| 研究会名 | 開発とトランスナショナルな社会運動 |
|---|---|
| 代表者 | 鷹木恵子(桜美林大学) ktakaki◆obirin.ac.jp |
| ◆を半角@に直してご利用ください | |
| 研究会の概要 | ジェンダーとは、社会・文化的な「男性らしさ」「女性らしさ」を問う概念であるばかりでなく、男女の権力関係、不平等、不公正を照射する概念であるとすれば、behaviorとともに、actionにも注目する必要があるだろう。開発は、主体が誰であれ、現状を変革しようとするactionである。この研究会では、「開発と社会公正」という大きな括りの下で、そうしたactionの一つの位相を、トランスナショナルな社会運動から捉えてみたい。女性運動の他に、さまざまな社会公正運動、イスラーム主義運動、宗教間対話運動、平和構築運動など、現代のグローバル化時代における特にそのトランスナショナルな動きの実相に迫っていきたい。 |
| 代表者からのメッセージ | 「開発」は多く分野と関わることから、他の研究会とも連携していければと考えています。市民活動家などのご参加も大歓迎です。 |
決まり次第、本サイトにてお知らせいたします。
| 14:00~15:00 | 報告者: 伊香祝子(慶応義塾大学ほか非常勤講師) 題 目: “Ni una menos”―SNS発、アルゼンチンの女性運動 要 旨: アルゼンチンでは2015年の5月に起こった殺人事件をきっかけに、#niunamenos(だれひとり欠けさせない)というハッシュタグを使ってSNSで呼びかける女性への暴力に反対する運動が活発化し、2018年の中絶合法化法案支持の拡大にもつながった。本報告では、#niunamenosやその他のハッシュタグを追いながら、この運動のアルゼンチンの女性運動全体のなかでの位置づけ、その他のスペイン/ラテン語圏へのトランスナショナルなひろがりなどを紹介する。また下院での中絶合法化法案の廃案後の運動の展開などについて、最近の情報も補足していきたい。 開催報告:アルゼンチンでは家庭内暴力などの女性に対する暴力への法整備が1995年ごろより行われ始めたが、女性を対象とした殺人が減らないことに対して、2015年の6月に20万人規模の集会(ブエノスアイレスだけで)が開催された。このときのスローガンが“Ni una menos”(ひとりの女性も欠けさせない)である。 ![]() |
| 15:00~15:30 | 質疑応答 |
| 15:30~15:45 | コーヒーブレイク |
| 15:45~16:45 | 報告者: 西直美(同志社大学特別任用助手) 題 目: 越境するタイ深南部マレー系ムスリム女性と帰属意識 要 旨: タイ南部国境県(以下、深南部)では、タイからの分離独立運動が断続的に続いている。深南部のマレー系ムスリムは、宗教、言語、慣習など多くの点で隣国マレーシアのマレー系ムスリムと共通点をもち、日常的な越境が行われている。本発表では、タイ深南部からマレーシアに越境する深南部出身女性の経験を通して、国家、宗教との関係や帰属意識ついて検討してみたい。 開催報告:タイ深南部のマレー系ムスリム(ナーユー)は、宗教、言語、慣習など多くの点を隣国マレーシアのマレー系ムスリムと共有しており、古くから相互交流の歴史がある。本発表は、マレーシアにおけるナーユー女性のライフヒストリーを通して、国家、宗教、民族と帰属意識との関係を考察することを試みたものである。 ![]() |
| 16:45~17:30 | 質疑応答 + 全体討論 |
| 18:00~ | 懇親会(場所は調整中、予算3000円程度) |
| 13:00~14:00 | 報告者: 幸加木 文(千葉大学) 題 目: ドイツにおけるトルコ系移民のトランスナショナルな活動の展開とその限界 要 旨: 2016年7月のクーデタ未遂事件以降、トルコ政府による徹底的な粛清により、宗教的な市民社会組織であるギュレン運動のトルコ国内における組織および財務基盤はほぼ崩壊したと見られている。そこで本報告では、同運動の今後の中心になり得ると言われるドイツでの活動に注目し、同国での活動やトルコ本国との関係の他、トランスナショナルな活動の可能性について、特に女性メンバーのライフヒストリーや活動経緯等を踏まえながら検討したい。 報告要旨:
2016年7月のクーデタ未遂事件以降、トルコ政府による徹底的な粛清により、宗教的な市民社会組織であるギュレン運動のトルコ国内における組織および財務基盤はほぼ崩壊したと見られている。そこで本報告では,トルコ国外にも活動を広げてきた同運動の今後の中心になり得るとも言われるドイツでの活動に着目した。まず,クーデタ未遂後の国内外の同運動の現状を概括した上で、ドイツで活動する女性メンバーに対する聞き取り調査(2018年3月実施)を基に、運動のトランスナショナルな活動の側面に焦点を合わせて、その可能性と限界を検討した。 |
| 14:00~14:30 | 質疑応答 |
| 14:30~14:45 | コーヒーブレイク |
| 14:45~15:45 | 報告者: 小林和香子 (公益財団法人日本ユニセフ協会) 題 目: イスラエル人女性による平和運動:Women Wage Peaceの事例から 要 旨: イスラエルとパレスチナ間の和平交渉が停滞し占領と暴力が継続する中、2014年のガザ軍事攻撃を機会にイスラエル人女性による和平を訴える新たな運動Women Wage Peaceが生まれた。平和運動および女性の政治的発言に批判的とされる今日のイスラエル社会において、着実に国内外で支持を広げている。本報告はこの運動の理念・活動を分析し、国内での支持者拡大の背景、パレスチナおよび国際社会への広がりについて、2017年秋の現地調査を踏まえて検討したい。 報告要旨: イスラエルとパレスチナ間の和平交渉が停滞し占領と暴力が継続する中、2014年のガザ軍事攻撃を機会にイスラエル人女性による和平を訴える新たな運動Women Wage Peaceが生まれた。平和運動および女性の政治的発言に批判的とされる今日のイスラエル社会において、着実に国内外で支持を広げている。本報告はこの運動の理念・活動を分析し、国内での支持者拡大の背景、パレスチナおよび国際社会への広がりについて、2017年の現地調査を踏まえて検討した。 この運動は、幅広くあらゆる層の女性から支持を取り付け、政府を動かす力となることを目的に、敢えて左派や人権団体と距離を置き、和平合意の内容や占領について言及せず、国内外の成功例にならい、周辺化された村々を回り女性たちと平和構築について語る手法を取りながら、白いドレスやテーマソングなどわかりやすいシンボルを使用し、世界に向けた広報活動も展開し、トランスナショナルな支持・連帯を得た運動に拡大しつつある。 |
| 15:45~17:00 | 質疑応答 + 全体討論 |
研究会には日曜日にも関わらず、20名近い出席者があり、それぞれ現地調査を踏まえた充実した内容の二つの研究報告の後、活発な質疑応答がなされた。
| 13:30~14:30 | 報告者: 高橋 圭(日本学術振興会特別研究員RPD/上智大学) 題 目: 多様性と正統性の狭間で ―アメリカの「伝統イスラーム運動」とコミュニティ形成の新たな取り組み― 要 旨: 近年アメリカのムスリムの間で、ムスリム社会内部に存在する人種やジェンダー間の差別や不均衡を問題視し、多様性を受け入れるコミュニティの形成を目指す動きが高まっている。この動きは様々な形で展開されているが、特に最近若い世代のムスリムの支持を得て盛り上がりを見せているのが、スンナ派伝統主義を掲げるスーフィー運動である。報告者がさしあたり「伝統イスラーム運動」と呼ぶこの運動は、スンナ派古典法学と神学の枠組みに沿った「伝統的な」イスラーム解釈の正統性を説く一方で、アメリカの「ローカルな」文脈を重視し、イスラーム的正統性とムスリムの多様性の両立を目指す点に特徴がある。本報告ではサンフランシスコ・ベイエリア地域で行ったフィールド調査をもとに、具体的にどのような形で多様性を受け入れるコミュニティの形成が取り組まれているのか、アメリカのムスリム社会全体の文脈に位置づけながら考察してみたい。 開催報告: 本報告では、現在アメリカで盛り上がりを見せているスンナ派伝統主義を掲げるスーフィー運動に注目し、その中で多様性を受け入れるムスリム・コミュニティ形成の取り組みが見られることを、具体的な事例から紹介した。報告者が「伝統イスラーム運動」と呼ぶこの運動は、古典法学・神学の枠組みに沿った解釈とスーフィー的な内面の信仰の復権を説く一方で、現代アメリカの文脈を重視し、アメリカ社会に暮らすムスリムの生活様式や問題意識に寄り添うイスラーム解釈・実践の構築を目指す点に大きな特徴がみられる。近年アメリカの特に若い世代のムスリムの間では、移民男性を中心とする既存のムスリム・コミュニティにおいて、女性、改宗者、移民二世世代の若者などが周縁化されてきたとする認識が共有され、その改善を求める声や運動の高まりがみられるが、「伝統イスラーム運動」に傾倒する若者たちの間でも、同様の問題意識をもとに、多様性を認めるコミュニティ形成を目指す動きが進んでいる。 |
| 14:30~15:00 | 質疑応答 |
| 15:00~15:15 | コーヒーブレイク |
| 15:15~16:15 | 報告者: 山口 匠(東京大学大学院総合文化研究科) 題 目: モロッコにおける社会運動とスーフィズム ―タリーカ・アマニーヤ・ガーズィーヤを事例に― 要 旨: 中東・北アフリカ地域の中では比較的政情が安定しているモロッコにおいても、社会に対する不満が様々な地域で噴出している。そうした中で、大多数のスーフィー教団は政治との距離を保ち、むしろ体制への恭順を積極的に示しているように思える。しかし、これはスーフィーたちによる社会への働きかけの欠如を意味するのではない。タフィラルト地域にルーツを持ち現在はメクネスを拠点とするタリーカ・アマニーヤ・ガーズィーヤは、小規模なコミュニティ活動を続けながら、トランスナショナルなスーフィーのネットワークに参入しつつある。本報告では、モロッコのスーフィズムをめぐる状況を確認した上で、彼らの取組みを検討する。 開催報告: 本報告では、アミーニーヤ・ガーズィーヤ教団という新興のスーフィー教団の活動を紹介し、これをモロッコの政治的・宗教的な文脈に照らして検討した。 |
| 16:15~17:30 | 質疑応答 + 全体討論 |
| 18:00 ~ | 懇親会 |
なお、資料準備の都合上、出席を希望されます方は、恐れ入りますが、4月19日(木)までに鷹木宛(ktakaki@obirin.ac.jp、@を半角にしてご使用ください)までご連絡ください。
| 13:30~14:30 | 報告者: 中西久枝(同志社大学大学院) 題 目: 「告発者」としての社会運動を読む ―イランの政治論評誌『今日の女性たち』に見るジェンダー的社会公正― 要 旨: 2017年末から2018年1月初頭にかけて、イランでは反政府派デモと体制派デモがほぼ同時におこった。この背景には、2009年におこった「緑の波」後の社会的・経済的閉塞感がある。人々は、この閉塞感を「生活がよくならない」ことへの不満として表現し、社会的「不正」が問題だと捉えている。8年間の発禁が解け2014年に復刻した政治評論誌「ザナーネ・エムルーズ」(今日の女性たち)は、ハタミー時代の「ザナーン」(女性たち)がイスラム的フェミニズムを標榜していたのとは性格を異にし、イランの国内外でおこっているジェンダー的不正及び社会的不正義に対する「告発者」としての立場をここ数年明確にしている。本報告では、「ザナーネ・エムルーズ」をイランにおける、ひとつのトランスナショナルな社会運動の流れの中に位置づけ、本誌の「社会的公正」に関わる掲載記事を取り上げる。その際、グローバルなジェンダー連帯運動である、Women Living Under Muslim Law が告発している諸テーマとの接点を探ることとする。 開催報告: 2017年末から2018年初頭にかけて、イランでは反体制デモが地方都市を中心に発生した。また、ほぼ時を同じくして、ヘジャブが強制されていることへの反対運動が女性たちによって起こった。これらの動きは、革命後39年経過した今、経済的社会的閉塞感が人々の間で蔓延していることを示している。こうした文脈の中で、8年間の発禁が解けて2014年に復刻した「ザナーネ・エムルーズ」(今日の女性たち)は、今日のイランで唯一、政治論評誌としての側面をもつ女性雑誌として注目される。本誌は、イランの統治体制、政府のガバナンス上の問題から引き起こされている政治、経済、社会問題を、人間・社会開発の問題として位置づけ、ジェンダー平等が実現されない現状を社会的に告発する言説を展開している。本報告では、こうした出版活動が、海外のイランディアスポラ・コミュニティや国際NGOによる支援が背景となっている点、特に前政権期にイラン内外で展開した「百万人署名運動」の延長上に位置づけられる点などが示され、トランスナショナルな社会運動の一環として位置付けられるという指摘がなされた。また、ザナーネ・エムルーズの言説が脱イスラーム的な傾向に深化している点や、グローバル化した「中東北アフリカのジェンダー平等」促進の社会運動とある面では連携しつつ展開している点についても言及された。 ![]() |
| 14:30~15:00 | 質疑応答 |
| 15:00~15:15 | コーヒーブレイク |
| 15:15~16:15 | 報告者: 鷹木恵子(桜美林大学) 題 目: グローバル時代とスーフィー教団の社会運動 ―アラーウィー教団のトランスナショナルな活動を中心に― 要 旨: アラーウィー教団は、1909年にアルジェリアで創設後、宗教間対話を柱とし、アラブ諸国に留まらず、移民とともに西欧諸国においても多数の信者を獲得してきた。現在、第4代目シャイフのもと、活動の幅を開発分野へも広げ、ムスリム・スカウトの創設、環境保護やジェンダー平等の推進、さらに国連ECOSOCの協議的地位を取得した後、2017年には国連のSDGsと関連させた「国際平和共生デー」(5月16日)の新設にも尽力した。本報告では、グローバル時代におけるスーフィー教団の社会運動の可能性や諸課題について、アラーウィー教団のトランスナショナルな活動を中心に、S.タローの社会運動の分析概念なども援用しつつ考察・検討してみたい。 開催報告:報告の冒頭で、近年、国際的に多大な影響力をもったトランスナショナルな社会運動(「アラブの春」、Occupy Wall Street, 反移民・反EU運動、反原発運動、ICAN、#Me Tooなど)について触れ、社会運動論とその研究方法の先行研究について簡単なレヴューを行った。その上で、Sidney Tarrowの著作Power in Movement: Social Movement and Contentious Politics 2ed ed.(1998) (シドニー・タロー『社会運動の力―集合行為の比較社会学』(大畑裕嗣監訳、彩流社、2006)を取り上げ、その中の分析概念「レパートリー」(人々が共通利益を求めて共同で行為する仕方)と「フレーム」(解釈パッケージ)を援用して、アラーウィー教団の事例を考察することについて説明した。アラーウィー教団は1909年、アルジェリアのモスタガネムでAhmed ibn Mustafa al-Alawiにより創設され、寛容なイスラームと宗教間対話を柱とし、アラブ諸国に留まらず、移民とともに西欧諸国にも多数の信者を獲得してきた。現在、第4代目シャイフの下、その教団活動は、伝統的レパートリー(ズィクル、サマー、ウィルド)を実践する儀礼集会(ジャマゥ)においても、宗教間対話の意味付け「フレーミング」を拡大して、キリスト教徒などの異教徒や男女の混合形態で行うようにも変化してきており、女性イマームも容認している。さらに教団は開発分野へも活動レパートリーを広げ、ムスリム・スカウト創設、環境保護活動やジェンダー平等の推進、また国連EC0SOCの協議的地位を取得後、昨年2017年11月には国連総会でSDGsに向けた協働として、「国際平和共存デー」(5月16日)の新設を提案し、その採択に尽力した。アラーウィー教団のトランスナショナルな活動は、スーフィー教団の活動が現代のグローバル化のなかで時代のニーズに適合しつつ、伝統的レパートリーやフレーミングのあり方を大きく変容させてきている一例として捉えることができる。 ![]() |
| 16:15~17:30 | 質疑応答 + 全体討論 |
| 18:00 ~ | 懇親会 |
<報告内容> トルコの少数派ムスリムであるアレヴィーは、歴史的には地域共同体を基盤とし、ある種の信仰形態を持つ人々の総称であった。その信仰形態は、楽器演奏や舞踊的な行為を伴う儀礼を中心とした口承文化が主たる特徴であり、一般的なイスラームの信仰形態のイメージとは大きく異なっている。その「文化」は、本来地域共同体ごとの偏差があったものと見られる。また、その独特の信仰形態からオスマン帝国時代からマイノリティとして位置づけられ、しばしば迫害の対象となってきたとされる。 トルコ共和国の建国後、近代化と都市化にともなって多くの人口が都市に流出し、さらにはヨーロッパへの労働移民に加わった。その間に一部は左翼運動に加わり、1978年にはマラシュにおける騒乱事件の当事者となり多くの犠牲者を出した。さらに、1980年のクーデターにともなって、事実上の亡命者としてヨーロッパにわたった者も多かった。1993年には、マドマク(シヴァス)事件などで犠牲者を出した。 これらの経緯により、ドイツを中心としたヨーロッパに一定のアレヴィー人口が形成された。そして、1980年代終盤から組織化が進められ、1991年の「ドイツ・アレヴィー協会連盟」設立などを経て、ヨーロッパのマイノリティ集団として可視化する。ドイツだけでも100を超える「アレヴィー文化センター」が設立され、儀礼の再現などを行う一方、ドイツをはじめとするヨーロッパ社会へ向けて様々な発信が行われている。そこには、ヨーロッパで「マイノリティ」としての認知を得たうえで、トルコの社会空間に再参入する「戦略」が見て取れる。その「戦略」は左翼運動を経験したメンバーと「伝統文化」を担うメンバーの相互作用から生じたものである。その経緯は自らの統一的な「文化」を創造/想像する公共圏の形成であるとともに、上位の公共空間に参入しようとする「トランスナショナルな社会運動」という側面を持つものである。
<報告内容> 本発表では、主としてリオデジャネイロ夏季オリンピック競技大会(2016年)に出場したムスリマ・アスリートの活躍と、「近代」スポーツが抱える二重基準について問題提起をした。 イスラーム協力機構加盟国のなかでは、エジプトが最大の選手団を送っていたが、メダル数では、カザフスタンなどの活躍が目立った。また、40%以上女子選手が占めている国・地域が、メダル獲得が多い傾向もみられた。カザフスタン、マレーシア、コートジボワールのメダル獲得した女子選手にムスリマとは思われない者がいる一方、アメリカ、ロシアなどにムスリマとしてのアイデンティティを明確に示す選手もいる。ヒジャーブ着用の女子アスリートもいれば、エジプトの女子シンクロナイズドスイミングのように体の線を露わに示すアスリートもいる。さらに、国籍を変えたり、難民選手として出場したり、ネーションとイスラーム教徒としてのアイデンティティとしての組み合わせは単純に割り切れない。 ひるがえって、スポーツ・ジェンダー学の研究を参照すると、スポーツが、個人による身体のコントロール、国際的に承認された規範の下で組織化し記録(数量)化などの合理化された目標をもとめる極めて「近代」的な存在でありつつ、男女の差異を作り出す装置となって、ジェンダー秩序を可視化している、と指摘されている。その点において、イスラームの男女隔離と近代スポーツは現状では同調しており、ムスリマのアスリートが漸進的ながらも増えてきている理由はそこにもあると言えるだろう。オリンピック・ムーブメントも、差別撤廃・フェアプレー・相互理解と平和を訴えつつも、ナショナリズムの高揚を煽り、構造的二重基準を内包している。今後、トランスジェンダーや移民選手などのように、自明とされてきた枠組みが問い直される契機のなかで、ムスリマ・アスリートたちもその影響をこうむることになるだろう。 質疑応答では、さまざまな実例や理解方法をめぐって活発な議論が行われ、このトピックのユニークさが浮き彫りになった。 |
資料準備の都合上、ご出席希望の方は、6月16日(金)までにktakaki@obirin.ac.jp 宛までメールにてご連絡頂けますと大変助かります。 (@を半角に変えてご利用ください)
|
最初の報告は、中西久枝氏により「イラン政治の保守化と変容する家族と結婚制度―保守派の台頭と市民社会の「ジェンダー平等」をめぐる言説と社会運動―」と題して行われた。イランは1979年のイラン・イスラーム革命後、家族及び結婚に関する女性の権利が後退し、それを回復する努力が女性NGOや女性活動家たちのネットワークによって展開されてきた。一般には、政治が保守化した時期には女性の権利はより制約がかかると指摘されてきたが、実際には、政治の保守化による女性の権利への抑圧的な立法に対抗して、アフマディネジャド政権期に見られたように、「100万人署名運動」のような社会運動がおこった。この運動は1980年代、1990年代とは異なり、新中間層が中心となり、政治思想や社会階層を超えた広がりを見せた。また、この運動で女性たちが要求したジェンダー平等の精神を貫こうとする各要求項目は、その後法案改正の動きを生み出し、女性の権利の再拡大が一部見られたものの、ジェンダー平等的な社会の設立への希求は運動として地下活動化した。他方、100万人署名運動は、2009年の大統領選挙の不正疑惑に対する数百万人規模の票の数え直し運動(「緑の波」あるいは「緑の運動」)という形で、市民の本質的なレベルでの政治参加を希求する運動として継承された。また、現政権樹立後は、女性の副大統領がグローバルな規範としてのジェンダー平等をSDGsから引き出し、国家目標として推進する新しい動きがある。これは、90年代までのイスラーム法の再解釈から女性の権利を人権として捉えるアプローチとは異なる。また現政権下で復刻した女性雑誌ザナーンは、婚姻関係によらない男女の同棲の実態を描くなど、イランの現代社会が革命以来急速に変化したことを提示することで、イスラーム体制への新たな挑戦を行っている。出席者からは、報告で事例として取り上げられた「白い結婚」(事実婚)や交通事故死の際の保険支払額の男女同額化に関する法案などについて質疑やコメントがあった。 二番目の報告は、本研究会立ち上げに際して参考にしたV.モガッダムの著書Valentine M. Moghadam, Globalization and Social Movements: Islamism, Feminism,and the Global Justice Movement (2nd edition). 2013, Lanham: Rowman and Littlefield Pub.INC.について、鷹木恵子から「第1章 社会運動と現代政治」「第5章 世界的スケールにおけるフェミニズ」を中心に内容紹介と解説がなされた。まずイラン系アメリカ人社会学者でジェンダー・ポリティックスやジェンダーと開発などを専門とする、現在ノースイースタン大学教授のV.モガッダム氏のプロフィール紹介の後、第1章の内容として、グローバル化と社会運動との関連性を、世界システム論とフェミニズムの視点から分析考察するという本書の理論的枠組みについて解説がなされた。それを踏まえて、本書での三つの事例、イスラミズムとフェミニズムと社会公正運動のうち、第5章のフェミニズム運動について、特に新自由主義経済のグローバル化と関連させて分析考察されている内容が多数の事例と共に紹介された。出席者からは、世界システム論の捉え方では国家単位での検討がなされない点やまたイスラミズム運動のグローバル化とユニヴァーサル化の違いについての有益なコメント、さらに社会運動についての実際の調査研究に伴う諸課題などについての議論がなされた。以上の二つの報告にはイランという点での共通点もあったことから、総合討論では双方に関連する活発な質疑や議論が交わされた。 |
カタルから来訪している二人の研究者を迎えて研究会を開催した。最初に講師二人の簡単な紹介と趣旨説明が司会からあった後、Marta Saldaña氏から、GCC National Identity and Citizenship Policies and their Impact on National Womenと題する講演があった。GCC諸国(湾岸協力会議加盟国)では、ナショナル・アイデンティティの語りと市民権(帰化)の条件が、国家の統治の問題と強く結びついていることが説明されたのち、市民権は市民の権利というよりも、国王/首長から与えられるものとして認識されている傾向が強いことが明らかにされた。そして多くのGCC諸国では、憲法上は男女平等が謳われているが、家父長主義や「アラブの伝統」を強調する姿勢にのために、女性は実態的にはより劣等で依存的な地位に置かれているとした。その例として、GCCの女性と結婚した外国人の夫が法的にGCC諸国に帰化できるのはオマーンだけであること、GCCの女性と外国籍の夫との間に生まれた子供たちには原則としてGCCの市民権は与えられないこと、などが指摘された。またMarta Saldana氏によるアンケート結果から、安全保障への問題意識の高さに比して、ジェンダー平等に問題があると考える回答者はとても少なく、政治指導者や政治参加は男性が中心であるとの認識が強いことも示された。 コーヒーブレークをはさんだ後、Luciano Zaccara氏より、Comparing Women Political and Electoral Performance in Iran and GCCと題する講演があった。イランとGCC諸国における選挙の歴史、国・地方レベルでの選挙の実施の有無、を一覧した後、イラクにも言及しながら各国の憲法上の選挙権の位置づけやジェンダー平等を確認した。また、全世界をみわたして女性が政治指導者となっている国の数や地域ごとのパーセントを示し、西アジアのみならずアジア全体で女性の政治指導者が非常に少ない現状が明らかにされた。さらにペルシア/アラビア湾を囲む国々で、指名を受けて女性が大臣になった例はあるがその担当は教育・環境・健康など、比較的重要度が低いと思われる分野であること、そしてイランの大統領選における女性候補者数の推移が示された。世界的に見て、国会議員の数に女性の占める割合が高いところは、クオータ制を導入しているところであることを図示したうえで、クオータ制の導入されていないイラン、イラク、GCC諸国では、議会(国政だけでなく地方評議会も含める)において女性がはかばかしいパフォーマンスを行えていないことが結論付けられた。 質疑応答では、アンケート調査を行った際の現地の状況、GCC諸国特有の女性の労働市場の問題、クオータ制導入の意義、女性が国家の指導者になるかならないかは宗教的というよりも社会的な性格というべきではないか、GCC諸国では集会結社の制限が厳しいために市民社会的な活動が難しい事情、などの論点をめぐって活発な論議が交わされた。 |
趣意説明として、研究会代表の鷹木から、ジェンダーとは社会・文化的な性別を問う概念であるばかりでなく、性差間の権力関係、不平等、不公正をも問う実践的概念でもあるとすれば、現状を変革しようとする広義の「開発」と関わるものであり、本研究会ではその一つの位相として、社会運動を対象として検討していくことが説明された。また女性運動やフェミニズム運動だけではなく、広く社会公正運動や宗教間対話運動、平和構築運動なども対象とし、現代における特にそのトランスナショナルな動態に注目していくことも説明された。 続いて、幸加木文氏が「トルコの市民社会運動における女性の役割 ― ギュレン運動を一例に―」と題して研究報告を行った。はじめに、2016年7月15日夜に発生し、その直後に鎮圧されたトルコのクーデタ未遂事件の概要とその後の影響について概括した。そして、この事件の首謀者としてトルコ政府に名指しされたギュレン運動というトルコの宗教的な市民社会運動と、その精神的指導者とされるフェトゥッラー・ギュレンという人物の特徴を列挙しながら、その変容を指摘した。そのうえで、特に運動の女性たちの活動に着目し、「ヒンメット」と呼ばれる資金集めや勉強会、メンバー内の結婚の斡旋等の諸活動と、そこで果たされる「アブラ(姉)」と呼ばれる女性責任者の役割を論じた。一方で、運動の政治的志向や「非民主的」手法による金銭の徴収、強制などの慣行が指摘されるなど、運動に向けられる種々の批判や課題についても指摘した。 出席者の方々からは、ギュレンおよび運動の変容時期やトルコの政教関係についての質質疑があった。また今後の研究上の課題として、現在進行するクーデタ失敗後に逮捕された運動メンバーの証言を分析することにより、これまで明らかになっていなかったギュレン運動の内部構造の解明を期待できるというコメントなどがあった。 もう一つの研究報告は、小林和香子氏による「パレスチナの女性たちによる社会運動」と題するものであった。現在も紛争・占領下にあるパレスチナの女性たちが行ってきた社会運動はその時代の政治状況と彼女たちの社会での立場に伴い抵抗運動・解放運動・平和構築運動などと変化を遂げてきた。本報告では、女性運動が開始した20世紀初頭から今日までを6つの期間に分け、その特徴と変化を分析した。(1)女性による抵抗運動が始まった委任統治時代(1923~1948年)、(2)ナクバ後(1948年~1967年)の民族解放運動、(3)イスラエル占領下に入った1967年以降の女性解放と民族解放の同時実現に向けた運動、(4)女性たちによる抵抗運動が最も活発化したインティファーダ期(1987年~1993年)、(5)「民主化」・「平和構築」運動が目立ったオスロ和平プロセス期(1993年~2000年)、(6)「スムード」と「国際化」を進めているアル・アクサ・インティファーダ(2000年)~現在までに分けて、それぞれ検討がなされた。報告の後、出席者から、運動に参加した女性たちの政治的思想、社会的階層や地域的差異(ガザ、西岸、ディアスポラ)などに関する質問やコメントが寄せられた。出席者は23名で、総合討論では時間が足りないほどの質疑応答や議論がみられた。 (文責:鷹木恵子) |