめぐって、実際の返還や分割に関わる争訟が利害関係者間で起こるようになった。 事例では、この廃止に伴い「家族ワクフ」の受益者から当初外れた者たちが、ワクフが終了し、返還された財産の権利を主張し、受益者を訴えたミニヤ県での訴訟の判決文を扱った。ワクフ関連法制は、ワクフ規定から「家族ワクフ」廃止、その後の処理までの流れが、事例の背景として説明された。また、判決文には原告と被告双方の名前が列記されているため、エジプトでみられる個人名・父の名・祖父の名という名前の構造から、家系図の復元が発表者によって示された。この家系図と法律条文の解釈、判決文の全訳を用い、「家族ワクフ」の財産分割に関する権利者間の位置づけとワクフ設定の経緯が説明され、1928年に死亡した男性が設定したワクフをめぐって権利を主張する者たちから、「家族」とは何かが検討された。 結果として、「家族ワクフ」にみえる「家族」とは、単に設定者である故人の父系に連なる者たちだけでなく、故人の娘の夫や孫娘の子どもたちも母親を通じて権利を主張しており、具体的な相続を通じた者たちによった広い関係性で成り立っていることが明らかになった。検討課題として、資料的制約から、この判決を受け、実際にどのような財産分割が行われたか、またこの訴訟に加わらなかった者、原告と被告間の姻戚関係など書かれていない情報があるかは、明らかにならなかった。だが、この点は、会場から利害関係の発生する訴訟を扱うときの匿名性の担保への指摘もあったが、将来的なフィールドワークや補足資料などで埋め合わせる発展可能性が言及された。 最後に、報告者は、発表を拝聴し、「家族ワクフ」そのものが家族をどのように設定してきたかと共に、「家族ワクフ」の廃止から、家族の財産管理に国家が介入し、相続が家族内で管理できず、相続権を持つ人間が裁判制度によって財産を請求してしまう点に興味を覚えた。「家族」の枠組みが家族内だけでは決められない点に、「家族ワクフ」をめぐる争訟の魅力があるのではと感じた。 (文責:岡戸真幸) |
2017年9月23日、東京大学東洋文化研究所で、「イスラーム・中東における家族・親族」研究会の第4回研究会が開催され、東京大学中東地域研究センターの阿部尚史氏が「家産の維持と家族関係:19世紀後半イラン有力者の実践から」と題する研究発表を行った。 阿部氏は、これまで前近代ムスリム社会については「イスラーム相続法」の強い規範性が指摘されてきたが、具体的な史料による裏づけや検証がなされていないとの認識に立ち、入手することができた詳細な財産目録や税務記録から、19世紀後半イランのある有力者一家(ナジャフコリー・ハーン・ドンボリー家)を事例にとり、一族成員間の財産維持・管理の方法について明らかにした。阿部氏は特に「家の土地財産=家産」がどのように維持されてきたのかに関心を持ち、イスラーム財産法や相続法にもとづく法的規則だけでなく、一族成員間の人間関係(の良好さ)が「家産」の維持に重要な役割を果たしたと論じた。 発表では、イラン北西部タブリーズの元領主であったナジャフコリー・ハーン・ドンボリー(1784年頃没)から5世代後の第6代「家長」ホセインコリー・ハーン(1918年頃没)に至る家系図とともに、数々の財務・法関連史料から抽出された財産移動の流れが、時代を追って説明された。特にホセインコリー・ハーンの親子・きょうだい・いとこ関係が議論の中心となり、父のファトフアリー2世の早い死の後に、祖母メフルジャハーンのもとに財産が集まり、女性でありながら一時的に「家長」の役割を担ったこと、祖母の死後はホセインコリーが実の弟や異母きょうだい、いとこ(父の姉妹ショウカトソルターンの子ども)たちとの間で遺産分割の訴訟や異義申立てが生じたが、粘り強い交渉や現金の贈与、交換を通じて、父祖伝来のタブリーズ近郊の農地の維持に成功したことが明らかになった。家系図にまとめられた家族・親族関係が実際の「家産」をめぐる争いの中でどのように働いたのかが立体的に浮かび上がるとともに、意外に強い女性の主体性や夫婦・姻族関係の重要性が見られ、阿部氏の狙い通り、イスラーム法の規則と実践の間のつながりとズレの両方をつかむことができた。 質疑応答においてもさまざま質問が出たが、本研究会の主題との関わりでは、「家」や「家産」といった概念には慎重な扱いが必要であるとのコメントが出た。当時のイラン社会で制度的・概念的に「家」や「家産」がどのように想定されていたのか。「家」や「家産」の社会学的構成や組織にどこまで迫ることができるのか。また、ホセインコリーは家産維持に「成功」したと論じられたが、死後、子どもがなかったため、その財産の多く(特に父祖伝来の農地)は、ホセインコリーの兄弟ではなく、妻のタージュに移り、そこからタージュの一族(アミールカビール家)に移ったという。このとき、「家」や「家産」は維持されたといえるのだろうか。ホセインコリーの兄弟の子孫やタージュの一族の子孫の「家」や「家産」は、その後どうなったのか。以上のように、新しい発想や視点を促す、大変充実した研究発表であった。 (文責:竹村和朗) |
発表:「エジプトの葬儀告示から考える家族的つながり」(岡戸真幸 上智大学) 概要:エジプト都市部の葬儀において、特に本発表が対象とするエジプト南部(上エジプト)出身者の場合、故人の名と共に彼の家族・親族成員などの名が書かれた告示が、埋葬前の礼拝を行うモスクと夜の追悼式の情報と共に、街中の建物の壁や庶民的喫茶店に貼られることがある。本発表は、港湾都市アレクサンドリアにおいて、上エジプト出身者の葬儀告示を資料に、そこに書かれた者たちの関係を整理し、その葬儀に同郷の者たちがいかに参列するかを、現地調査の結果から分析し、血縁関係にとどまらない家族的つながりとは何かを考えていく。
2017年7月22日、東京大学東洋文化研究所で、「イスラーム・中東における家族・親族」研究会の第3回研究会が開催され、人間文化研究機構/上智大学の岡戸真幸氏が「エジプトの葬儀告示から考える家族的つながり」と題する研究発表を行った。 岡戸氏は、さまざまな意味が込められている「家族/アーイラ」概念を整理するために、血縁原理だけでなく、それ以外のさまざまな個人的関係(友人、地縁、保護-被保護)を「家族的つながり」として含めるH.Geertzの議論を援用しつつ、アレクサンドリアにおける地方(上エジプト、ソハーグ)出身者の葬儀の方法と、葬儀告示の内容について論じた。 発表の前半では、まずエジプトのムスリムの葬儀の概要が示された。おおよそ、埋葬は日中(11~16時頃)に行われ、追悼式は夜間(18~22時頃)に行われる。埋葬は、正午や午後の礼拝に合わせて行う葬儀礼拝を伴うが、その場所や時刻を記した告示(A4一枚)が葬儀の当日に近所の庶民的喫茶店の壁に張られ、または車や携帯電話を通じて伝えられる。葬儀告示には、故人と縁の深い人物の名前が列挙されるため、人々はそれを見て、自らに関係する葬儀であるか、出席するべきか否かを判断する。 葬儀告示に記される関係者の名前は、よく知られる親族範疇ごと(親・子・キョウダイ、父方オジ・オバ、母方オジ・オバ等)に並べられる。同時に、「親族」(カリーブ)や「姻族」(ナスィーブ)など曖昧な表現を用いて、故人に縁のある(が必ずしも明確な親族関係にあるわけではない)有力者の名前も含まれる。ここに、家族・親族の構成において血縁原理を当然視する考えと、その枠に収まらない人をも含みうる柔軟さの両方が看取される。岡戸氏は、エジプト社会における「家族/アーイラ」は、決して「所与のもの」ではなく、むしろ葬儀のような契機を通じて、家族・親族用語で表現され、その範囲が定められ、そのつながりが保持・更新されることによって存在するものであることを指摘した。 ジェンダーの点からは、追悼式に女性専用の空間が設けられることもあるが、埋葬は男性主導で行われ、追悼式も主に男性同士の関係性の中で行われること、葬儀告示に列挙される名前は全面的に男性であることが示された。女性の名を公の場に出すことを忌避する社会規範が働いているためであろうが、この男性中心の葬儀のあり方は、女性の存在を家族・親族論に組み込むことの難しさ、その結果としての家族・親族論における女性の見えにくさを表している。ここから、家族・親族論の中にどのように女性を組み込むかという今後の課題も見えてきた。 (文責:竹村和朗) |
発表:「「エジプトにおける家族関係の近代化」から30年」(長沢栄治 東京大学) 概要:IG科研の公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族」の第2回集会として、本科研代表者の長沢先生に「エジプトの家族関係」についてお話しいただきます。発表題目にある「エジプトにおける家族関係の近代化」は、長沢先生が1987年にアジア経済研究所の『現代の中東』(vol. 2, pp. 14-32)に書かれた論考のことです。30年前の議論を振り返りつつ、これからの家族概念の再考をしたいと思います。 また、当日は、上記集会に続いて、同じ場所で、IG科研のメンバーでもある、アジア経済研究所の村上薫さん主催の「中東における家族の変容」研究会の第1回が開催されます。初回として、村上さんによる「趣旨説明」がなされる予定です。
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IG科研の公募研究会の一つである本研究会は、中東・イスラーム地域で広く用いられる「家族」「親族」概念について、地域や時代、文脈や専門分野による多様性を認めつつ、これら概念が個々の状況においてどのように用いられているのか、これら概念によって表現されるような人間の集団や結びつきは一体どのようなものなのかを考察することを目的にしている。 第1回集会では、研究会の呼びかけ人である竹村が研究会全体の目的を述べ、今後の議論の一例として、竹村が個人的に関心を持つ「家族」「親族」概念の定義や用法について、日本語・英語・アラビア語の代表的な辞書から定義を示し、エジプト社会に関わる研究書から個々の研究者が想定する「家族」「親族」概念の例を提示した。議論では、現代エジプトで「核家族」の意味で用いられることが多いアラビア語のウスラ(usra)が近代以降の新しい用語法である可能性が示唆された。また、イランやトルコでは同様の語彙が用いられつつ、それぞれエジプトとは異なった内容や範囲を持つこと、背景にある社会的議論が異なることが指摘された。さらに、中東の人たちがどのような家族観を持っているのか、イスラーム学における「家族」概念はどのようなものか、女性やLGBTに関わる「家族」概念を考察する必要性など、さまざま視点からの発言がなされ、今後の議論の広がりが予期された。 |