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| はじめに | 田中 有紀 |
| 平安朝物語文学に描かれる音楽 : 『うつほ物語』兼雅から『夜の寝覚』男君へ | 千野 裕子 |
| 遣唐楽人の史実と虚構 | 原 豊二 |
| 宋代類書による唐代音楽像の形成 | 中 純子 |
| 『楽書要録』が記す楽律の世界 : 七声理論と律暦合一思想 | 田中 有紀 |
| 張炎『詞源』現存版本の考察 | 鍾 鈺婷 |
| 五線譜の政治 : 植民地朝鮮における音楽と記録 | 金 志善 |
| 五線譜記譜法における中国音楽の情緒表現に関する探討 | 王 文 |
| 「吟楽琴「南風」 : 『宇津保物語』に描かれる古琴」脚本 | 武井 欲生、田中 有紀 |
| Script of Legend of Legacy Nanfu by utsubomonokatari(中国語・英語) | 朱 夢函、武井 欲生、王 励、Clemens Eli、田中 有紀 |
| 「吟楽琴「南風」 : 『宇津保物語』に描かれる古琴」クアラルンプール公演・東京公演 概要 |
| 特集にあたって | 柳 幹康 |
| 前書き | 陳 継東 |
| I 仏教者と国家・政治 | |
| 論太虛的政教關系觀:以問題為中心 | 龔 雋 |
| Journey to the West: Taixu’s 1928-1929 World Tour as Cultural Diplomacy | Justin R. Ritzinger |
| 国族、佛教与无我:圆瑛法师在战时的蒙难始末与政治立场 | 邵 佳徳 |
| 第二次世界大戦後のアジア仏教世界と中国─世界仏教徒連盟(WFB)を中心に | 坂井田 夕起子 |
| II 仏教の制度化と国家 | |
| 近现代汉传佛教的制度创新 | 汲 喆 |
| III 近代仏教の知識生成と社会変革 | |
| 制度儒學與應用佛學─文明再造的共命鳥 | 王 頌 |
| 界定錫蘭佛教與中國近代佛教的知識生產 | 沈 庭 |
| IV 仏教の地方性と中心に対する遠心力 | |
| Toward a Buddhist Citizenship: Education and Civil Discourses in Modern Chinese Buddhism | Rongdao Lai |
| 闽南佛学院与民国僧教育反思思潮─从瑞今法師展开的探讨 | 道 悟 |
| V 近現代における日中の仏教交流と自己認識 | |
| 中国仏教へのまなざし─鈴木大拙の二種の『支那仏教印象記』 | 陳 継東 |
| 传印法师赴日留学的因由和成就─兼评《 中国佛教与日本净土宗》 的特色 | 湛 如 |
| はじめに | 森本 一夫 |
| 第一部 サイイド/シャリーフの立場をめぐる語りと語り手たち | |
| 十二イマーム・シーア派イマーム論におけるアリー裔 ―アブドゥルアズィーム・ハサニーの事例を中心に― | 吉田 京子 |
| 現代イランの大衆向けサイイド論 ―バーゲリヤーン・モヴァッヘド著『サイイドの奇蹟』をめぐって― | 森本 一夫 |
| ダウラターバーディー作『サイイドの美徳』に見える15 世紀北インドのサイイド論 | 二宮 文子 |
| 現代インドネシアにおける預言者一族の位置づけ ―アブドゥッラー・ビン・ヌーフほかの論考から― | |
| 第二部 イマーム崇敬と宗派性 | |
| サファヴィー朝末期作成のイマーム・レザーの奇蹟譚集『天国への手段』をめぐって | 杉山 隆一 |
| スンナ派伝承主義者にとってのアリー崇敬―ニーシャープールのハーキム(1014 年没)が「シーア派的」と批判された理由と文脈― | 森山 央朗 |
| スンナ派の十二イマーム崇敬とマフディー | 水上 遼 |
| 第三部 「ムハンマドの血筋」をめぐる多様な状況と戦略 | |
| 「聖」なる賽典赤とムスリム・アイデンティティ―清代中国の預言者一族の対外生存戦略と内的緊張関係― | 中西 竜也 |
| 19 世紀フェルガナ盆地におけるミールザーたちの系譜書―コーカンド・ハーンの母方の系譜として― | 河原 弥生 |
| 現代モロッコにおける女性王族の婚姻,血統および社会的地位 | 白谷 望 |
| 序にかえて:「大津波のあと」から | 真鍋 祐子 |
| I 部 世界史を旅する画家 | |
| 美術家,富山妙子の軌跡と展開─1990年代以降を中心に | 小林 宏道 |
| 富山妙子における「新しい芸術」の模索─敗戦後から1960年代までを中心に─ | 徐潤雅 |
| 富山妙子とラテンアメリカ─文献およびインタビューから読み取る 植民地主義批判への目覚め─ |
高際 裕哉 |
| 画家・富山妙子とトランスナショナルな連帯─越境する作品,共振する感覚─ | 李美淑 |
| アートにみる植民地主義と女性の身体─富山妙子の中国・「満州国」・韓国との出会い─ | 坂元 ひろ子 |
| The Past Within Her: Tomiyama Taeko’s Sorrows of War and the ‘Postwar’ ~ What a Woman Artist Saw ─ |
Rebecca Jennison |
| II 部 富山妙子をめぐる「場の力」 | |
| The Power of Place: Pathways from Awaji Island | Laura Hein |
| 淡路・富山妙子「解放」の原点─縄騒動,そして人形芝居─ | 金子 毅 |
| ベルリンの富山妙子─フェミニストのアーティストがどういう風にしてトランスカルチャーの空間とネットワークを大きくすることができたのか?─ | イルゼ・レンツ,浜田 和子 訳 |
| 「5・18」,そして統一─ベルリン/ドイツにおける韓国民主化運動─ | 李恩政,真鍋 祐子 訳 |
| 韓国の民主化運動および金芝河救援運動へのメキシコからの連帯 | アルフレド・ロメロ=カスティージャ,高際 裕哉 訳 |
| 富山妙子が立ち続けた場所 | 古川 美佳 |
| インビテーション | 青山 和佳 |
| I 考える | |
| 思考の全体と原理 | 文 景楠 |
| レイヤー的技巧と脳内編集 : 採掘される将来の思考のために | 藤岡 洋 |
| 外部思考=感覚器官としての異文化・フィールドワーク : ピナトゥボ・アエタとの40年の関わりで目撃した変化と持続,そして私の覚醒 | 清水 展 |
| II 生きる | |
| 測り過ぎ,闘い過ぎ : メインストリームとラディカリズムの狭間でみたメキシコ | 受田 宏之 |
| 現代経済の「錬金術」と有機農業 : フィリピンにおける「食」と「貧困」 | 中西 徹 |
| ビジネスとしてのエスニック・レストランとは : 焼肉店の歴史分析への視座 | 韓 載香 |
| 越境するアートがひらく,「生きるための知」の空間 | 岸 健太 |
| III 交わる | |
| 長い旅の終わりに : インティミットなリフレクション | 青山 和佳 |
| エピローグ : 往復書簡 | 青山 和佳・中島 隆博 |
| 前言 | 小寺 敦 |
| 『詩經』「蟋蟀」とその意義 : 古代中國の詩とテクスト研究の諸問題 | カーン マーティン,新津 健一郎 |
| 《上博九・卜書》中三個兆象名考釋 | 范 常喜 |
| 秦漢時代の「徭」 | 石原 遼平 |
| 從文體的角度再論“ 太公” 文獻系統與《逸周書》之間的關係 | Grebnev Yegor |
| 銘文からみた春秋戰國時代華中地域における青銅器生産 : 「作器者」銘の分析を中心に | 丹羽 崇史 |
| 清華簡『鄭武夫人規孺子』譯注 | 小寺 敦 |
| 前言 | 小寺 敦 |
| 上博楚簡『君子爲禮』における德目の分化 | 今田 裕志 |
| 戰國期楚における「日書」の利用について | 海老根 量介 |
| 甲骨文の非對格動詞から見る「不」と「弗」の否定機能差異 | 戸内 俊介 |
| 試論合音詞“諸”在出土文獻中的分布及其含意 | 宮島 和也 |
| 清華簡『命訓』の思想と成立について | 谷中 信一 |
| 北大簡《妄稽》篇補釋及編聯問題 | 羅 濤 |
| 清華簡『鄭武夫人規孺子』に關する初歩的考察 | 小寺 敦 |
| 特集にあたって
|
佐藤 仁 |
| 第1部 開発と援助の最先端 | |
| 第1章 中国の対外援助の拡大と国際開発援助の限界
|
渡辺 紫乃 |
| 第2章 成功事例は開発援助に有効か ー負の遺産に未来ありー
|
麻田 玲 |
| 第3章 人道主義は普遍的か ー新興国と国際人道レジームの未来ー
|
近藤 久洋 |
| 第2部 援助を超えて | |
| 第4章 援助は「悪」をなくせるのか ー南北アメリカにおける麻薬対策ー
|
受田 宏之 |
| 第5章 ODAは難民を救えるか ーグローバルな人口移動時代における国際貢献の構図ー
|
小林 誉明 |
| 第6章 開発援助と途上国の国内政治 ー来たるべき政治の時代における開発援助の方向性ー
|
志賀 裕朗 |
| 第3部 未来への思想 | |
| 第7章 「南北の学問」としての開発研究へ —時間・空間・世界観から考えるー
|
佐藤 峰 |
| 第8章 開発の終焉 ーDevelopment(開発・発展)からEnvelopment(整序)へー
|
林 薫 |
| 第9章 競争史観から依存史観へ
|
佐藤 仁 |
| Foreword
|
BABA, Norihisa(馬場紀寿) |
| Preface
|
KYUMA, Taiken(久間泰賢) |
| Jñānaśrīmitra on the Ratnagotravibhāga
|
KANO, Kazuo(加納和雄) |
| A Study on Scholarly Activities in the Last Period of the Vikramaśīla Monastery : Quotations in Ratnarakṣita’s Padminī
|
KURANISHI, Kenichi(倉西憲一) |
| Dīpaṃkaraśrījñāna’s Activities at the Vikramaśīla Monastery in Relation with the Pāla Dynasty
|
MOCHIZUKI, Kaie(望月海慧) |
| Bhavyakīrti’s Sub-commentary on the Pradīpoddyotana as a Doxography : Some Preliminary Remarks and a Synopsis
|
TOMABECHI, Toru(苫米地等流) |
| On the Identity and Authenticity of the *Sarvadharmacaryopadeśābhisamayatantra: A Tantric Scripture Associated with the Vikramaśīla Tradition
|
WANGCHUK, Dorji |
| Some Remarks on the Concept of the Yoginī in the Abhayapaddhati of Abhayākaragupta
|
YANG, Mei |
| はじめに | 安冨歩・深尾葉子 |
| 『論語』の「道」とは何か | 安冨 歩 |
| 大神から害獣へ-ニホンオオカミの絶滅と「異界」の喪失・魂の脱植民地化という視点から | 深尾 葉子 |
| 「合理性のレンズ」からの自由-「ゴミ屋敷」を巡る「悪循環」からの脱出にむけて | 竹端 寛 |
| 異界についての一考察 | 安冨 歩 |
| 村上春樹と「内なる異界」-『ノルウェイの森』を通じて | 竹端 寛 |
| Sacrifice: Some Remarks on the Bunraku Play Sugawara Denju Tenarai Kagami | Ursula Weiss |
| The Towazugatari, Lady Nijo’s Autobiography: A Series of Selfies in Search of Identity | Ursula Weiss |
| ヤーコブ・ベーメ,あるいは吹き飛ぶ閂 | 香田 芳樹 |
| 「境界性人格障害」患者に於ける魂の植民地化と脱植民地化 | 小石川 真実 |
| 特集にあたって ―ポスト民主化時代台湾の国際政治経済学を目指して― | 松田 康博 |
| 現代台湾の「中華民国」―例外国民国家の形成と国家性― | 若林 正丈 |
| 台湾の半大統領制における政策決定―「両岸経済協力枠組み協定(ECFA)」の事例を中心に― | 松本 充豊 |
| 馬英九の博士論文から読み解く日台漁業交渉 | 小笠原 欣幸 |
| ポスト民主化台湾と日本 ―関係の制度化と緊密化― | 福田 円 |
| 東アジア経済の変動と日台ビジネスアライアンス | 佐藤 幸人 |
| 馬英九政権の大陸政策決定過程における与党・中国国民党の役割―国共プラットフォームを事例として― | 黄 偉修 |
| 中台関係の安定期における日中関係の展開 | 高原 明生 |
| 馬英九政権下の中台関係(2008-2013)―経済的依存から政治的依存へ?― | 松田 康博 |
| 特集にあたって | 菅 豊 |
| ■アカデミック民俗学 | |
| 「民俗学の悲劇―アカデミック民俗学の世界史的展望から―」 | 菅 豊 |
| ■政治神話 | |
| 希求される大統領像 ―韓国における〈政治神話〉の生成とその民俗的要因― | 室井 康成 |
| ■経営と伝統 | |
| プロセスとしての<共同体> ―沖縄・波照間島の「戦争マラリア」をめぐる語りを事例に― | 加賀谷 真梨 |
| ■経営と伝統 | |
| 「家族/経営」という困難 ―「伝統」がもたらす不調和と揺らぎをめぐって― | 塚原 伸治 |
| ■ジャンル | |
| 中国民俗学のジャンルを巡る考察 ―新たなジャンル研究へ向けて― | 西村 真志葉 |
| ■村落と公共性 | |
| 村落开发与公共性重构 -三门源村水资源利用的过去与现在- | 陳 志勤 |
| ■災害民俗学 | |
| 危機管理と災害対応の実践の民俗学に向けて | 谷口 陽子 |
| ■民俗文化財 | |
| 民俗学と文化財/文化遺産をめぐる重層的な関係と、民俗学の可能性 | 俵木 悟 |
| ■宮本常一 | |
| 当事者の声と民俗誌 ―日本民俗学のもうひとつの可能性― | 川森 博司 |
| ■新しい野の学問 | |
| 民俗学の喜劇 ―「新しい野の学問」世界に向けて― | 菅 豊 |
| 「はじめに」 | 安冨歩・深尾葉子 |
| <第1部 魂の脱植民地化の思想> | |
| 人間社会の秩序の基盤としての学習:儒家とサイバネティックス | 安冨 歩 |
| 「精神主義」の挫折:真宗ルネサンスのために | 山本 伸裕 |
| The Gate of Effortless Practice | Ursula Weiss |
| <第2部 私を含む研究―異文化との出会いのなかで―> | |
| 封殺された「言葉」を解き放つ:コリア研究がはらむハラスメント性について | 真鍋 裕子 |
| 台湾先住民族タイヤルと私の遡行の旅:植民暴力の記憶の呪縛 | 中村 平 |
| 呪いから赦しへ:エジプトのコプト教会を研究する | 辻 明日香 |
| <第3部 自らを通じて社会へ> | |
| 枠組み外しの旅:宿命論的呪縛から真の<明晰>に向かって | 竹端 寛 |
| スローライフ掛川の活動精神とその表れ:気持ち良さの所在について考える | 富田 啓一 |
| 地域と環境を再生するコミュニケーションの渦:徳島県上勝町と滋賀県沖島に見る魂の脱植民地化過程 | 深尾 葉子・原田 愛子・梶田 由胤 |
| フクシマ・ディアスポラ:ゆがめられた言説が生む苦悩と葛藤 | 深尾 葉子 |
| 序文 | 鈴木董 |
| <第1部 世界秩序と国際関係> | |
| 16世紀オスマン帝国の条約体制の規範構造―ドゥブロヴニク,ヴェネツィア,フランスの場合― | 堀井優 |
| 15―16世紀におけるフィレンツェ・オスマン関係と貿易枠組み | 鴨野洋一郎 |
| 16世紀後半のオスマン朝における飢饉と食糧不足 | 澤井一彰 |
| オスマン帝国における中心=周辺関係の変容に関する一研究―18世紀後半のワラキア・モルドヴァとの宗主・付傭関係― | 黛秋津 |
| <第2部 前近代のオスマン帝国> | |
| オスマン朝ハットゥ・ヒュマーユーンについての一考察―切り取られたハットゥ・ヒュマーユーンの検討を中心にー | 高松洋一 |
| 租税台帳に見るアナトリア南東部の人口構成 | 齋籐久美子 |
| オスマン朝におけるマドラサ制度の発展―16世紀後半~17世紀前半のバルカンの事例を中心に― | 松尾有理子 |
| <第3部 「西洋化」改革から共和国へ> | |
| パシャたちの変容―比較史から見た最末期オスマン朝の支配エリートの若干の特質 | 鈴木董 |
| タンズィマート初期改革の修正―郡行政をめぐる政策決定過程(1841-42年) | 秋葉淳 |
| タンズィマート初期における対キリスト教徒教育管理構想 | 長谷部圭彦 |
| タンズィマート期アルメニア共同体の再編―ミッレト憲法後のイスタンブル総主教座を中心に― | 上野雅由樹 |
| トルコ共和国公定歴史学における「過去」の再構成 --高校用教科書『歴史』(1931年刊)の位置づけ-- | 小笠原弘幸 |
| はじめに | 安冨歩 |
| <第1部 魂の遍歴> | |
| 魂の脱植民地化理論の新展開 | 深尾葉子 |
| 魂の化石化・植民地化・再植民地化・二重植民地化・脱植民地化 | 別府春海 |
| 魂の遍歴 ─中国“未完の革命”の狭間で─ | 遠藤 誉 |
| ハラスメントの罠からの離脱過程の数量分析 | 柴田有三 |
| 『ハウルの動く城』に見る魂の脱植民地化過程 | 深尾葉子 |
| <第2部 中国社会の魂の脱植民地化> | |
| “关系”研究的脱殖民地化与理论重构 | 翟 学伟 |
| マルサス人口論の呪縛 ─孫文の中国革命プログラムとの関係を中心に─ | 安冨 歩 |
| 梁漱溟の理 | 海部岳裕 |
| <第3部 呪縛と創発の諸側面> | |
| 経済学の呪縛 | 葛城政明 |
| Decolonisation of the Soul: The Wisdom and Courage of Confucius and Gandhi | Yasutomi Ayumu |
| Murakami Haruki’s Short Story as an Example for Colonization and Decolonization of the Soul ─The Kidney-Shaped Stone That Moves Every Day─ | Ursula Weiss |
| トゥバの古地図が意味するもの ─遊牧民の世界認識─ | 等々力政彦 |
| はじめに | 安冨歩 |
| <第1部 私を含む研究> | |
| 魂の脱植民地化とは何か ―呪縛・憑依・蓋― | 深尾葉子 |
| 「自分らしさ」を中心に据える―私が中南米の歌をうたう理由― | 千葉泉 |
| 共生のダイナミクス ―現場から見た進化についての小論文― | 等々力政彦 |
| <第2部 理論的考察> | |
| ハラスメントの理論 | 本條晴一郎 |
| Colonization and Decolonization Seen from the Viewpoint of Analytical/Jungian Psychology | Ursula Weiss |
| <第3部 無縁> | |
| communisからの離脱 | 安冨歩 |
| 無縁論の出現 ―網野善彦と「第二の戦後」― | 内田力 |
| 無縁論の空転 ―網野善彦はいかに誤読されたか― | 与那覇潤 |
| <第4部開発・環境問題> | |
| 中国●民自主性与中国自主性 ―从被殖民到自我殖民― | 李昌平 |
| ‘Colonization' in a Japanese Company in Hong Kong: The Nature of the Managerial Control of Yaohan Hong Kong | Dixson Wong Heung Wah |
| 内モンゴル日本人植林活動の硬直化過程 ―使命感という呪縛とその破壊性― | 富田啓一 |
| ブータンの変遷 ―依存を通じた自立の戦略― | 宮本万里 |
| 序 | 加納啓良 |
| 20世紀アジアにおける砂糖,米,コーヒー ―生産・貿易統計による序説的経済史的考察― | 加納啓良 |
| ビルマ米輸出統計の再検討と「国内」,国境,海外輸出量の変遷 | 高橋昭雄 |
| 戦後初期から1950年代におけるビルマの米輸出の変化 | 水野明日香 |
| タイ産高級米ジャスミン・ライスと東北タイ | 宮田敏之 |
| インドネシアの砂糖,米,コーヒー,茶 ―長期統計で見る生産と輸出入の推移― | 加納啓良 |
| インドネシア・マンデリンコーヒーの発展過程 | 三本木一夫・池本幸生 |
| 両大戦間期日本の砂糖市場構造と黒糖 | 大澤篤 |
| モーリシャスより見たる環インド洋砂糖貿易1840~1939年 | 久米高史 |
| シリア語からアラビア語,そしてアラビア語からシリア語へ | 高橋英海 |
| 12イマーム派ガイバ論におけるヒドル(ハディル)伝承の展開 | 吉田京子 |
| 4/10世紀イスマーイール派の位階制論におけるターミノロジー ―ラーズィーを中心として― | 野元晋 |
| ハムザ書簡群に見るドゥルーズ派終末論の形成過程 | 菊地達也 |
| シャハラズーリーによるスフラワルディー著『開示の書』注釈 ―理知的魂に関する序論のテクスト校訂・翻訳・訳注― | 小林春夫 |
| ペルシア語タフスィール『神秘の開示』に見る神秘主義的表象世界 | 藤井守男 |
| イブン・アラビー『叡智の宝石』注釈書の系譜 ―ザカリヤ章を中心にして― | 竹下政孝 |
| 幸福と哲学者の営み ―モッラー・サドラーの実体運動説の意味― | 鎌田繁 |
| 中国思想とイスラーム思想の境界線 劉智の「有」論 | 仁子寿晴 |
| 『アラビアン・ナイト』原典購読事始 ―昭和前期におけるアラビア語研究の先達たち― | 杉田英明 |
| おわりに | 鎌田繁 |
| 序言 | 林熒澤 |
| 出版・検閲の態様とその遷移 ―日本から満州国へ― | 山室信一 |
| 「文化政治」 期における新聞の位相と反検閲の内的論理 ―1920年代の朝鮮語民間誌を中心に― | 朴憲虎 |
| 文化政治期における検閲体制と植民地メディア | 韓基亨 |
| 植民地期の韓国文学における検閲と印刷資本 | 韓萬洙 |
| 日帝下の検閲機構と検閲官の変動 | 鄭根埴 |
| 日本統治期台湾での「検閲」の実態 | 河原功 |
| 跋 | 中里成章 |
| 序文 | 平㔟隆郎 |
| 〈江戸のまなざしと中国古代〉 | |
| 江戸と中国古代を考える | 平㔟隆郎 |
| 〈近代の前史としての江戸〉 | |
| 江戸初期和算書の情報源 ―八算見一の珠算法をめぐって | 武田時昌 |
| 〈江戸から見た明〉 | |
| 江戸と明の小説と図像をめぐって | 大木康 |
| 物観本明律の底本問題に関する一試論 | 清水裕子 |
| 〈明のまなざしと東アジア〉 | |
| 明代中国の礼制覇権主義と東アジアの秩序 | 岩井茂樹 |
| 序文 | 尾崎文昭 |
| ポスト天安門時代における中国ナショナリズム言説の諸相 | 砂山幸雄 |
| 1980年代中国知識人言説の再検証に向けて ―劉小楓を中心に― | 秋山珠子 |
| 1990年代における中国法イメージ ―鎌倉会議を中心に― | 高見澤磨 |
| ポスト社会主義の歴史と中国当代文学批評の変遷 | 賀照田著/塩旗伸一郎訳 |
| 近20年の中国における現代文学史叙述の基本的枠組みの考え方について | 尾崎文昭 |
| 80年代以降の新詩における抒情モデルの解体 ―慈母のイメージの変容― | 佐藤普美子 |
| 中国における 「インターネット文学」 の成立 | 厳鋒著/松村志乃訳 |
| 「いま,ここ」 の二つの語り方 ―80-90年代中国大陸映画に見る語りのスタイルについての一考察― | 菅原慶乃 |
| 〈序説〉 | |
| インド的瞑想から中国禅の思想へ | 丘山新 |
| 〈禅と中国の文学・思想・言語〉 | |
| 中国詩歌の発展における禅宗の影響 略論 | 孫昌武著/梅田雅子訳 |
| 歴史・思想史・一般思想史 唐代を例に禅思想史研究におけるいくつかの問題を考える― | 葛兆光著/土屋太祐訳 |
| 習禅:月見亡指―中国仏教解釈学研究 | 周裕著/土屋太祐訳 |
| 〈中国禅宗史の諸相〉 | |
| 老安碑文が示す思想的問題 | 石井公成 |
| 唐代禅宗の思想―石頭系の禅― | 小川隆 |
| 『祖堂集』 の校理 | 衣川賢次 |
| 宋代禅史の特色―宋代の燈史の系譜を手がかりとして― | 石井修道 |
| 『碧眼録』 における頌と評価 | 末木文美士 |
| 北宋期禅宗の無事禅批判と圜悟活動 | 土屋太祐 |
| 禅宗史の終焉と宝巻の生成―『銷釈金剛科儀』 と 『香山宝巻』 を中心に― | 前川亨 |
| 序 | 加納啓良 |
| インド近代史における遠隔地貿易と地域交易 -1868-1938年- | 杉原薫 |
| 植民地期の蘭印・英印貿易関係 -蘭印側統計からの観察- | 加納啓良 |
| 日印合弁マッチ工場の成立と展開 1910-20 年代 -ベンガル湾地域の市場とムスリム商人ネットワーク- | 大石高志 |
| ミャンマーの国営製糖業と耕作農民 | 高橋昭雄 |
| 植民地期の上ビルマ一村落における農地の所有と質入れ -チャウセー県の事例- | 水野明日香 |
| <研究資料> | |
| スリランカ年表 -英領植民地時代から現代まで- | 小槻文洋 |
| 序説 | 平勢隆郎 |
| 『春秋』 三傳と祭祀 | 石黑ひさ子 |
| 『左傳』 の引詩に關する一考察 - 「賦詩斷章」 の背景- | 小寺敦 |
| 『左傳』 に引かれる 『書』 の性格 | 高津純也 |
| 盟誓における載書についての一考察 | 呂靜 |
| 前漢末~後漢における地方官制と 『周禮』 | 阿部幸信 |
| 『周禮』 の構成と成書國 | 平勢隆郎 |
| 『周禮』 の内容分類 | 平勢隆郎 |
| 序 | 松井健 |
| 生活世界の信仰から見直すコミュナリズム現象:チェンナイ(マドラス)市における1944~98年の参与観察と聞き書きを中心に | 関根康正 |
| 北ビハール,低カーストの儀礼の歌にみられる,ヒンドゥー・ムスリムの関係 | 永ノ尾信悟 |
| ラージャスターンの一スーフィー聖者廟におけるコミュナリズム | 三尾稔 |
| ズークリーはムスリムか?:パキスタン・マクラーン地方における宗教問題の重層性 | 松井健 |
| 現代における漢字の新要素 | 高田時雄 |
| 手書き文字の外字化について | 平勢隆郎 |
| 現代中国書データベースの構成と問題点 | 岡本さえ |
| 現代中国書データベースにおける叢書・多巻本のレコード形式の設計とその改良 | 檜垣泰彦 |
| 『三国志平話』データベースの構築:Unicodeテキストの利点と問題点 | 二階堂善弘 |
| 計算機およびインターネットにおける中国語環境 | 官寧 |
| コンピュータでアラビア文字を使う | 林佳世子 |
| メーリングリストを利用したアジア研究におけるコミュニケーション | 鈴木隆泰 |
| オンライン情報とテキストファイル・データベース:インドネシア政治経済動向分析における活用 | 加納啓良 |
| バーチャル文庫構想について | 大塚秀高 |
| 和古書目録データベースの構築をめぐって | 山田直子 |
| インド学仏教学論文データベース(INBUDS)検索システムの構築 | 相場徹/生出恭治 |
| 序 | 末成道男 |
| 世帯を通してみたベトナム南部村落における親族の位置づけ | 中西裕二 |
| ベトナムの父系集団:ハノイ近郊村落の事例より | 末成道男 |
| 革命以前の北部ベトナム村落における年齢階梯制と地位獲得競争 | 宮沢千尋 |
| 入夏儀礼について:現代ベトナム村落における革命と伝統 | 比留間洋一 |
| 北ベトナム村落生活における婚姻の社会主義改革の結果 | ショーン・K・マラーニ著・津村文彦訳 |
| 皇帝と女性の祀る社:ヴィエトナム,フエのホンチェン殿 | 田村克己 |
| ベトナム・ハノイ地域の南薬に関する医療人類学的研究 | 板垣明美 |
| 20世紀初頭のベトナムにおける「民族」概念 | 岡田建志 |
| 銅鼓「再編」の時代:一千年のベトナム・南中国 | 吉開将人 |
| ノーラ,自動車に乗る:胡適「終身大事」を読む | 清水賢一郎 |
| 小品文作家周作人の誕生と雨の日の心象風景:「自分の畑」から「雨天の書」まで | 伊藤徳也 |
| 自由の隘路:一九二○年代中国知識人の自由の観念をめぐって | 下出鉄男 |
| 『怒吼罷,中國!』覚書き:『Рыуи Китай』から『吼えろ支那』, そして『怒吼罷,中國!』へ | 芦田肇 |
| 「超人」と「地母」:張愛玲文学の系譜 | 邵迎建 |
| 〈思考と感覚の融合〉を求めて:九葉派の詩と詩論 | 佐藤普美子 |
| 二十一世紀をめざす中国文学研究 | 林非著・丸尾常喜訳 |
| 人類学と歴史研究 | 末成道男 |
| 事実と認識:日本からの視点 | 宮永國子 |
| そこにある死体:事件理解の方法 | 上田信 |
| 中原逐鹿考 | 桐本東太 |
| 中国人の族譜と歴史意識 | 瀬川昌久 |
| 族譜よりみた■族の親族制度 | 王■興 |
| 清末・民国期,珠江デルタ順徳県の集落と「村」の領域:旧中国村落の再検討へ向けて | 片山剛 |
| 朝鮮時代後期の村落構成の動態:大丘戸籍の分析 | 嶋陸奥彦 |
| 歴史研究における比較と関係 | 加藤祐三 |
| ギリシア美術の日本仏教美術に対する影響:ヘルメース神像と(兜跋)毘沙門天像の羽翼冠の比較 | 田辺勝美 |
| 明治の須弥山説論争 | 吉田忠 |
| 中華における比較文化的意識の特徴 | 岡本さえ |
| 進化と文明:近代中国における東西文明比較の問題について | 佐藤慎一 |
| 世界秩序・政治単位・支配組織:比較のなかの後期イスラム帝国としてのオスマン帝国 | 鈴木董 |
| 経済発展の地域性:その解明をめざす方法論的覚え書き | 原洋之介 |
| 国家と詩人:魯迅と明治のイプセン | 清水賢一郎 |
| 民族主義ふたたび:周作人の排日と「溥儀出宮」事件 | 伊藤徳也 |
| 郭沫若と一九二○年代中国の国家主義, 〈孤軍〉派:郭沫若「革命文学」論提唱, 広東行,北伐参加の背景とその意味 | 小谷一郎 |
| メディア空間上海:『子夜』を読むこと | 鈴木将久 |
| 中国左翼戯劇連盟下における活報劇と藍衫劇団 | 白水紀子 |
| 張愛玲文学の誕生をめぐって:アイデンティティ危機の場 | 邵迎建 |
| 思想家としての魯迅 | 錢理群・王乾坤著/丸尾常喜・任明信訳 |
| 古代インドの王権論:仏典と『実利論』を史料として | 山崎元一 |
| 隱棲の問題 | 土田龍太郎 |
| Devimahatmyaにおける戦闘女神の成立 | 横地優子 |
| プラーナ文献が記述する秋の女神の大祭 | 永ノ尾信悟 |
| Brahmacarin前史 | 渡瀬信之 |
| 南インドヒンドゥー彫刻のプロポーション:いわゆる「儀軌文献」の規定と神像制作の実際 | 小倉泰 |
| AnandavadhanaのBhagavadgita注 | 上村勝彦 |
| 唐長安城の儀礼空間:皇帝儀礼の舞台を中心に | 妹尾達彦 |
| 『儒林外史』における都市知識人の生活と出版 | 大木康 |
| 植民都市マニラの形成と発展:イントラムロス(城壁都市)の建設を中心に | 清水展 |
| 東南アジア群島部における港市国家の形成:16世紀末のバントゥンを例として | 生田滋 |
| バンコク物語抄:道に残された記憶を求めて | 友杉孝 |
| 中世都市ヴィジャヤナガル:ヒンドゥー王都のレイアウトとその解釈 | 小倉泰 |
| イラン人のメッカ巡礼と都市ネットワーク | 坂本勉 |
| チューリップ時代のイスタンブルにおける詩人と泉:18世紀初頭オスマン朝の都市文化の一側面 | 鈴木董 |
| 中国初期演劇史論:仮面劇よりの展望 | 田仲一成 |
| 江西青陽腔目連戯と宗教儀式活動 | 劉春江著・田仲一成訳 |
| 明代伝奇の文学:湯顕祖の戯曲における心理表現を中心として | 廣瀬玲子 |
| 中国地方劇脚本の流伝と展開:■子・皮黄劇「■美案」を題材として | 加藤徹 |
| 馮夢龍「叙山歌」考:詩経学と民間歌謡 | 大木康 |
| 『三国演義』版本試論:通俗小説の流伝に関する一考察 | 上田望 |
| 「義賊」の誕生:雑劇『水滸』から小説『水滸』へ | 笠井直美 |
| 変身譚の変容:六朝志怪から『聊斎志異』まで | 戸倉英美 |
| 『大阿弥陀経』の思想史的意義 | 丘山新 |
| 道生における法華経の構成把握について | 菅野博史 |
| 劉峻と「山棲志」:仏教への距離 | 松岡榮志 |
| 韓愈「性情三品説」小考:唐代における儒教の変容と純化の過程 | 末岡実 |
| 唐詩にみる唐代の茶と仏教 | 高橋忠彦 |
| 仏性説の淵源 | 末木文美士 |
| 四川大足道教石刻概述 | 李遠国 |
| I 景観と構造 | |
| 現代都市バンコクの景観にみられる記憶の表象:貨幣・仏教・王権 | 友杉孝 |
| 「水の都」の空間構造:アムステルダム、ヴェネツィア、蘇州、東京の比較都市 | 陣内秀信 |
| II 都市建設 | |
| ヤン・ピーテルスゾーン・クーンとバタヴィアの建設 | 生田滋 |
| イスラム都市の慈善施設「イマーレット」の生活 | 林佳世子 |
| III 社会関係と経済生活 | |
| 1930年代寧波の都鄙人口 | 斯波義信 |
| 都市騒乱に見る社会関係:アレッポ・1850年 | 黒木英充 |
| IV 民俗宗教と芸能 | |
| 芸能史からみた中国都市と農村の交流:一つの試論 | 大木康 |
| マニラ近郊町における聖週間儀礼:キリスト受難の追体験をめぐって | 清水展 |
| 漢代の察挙制度と爵制 | 福井重雅 |
| 秦漢国家の陸運組織に関する一考察:居延漢簡の事例の検討から | 大櫛敦弘 |
| 中国の「内廷」と「外廷」:日本古代史における「内廷」「外廷」概念再検討のために | 古瀬奈津子 |
| 唐滅高昌国後的西州形勢 | 張廣達 |
| 唐律令制下の力役制度について:日唐賦役令管見 | 大津透 |
| 唐代前期の官賎制について | 榎本淳一 |
| 日本律令法の法体系分析の方法試論 | 石上英一 |
| 日唐医疾令の復原と比較 | 丸山裕美子 |
| 日本律令以前刑罰制度の特質 | 菊地克美 |
| 「気」:中西思想交流の一争点 | 岡本さえ |
| 17世紀後半、ヨーロッパに紹介された中国の年代記をめぐって | 小西鮎子 |
| 近代中国における「アジアとヨーロッパ」 | 濱下武志 |
| 『キッチャーヌキット』考:19世紀シャムの知識人とキリスト教 | 石井米雄 |
| 『ニャイ・ダシマ物語』論 | 土屋健治 |
| 課税原理としての地代論とインド社会:メーラト県地税行政の思想的背景について | 松井透 |
| 18世紀初頭オスマン帝国の遣欧使節制度と「使節の書」:ウィーン派遣大使シラフタール・イブラヒム・パシャの事例 | 鈴木董 |
| 東晋期仏教における言語と心理 | 丘山新 |
| 「建安風力尽矣」小考:桓温とその幕下の文学者集団について | 松岡榮志 |
| 『観無量寿経』の諸本について | 末木文美士 |
| 『大般涅槃経集解』の基礎的研究 | 菅野博史 |
| 自身を究竟するのは仏身を究竟するなり:『究竟大悲経』失題第五品について | 中嶋隆藏 |
| 『黄帝内經素問』のいわゆる運氣論諸篇についての初歩的考察:六節藏象論篇・王冰増補部分、および天元紀大論篇について | 松村巧 |
| 六朝思想史を中心課題とする学術交流記 | 蜂屋邦夫 |
| まえがき | 尾上兼英 |
| 新哲学論戦とデボーリン批判 | 陳正醍 |
| 中国話劇運動史点描:話劇草創期の展開の悪戦苦闘 | 佐治俊彦 |
| 「上海芸大」のことども:「1930年代文芸」の一側面 | 小谷一郎 |
| 「反差不多論争」(1937年)に見る沈従文と南北文壇の位置関係 | 尾崎文昭 |
| 郭沫若の歴史小説 | 伊藤虎丸 |
| 汚濁の中の哲学:「霞村にいた時」試論 | 宮島敦子 |
| 沈従文文学に於ける“常”と“変”:「辺城」と「長河」をめぐって | 小島久代 |
| 蕭軍『八月の郷村』試論 | 下出鉄男 |
| 1930年代の葉紹鈞 | 新村徹 |
| まえがき | 松井透 |
| 「二重経済」と「農業インボリューション」を超えて:「農民的自給生産」再考 | 加納啓良 |
| ベトナムーインドシナの民族的諸相ーエスニシティ論の視点から | 古田元夫 |
| 経済ナショナリズム論:タイ国の日本批判を事例として | 原洋之介 |
| 東南アジア農村社会論の最近の動向をめぐって:モラル・エコノミー論とポリティカル・エコノミー論を中心に | 白石昌也 |
| 東南アジア第1次産品輸出経済の構造:世界資本主義論的視点からの一接近 | 杉原薫 |
| まえがき | 大野盛雄 |
| 東南アジア農村社会論:地域研究と経済理論 | 原洋之介 |
| 変容するネグリート社会の苦悩:ある若者のアモック事件をめぐって | 清水展 |
| ジャワ農村研究覚え書き:階級関係と地域構造 | 加納啓良 |
| タイ農村社会における市場(いちば)とその多義性:比較経済体制論に向けて | 友杉孝 |
| 西アジア農業社会と共同所有:ムシャーと農村の諸制度 | 後藤晃 |
| 村騒動の一日:国王権とマーレキと農民のあいだ | 大野盛雄 |
| 近代エジプト農村社会研究のためのノート | 加藤博 |
| 『老子』王弼注考察一斑 | 澤田多喜男 |
| 『黄庭内景經』試論 | 麥谷邦夫 |
| 釋道安における佛教思想の形成と展開 | 松村巧 |
| 劉宋における靈寶經の形成 | 小林正美 |
| 六朝後半より隋唐初期に至る道家の自然説 | 中嶋隆藏 |
| 北周・道安『二教論』注釈 | 蜂屋邦夫 |
| 司馬承禎『坐忘論』について:唐代道教における修養論 | 神塚淑子 |
| 明末における道と文 | 溝口雄三 |
| 水滸伝:強盗が強盗に語った物語 | 孫述宇著・田仲一成訳 |
| 明代後期における文言小説の刊行について | 大塚秀高 |
| 聊斎志異:異を志す流れの中で | 戸倉英美 |
| 民国初期の北京における童伶の研究 | 吉川良和 |
| 近代文学形成の構図:政治小説の位置をめぐって | 松永正義 |
| 漢律における墳丘規定について | 鶴間和幸 |
| 晋泰始律令の成立 | 堀敏一 |
| 南朝期の上奏文の一形態について:『宋書』礼儀志を史料として | 金子修一 |
| 北魏初期の将軍号 | 窪添慶文 |
| 唐代における「守法」の一事例:衛禁律闌入非御在所条に関連して | 岡野誠 |
| 記紀・律令における“帰化”“外蕃”の概念とその用例:古代日本の国際関係をめぐって | 平野邦夫 |
| 告朔について一試論 | 古瀬奈津子 |
| 没官に関する一考察:良賎制との関連において | 山本節子 |
| 8世紀日本における「妖言」の法制について | 菊地克美 |
| 日本霊異記の悪報譚:日本古代社会における律の実効性をめぐって | 梅村恵子 |
| 日中律令制比較研究関係文献目録 | 武光誠 |
| 論説 | |
| 西周青銅器中の諸侯製作器について:周金文研究・序章その二 | 松丸道雄 |
| 西周册命金文分類の試み | 武者章 |
| 西周國家における「天命」の機能 | 高山節也 |
| 周王朝の君主權の構造について:「天命の膺受」者を中心に | 豐田久 |
| 金文關系主要著録類略號表 |
| 論説 | |
| 中国地方劇の発展構造 | 田仲一成 |
| 玉田詞論稿 | 青山宏 |
| 『中原音韻』入派三声の音韻史的背景 | 平山久雄 |
| 任氏と嬰寧の間:狐妖イメージの変容 | 西岡晴彦 |
| 「成化説唱詞話」試論(一):「花關索傳」をめぐって | 尾上兼英 |
| 「程偉元刊『新鐫全部繍像紅楼夢』小考」余説:高鶚と程偉元に関する覚書 | 伊藤漱平 |
| 論説 | |
| 道士と道人:その語義史 | 福井文雅 |
| 初期道教における救済思想 | 麥谷邦夫 |
| 孫綽の生涯と思想 | 蜂屋邦夫 |
| 慧遠「沙門不敬王者論」の一考察 | 小林正美 |
| 公治長の解鳥語について:経学と説話 | 戸川芳郎 |
| 南北朝仏教思想史概観 | 鎌田茂雄 |
| 論説 | |
| 周揚らによる「歴史の歪曲」について:国防文学論戦と文化大革命・III | 丸山昇 |
| 「第三種人」論争における馮雪峯:および「中間派」文学者をめぐって | 前田利昭 |
| 「魯迅雑感選集序言」の理論的前提:左連前期における瞿秋白文芸理論の位置 | 丸尾常喜 |
| 胡秋原覚え書き:胡秋原における1930年代文芸 | 佐治俊彦 |
| 「北斗」という雑誌:左連初期の文学状況 | 三宝政美 |
| 殷夫覚え書き | 北岡正子 |
| 論 説 | |
| 五代における巫 | 中村治兵衛 |
| 宋代地主制と公権力 | 柳田節子 |
| 劉少奇批判から林彪批判への発展 | 菅沼正久 |
| 南トルクメニアの初期農耕文化 | 堀晄 |
| 仏陀像を刻印したカニシュカ一世の貨幣について:新資料の紹介を含めて | 田辺勝美 |
| 海西国雑考:所謂犂■の位置に関する一考察 | 相馬隆 |
| 研究ノート | |
| 中国近代史研究方法論序説:田中正俊著『中国近代経済史研究序説』批判 | 西川喜久子 |
| 西アジアの特異な石器「サイド・ブロウ・ブレイド・フレイク」について | 松谷敏雄 |
| イドリ・ミ王座像について:フルリ・ミタンニ芸術に関する一考察 | 黒田和彦 |
| 盲目の詩人マアッリー:バクダード留学・宥しの書 | 小高正直 |
| コーランの被造性をめぐる論争について | 中村廣治郎 |
| マクリーズィーと『エジプト社会救済の書』 | 佐藤次高 |
| 遊牧民集落の成立とその態容:サウディ・アラビア,ウサイダの事例 | 片倉もと子 |
| イブン・アル=カルビィー『偶像の書』(訳) | 池田修 |
| 草墳 | 李杜鉉 |
| 韓国家族の構造 | 李光奎 |
| 慶尚北道百忍・中浦両部落調査予報:とくに家族・親族について | 李光奎・末成道男 |
| 済州島巫俗の神々:部落守護神の形成を中心として | 玄容駿 |
| 済州島の家族:O村の事例から | 佐藤信行 |
| 韓国農村社会の一面:全羅南道珍島にて | 伊藤亜人 |
| 洛東江上流地方の社会と文化:安東ダム地区の農村社会素描 | 金宅圭 |
| 序論 | |
| 1930年代の上海文壇 | 小野忍 |
| 文芸理論と論争 | |
| 革命文学論争と太陽社 | 佐治俊彦 |
| 銭杏邨における「新写実主義」 | 芦田肇 |
| 左連前期における文芸大衆化の問題 | 丸尾常喜 |
| 「国防文学論戦」について(上) | 丸山昇 |
| 作家研究 | |
| 茅盾の文学 | 木村靜江 |
| 瞿秋白と左連 | 前田利昭 |
| 蒋光赤論序論 | 城谷武男 |
| 丁玲文学における「革命」の誕生 | 北岡正子 |
| 仏典に記述された古代インドの村落 | 山崎元一 |
| ヴィシュヌシェーナの592年碑文にみえる法規定 | 山崎利男 |
| 村落共同体に関するチョーラ朝刻文 | 辛島昇 |
| 18世紀マラータ王国における水利問題 | 小谷汪之 |
| ムッターダーリー制についての一史料 | 高畠稔 |
| 初期のベンガル統治とウィリアム=ボルツ | 松井透 |
| 18世紀末南インドにおける土地保有関係 | 柳沢 悠 |
| 19世紀中葉ナーシク近辺の一山村に関する2文書 | 深沢 宏 |
| 1857年の反乱に関するファズレ・ハクの回想録 | 長崎暢子 |
| 1859年ベンガル借地法 | 多田博一 |
| 南インドのイナーム村について | 中村尚司 |
| 序にかえて | 窪徳忠 |
| 沖縄における神女とその起源 | 松本雅明 |
| 沖縄地方の土帝君信仰 | 窪徳忠 |
| 沖縄における文化変動:本島および石垣島における事例研究 | 牛島盛光 |
| 門中と村落:今帰人村与那嶺 | 中根千枝 |
| 家系から見た沖縄の社会組織 | 宮良高弘 |
| 南島の須恵器 | 佐藤伸二 |
| 沖縄と内地の習俗 | 原田敏明 |
| シャマニズムの特質と範型:東北地方における事例 | 石津照璽 |
| 「巫党来歴」考 | 泉靖一 |
| 楊州巫堂 | 李杜鉉 |
| ジャカルタのシャマン | 吉田禎吾 |
| シャマニズムの起源について | 大林太良 |
| シャーマンと精神障害 | 和田完 |
| 評論:新宗教集団の構造とシャマニズム | 小口偉一 |
| 書 評 | |
| Studies in Shamanism | 堀一郎 |
| アソカ碑文の周辺 | 橋本秀一 |
| シンポジウム:地域研究の諸問題 | |
| 総目録『東洋文化研究』(1号ー11号)・『東洋文化』(1号ー45号) |
| 東南アジアにおける農業経済的研究の現状と問題点 | 滝川勉 |
| 日本における東南アジア農村研究 | 高橋彰 |
| 戦後日本の東南アジア政治研究 | 萩原宜之 |
| 東南アジア研究における歴史学の役割 | 生田滋 |
| 最近における日本の東南アジア経済研究 | 山田三郎 |
| シンガポール・マラッカ見聞記 | 築島謙三 |
| 東南アジア研究をとりまく現状に思うこと | 池端雪浦 |
| 実地調査者の役割をめぐって | 青木保 |
| 中国における出版と検閲についてのノート:1930年代を主として | 今村与志雄 |
| 1935・6年の「王明路線」をめぐって:国防文学論戦と文化大革命・一 | 丸山昇 |
| 左翼作家連盟の成立まで | 竹内実 |
| 新啓蒙運動について:1930年代における伝統思想の批判 | 近藤邦康 |
| 文化大革命雑感:北京大学の場合 | 古島和雄 |
| 北京で見た瞿秋白批判 | 新島淳良 |
| 書 評 | |
| 書感 | 西順蔵 |
| 新島淳良著「毛沢東の哲学」 | 加藤祐三 |
| A. Feuerwerker著「近代中国史への接近」 | 澤谷昭次 |
| 中国人の人民公社と工場 | 関野雄 |
| ジャワの村落組織についての覚書:デッサとカルラハンについて | 岸幸一 |
| フィリピン農村構造に関する一考察 | 高橋彰 |
| 太平天国運動 | 西川喜久子 |
| 比較法史学上の貢献 | 高柳真三 |
| 同治年間(1862ー1874年)の条約論議 | 坂野正高 |
| 清代における小作制度について | 今堀誠二 |
| “第三種人”をめぐる論争 | 竹内実 |
| 魯迅『古小説鉤沈』の問題点:六朝小説の資料に関して | 前野直彬 |
| 太平天国運動 | 西川喜久子 |
| 明治末期における集落神社の整理:三重県下の合祀過程とその結末 | 森岡清美 |
| 大戦間のインド藩王国:連邦構想との関連において | 古賀正則 |
| マラヤ統治の推移:「マラヤ連合」から「マレーシア」まで | 築島謙三 |
| 現代日本における宗教と政治 | 小口偉一 |
| 日本観の省察:ハーンからオールコックをふりかえって | 築島謙三 |
| 《日本近代化論》の世界観的前提 | 宮川透 |
| 〔座談会〕 中根千枝「日本的社会構造の発見:単一社会の理論」(「中央公論」5月号、1964年)をめぐって |
| イスラーム社会の変動 | 林武 |
| 近代イスラムの一評価 | 加賀谷寛 |
| 「近代アラブ語」の定義に就いて | 内記良一 |
| トルコ革命についての2、3の問題点 | 中村廣治郎 |
| 「西アジア学」5つの方法的提案 | 三木亘 |
| 西アジア文化史の課題 | 矢島文夫 |
| エジプト近代史家のプロフィル | 板垣雄三 |
| 回教圈研究所の思い出 | 野原四郎・蒲生礼一 |
| 書 評 | |
| 田坂興道著「中国における回教の伝来とその弘通」上・下 | 中原道子 |
| 資料紹介 | |
| エジプトにおけるナポレオン・ボナパルトの宣言文 | 板垣雄三 |
| イラン国民戦線第1回大会採択の憲章前文 | 加賀谷寛訳 |
| 〔座談会〕 均田制をどう見るか:付・参考文献 | |
| 最近の中国における宋代土地制度研究:華山「関于宋代的客戸問題」を中心として | 柳田節子 |
| 明代華北賦・役制度改革史研究の一検討 | 小山正明 |
| 同・付記 | 佐伯有一 |
| 朝鮮参政権問題の歴史的意義 | 幼方直吉 |
| 延辺紀行 | 安藤彦太郎 |
| 書 評 | |
| 日本国際政治学会編「日韓関係の展開」 | 江原正昭 |
| W.D.Reeve:The Republic of Korea :A Political and Economic Study | 梶原秀樹 |
| 〔座談会〕 朝鮮研究の現状と課題 | 旗田巍ほか |
| 土地改革の経済効果 | 川野重任 |
| アジア諸国の貿易収支と経済発展 | 原覚天 |
| アソカ碑文の旅 | 橋本秀一 |
| インド現代史の開幕とその基礎条件 | 中村平治 |
| インドの農民運動と土地改革:全インド農民組合の成立から土地改革法成立に至るまでの | 古賀正則 |
| 1937ー56年のインドのヒンドゥー法の法典化に関する覚書(上) | 山崎利男 |
| パン・アフリカニズムの一局面:労働組合の動向を通じて | 西野照太郎 |
| アフリカ史への試み:一つの素描として | 川田順造 |
| ヌビア遺跡調査旅行記 | 鈴木八司 |
| メイヤー「中央インドのカーストと親族」を読んで(一) | 山崎利男 |
| 人民公社をめぐる法的諸問題:あわせて中国法の諸特色をみる | 福島正夫 |
| 延安整風運動:その過程・理論・意義 | 新島淳良 |
| 中国の労働者についての研究ノート | 佐伯有一 |
| 組合製糸地域の変貌過程(二):碓氷社を中心に | 江波戸昭・梶原史郎 |
| 経済成長と産業部門別生産性:クズネッツ論へのコメント | 川野重任 |
| モンゴル人民共和国の社会主義の新憲法 | 坂本是忠 |
| インドにおける現代インドの研究:方法論上の諸問題 | 中村平治 |
| 組合製糸地域の変貌過程(一):碓氷社を中心に | 江波戸昭・梶原史郎 |
| 東南アジアの輸出構成と一次産品問題 | 橋本秀一 |
| 低開発国の経済開発における資源の適正配分:特に工業と農業との関係について | 原覚天 |
| フィリッピン農業の動向 | 高橋彰 |
| 現代イスラム研究の問題:西アジア特集によせて | 小口偉一 |
| アラブ世界の政治的断面:三人の指導者を介して | 西野照太郎 |
| アラブ連合共和国の農業改革をめぐる理論的諸問題 | 中岡三益 |
| パキスタン国家形成におけるイスラム思想の役割 | 加賀谷寛 |
| アジア研究について:いわゆる一般理論の西欧的偏向 | 飯塚浩二 |
| インド農業問題の展望 | 深沢八郎 |
| 近代インド政治思想の史的考察 | 中村平治 |
| インドの農業改革の推移 | 古賀正則 |
| 〔座談会〕 インドの労働事情について |
| 人民公社成立についての一考察 | 古島和雄 |
| 中国工業化政策の発展と人民公社 | 本橋渥 |
| 人民公社の法的地位 | 福島正夫 |
| 都市の人民公社・メモ:鄭州市における | 竹内実 |
| 〔座談会〕 人民公社の諸問題 |
| 東大新収の「メソポタミア初期王朝時代男子頭首像」について | 新規矩男 |
| マラガ産脊椎動物化石 | 高井冬二 |
| イラク人の形質人類学的研究:ミズラ、スデーレの二地方型 | 池田次郎 |
| イラン高原における美術調査(1956年) | 深井晋司 |
| 東地中海沿岸の古代遺跡 | 堀内清治 |
| 東南イラン採集の先史土器 | 曽野寿彦 |
| イラン先史土器文化の変遷 | 江上波夫 |
| “歴史”の断絶 | 桑野茂 |
| 中国の農村を視察して | 近藤康男 |
| 岡松参太郎博士の台湾旧慣調査と、華北農村慣行調査における末弘厳太郎博士 | 福島正夫 |
| 中国旧慣の調査について:天海謙三郎氏をめぐる座談会 |
| 戦後の農地改革と日本の農業 | 飯塚浩二 |
| 諏訪製糸業地域の変貌過程:農業と工業の結合関係をめぐって | 江波戸昭 |
| 明治前期地方制度の考察(二):特に村を中心として | 大島美津子 |
| 茅盾と自然主義:ゾラを中心に | 高田昭二 |
| 資料紹介 香川県農民運動の史的考察 | 山名伸作 |
| 高麗時代における土地の嫡長子相続と奴婢の子女均分相続 | 旗田巍 |
| 中国における国家資本主義 | 本橋渥 |
| 明治前期地方制度の考察(一):特に村を中心として | 大島美津子 |
| 婚舎のあり方について | 瀬川清子 |
| 中華人民共和国における結婚登記について | 浅井敦 |
| 資料紹介香川県農民運動の史的考察 | 山名伸作 |
| 中国共産党の誕生前後 | 伊藤武雄 |
| ミッチェル報告書について | 衛藤瀋吉 |
| 農村の生計分析 | 鹿股寿美江 |
| 近世的村落共同体と家 | 大石慎三郎 |
| 中国の労働者についての覚書 | 佐伯有一 |
| エミール・レーデラー「極東の四萬字」 | 大野俊一訳 |
| 新中国における農民的土地所有の性格:ソ同盟土地立法の発展と対比して | 福島正夫 |
| 茅盾:人と作品 | 小野忍 |
| 陶行知:政治的抒情詩人 | 斎藤秋男 |
| 書 評 | |
| O・ラング著、小川修訳「中国の家族と社会」 | 築島謙三 |
| 志摩漁村の寝屋婚・つまどい婚について | 川島武宜 |
| 日本に於ける近代哲学形成史の一断面:特に田辺哲学に於けるドイツ・イデアリスムス解釈を中心に | 宮川透 |
| 町人文学と町人道徳 | 生松敬三 |
| イスラム諸国における養子について | 米村小夜子 |
| 欧米の人類学界をめぐって | 石田英一郎 |
| 東北地方に於ける土地所有の実態と地主の成立について | 長井政太郎・工藤定雄 |
| 新中国の司法制度とその特色(二) | 福島正夫 |
| 四川省達縣における土地改革について:地主としての体験談 | 福地いま |
| 中国における速成識字法とその問題 | 倉石武四郎 |
| 新中国の司法制度とその特色(一) | 福島正夫 |
| エミール・レーデラーの日本観 | 大野俊一・飯塚浩二 |
| 唐末五代の荘園制 | 周藤吉之 |
| わが国における国民教化の一特質(前承) | 石田雄 |
| 農村の世間体 | 大牟羅良 |
| 書 評 | |
| Chen Han -Seng 陳翰笙: Frontier Land Systems in Southern-most China, L..P.R., New York, 1949 | 中村治兵衛 |
| 中共の宗教政策と民衆道教 | 窪徳忠 |
| インドネシアにおける合議制と専制制 | 築島謙三 |
| わが国における国民教化の一特質:「家族国家」観の形成過程を通じて | 石田雄 |
| アジアの解放とナショナリズム | 飯塚浩二 |
| アジアのナショナリズム:インドネシアの三つの類型 | 隅谷三喜男 |
| モンゴル民族主義の一般的考察 | 坂本是忠 |
| 日本におけるプロテスタンティズムの移入 | 大内三郎 |
| 書 評 | |
| Milbank Memorial Fund :Modernization Programs in Relation to Human Resources and Population Problems, 1950 | 川野重任 |
| 明治初年の経済政策と資本蓄積の問題:大久保・大隈構想と松方構想 | 福島正夫 |
| 中国史に於ける新と旧:「織工対」の分析をめぐる諸問題 | 藤井宏 |
| 中国における異端思想の展開 | 山本秀夫 |
| ソ同盟における最近のアジア研究 | 香山陽坪 |
| 書 評 | |
| 馬鶴天著「内外蒙古考察日記」:ジョン・ド・フランシス訳より | 坂本是忠 |
| 日独伊三国同盟の締結とその目的:極東国際軍事裁判の記録を中心として | 植田捷雄 |
| 中国経済発展の量的把握 | 石川滋 |
| 農村人口問題の経済理論的性格に関する覚書 | 川野重任 |
| 「西田哲学」の史的構造分析:その位置付けのための試論 | 宮川透 |
| 書 評 | |
| 貝塚茂樹著「孔子」 | 小倉芳彦 |
| ウェーバーの儒教観 | 貝塚茂樹 |
| 華僑資本の前期的性格:マレーの陸佑財閥を中心として | 内田直作 |
| 唐末諸叛乱の性格:中国における貴族政治の没落について | 堀敏一 |
| 書 評 | |
| トマス・ライエル著「一英国人の見たる日本及び日本人」 | 築島謙三 |
| インド民族資本の精神構造への一視点:ヂャイナ教の経済倫理 | 中村元 |
| 中国における自由と資本主義 | 村松祐次 |
| 完成期に入る華語学:B. Karlgren教授近年の業績 | 魚返善雄 |
| 報告・討論 日本古代国家の形成 | |
| 報告 | 江上波夫 |
| 討論 | 長谷部言人・三上次男・藤間生大・和島誠一 |
| 書 評 | |
| 飯塚浩二「日本の軍隊」 | 幼方直吉 |
| 中国社会の「封建」とフューダリズム | 仁井田陞 |
| 家族主義社会の道徳:中国農村の調査結果をめぐって | 築島謙三 |
| 日本における古代国家の形成 | 井上光貞 |
| 書 評 | |
| 外務省監修「條約改正経過概要」 | 植田捷雄 |
| 山本達郎著「安南史研究(一)」 | 和田久徳 |
| 中国研究所編「現代中国辞典」 | 小堀巖 |
| 地主の小作地取上と農地改革の限界 | 古島敏雄 |
| 中国土地改革の歴史的性格 | 旗田巍 |
| 華北農業の技術水準 | 福島要一 |
| 報告・討論 後進国の近代化 | |
| 報告 | 江口朴郎 |
| 討論 | 遠山茂樹・飯塚浩二・村松祐次・鈴木正四・仁井田陞 |
| 書 評 | |
| 松田智雄著「イギリス資本と東洋」 | 衛籐瀋吉 |
| 鈴江言一著「孫文伝」 | 仁井田陞 |
| 中国における封建的商工業の機構:生産関係より見たる内蒙古の都市と農村 | 今堀誠二 |
| 近代・それを如何に把握するか | まつしま・えいいち |
| 身分と賃銀 | 美濃口時次郎 |
| 報告・討論日本軍隊の崩壊:将校出身学生との共同研究 | 飯塚浩二・飯田林三・小松元一 |
| 書 評 | |
| 橘樸著「中国革命史論」 | 花村芳樹 |
| 趙元任・楊聯陞:Concise Dictionary of Spoken Chinese | 伊地地義継 |
| パール・バック「キンフォーク」 | 仁井田陞 |
| 西洋及び中国における帝王伝記 | 上原専録 |
| 中国絵画における庶民 | 米澤嘉圃 |
| 日本における宗教とファシズム | 小口偉一 |
| 報告・討論 日本人の思惟方法 | |
| 報告 | 中村元 |
| 討論 | 辻直四郎・服部四郎・山崎正一・山本達郎・甘粕石介・佐木秋夫 |
| 講 座 | |
| 日本ブルジョア民主主義運動史 | 平野義太郎 |
| アメリカの極東研究 | 山本達郎 |
| 学界展望 | |
| 書 評 | |
| 村松祐次著「中国経済の社会態制」 | 橋本秀一 |
| 東亜における生活様式の諸類型 | 飯塚浩二 |
| 北京工商ギルドの職業倫理 | 仁井田陞 |
| ファーニヴァル「複合経済論」の構造と批判 | 川野重任 |
| 日本の労働関係の特質:法社会学的研究 | 磯田進 |
| 報告・討論 人身売買の問題 | |
| 報告 | 川島武宜 |
| 討論 | 飯塚浩二・磯田進・仁井田陞・丸山真男・村川堅太郎 |
| 史書なき印度の歴史 | 辻直四郎 |
| 匈奴フン同族論の批判 | 榎一雄 |
| 古代印度の婚姻儀式 | 辻直四郎 |
| 思惟の原初的形式とその発展 | 築島謙三 |
| 釜山開港を繞る若干の論議 | 秋保一郎 |
| 中国の工業化問題 | 橋本秀一 |
| 日本に於ける華僑社会の形成:公所団体の成立経過について | 内田直作 |
| 旧中国国家の特質論への反省 | 松本善海 |
| 紹介批評 | |
| Hsien Chin Hu:中国人の「顔」の観念 | 築島謙三 |
| 飯塚浩二「世界史における東洋社会」 | 花村芳樹 |
| 石田英一郎著「河童駒引考」 | 小口偉一 |
| ヴェーダーンタ哲学に於ける宗教的実践 | 中村元 |
| 旧中国社会の特質論への反省 | 松本善海 |
| 清代に於ける宗教的叛乱の性格 | 鈴木中正 |
| 紹介批評 | |
| 今掘誠二「北平市民の自治構成」 | 仁井田陞 |
| アルバート・ハイマ「極東における和蘭」 | 荒松雄 |
| 貝塚茂樹「中国古代史学の発展」 | 江上波夫 |
| ヴェーダーンタ哲学における個我の問題 | 中村元 |
| 仏教的思考 | 梶芳光運 |
| シャマニズム的世界観の問題 | 小口偉一 |
| 紹介批評 | |
| 内藤虎次郎「中国中古の文化」と「中国近世史」 | 山本達郎 |
| 新東亜と日本農業:その生産力的関連について | 川野重任 |
| 中国経済と貿易 | 飯田藤次 |
| ヴェーダーンタ哲学における絶対者の観念 | 中村元 |
| 鎖国日本の触角 | 魚返善雄 |
| 紹介批評 | |
| 矢沢利彦「中国と西洋文化」 | 鈴木中正 |
| 東亜に於ける最初の大司教モンテ・コルヴィノの伝導とその動機 | 江上波夫 |
| 阿片戦争後における最恵国待遇の問題 | 坂野正高 |
| フィリピン・ダバオにおける日本人の発展(二) | 鈴木忠和 |
| 懺悔道の宗教性:田辺元著「懺悔道としての哲学」をよみて | 宇野圓空 |
| 紹介批評 | |
| 野村吉三郎「米国に使して」:日本交渉の回顧 | 植田捷雄 |
| 日本の国際的地位 | 高野雄一 |
| 国際聯合と中国の地位 | 入江啓四郎 |
| 東亜諸国とブレトン・ウッヅ | 原吾郎 |
| フィリピン・ダバオに於ける日本人の発展(一) | 鈴木忠和 |
| 華北農村における家族分裂の実態 | 仁井田陞 |
| ヴェーダーンタ哲学の基本的立場 | 中村元 |
| 福沢に於ける「実学」の転回 | 丸山真男 |
| 東南亜細亜に於ける大土地所有の形成とその経済的機能 | 川野重任 |
| 言語表現に於ける象徴意識の様相 | 築島謙三 |
| 紹介批評 | |
| 吉川幸次郎「支那人の古典とその生活」をよみて | 鈴木中正 |
| 「立博士外交史論文集」 | 坂野正高 |
| 米国最近の対華政策 | 植田捷雄 |
| 村の祭祀と家の祭祀 | 宇野圓空 |
| 東洋的文化の変貌 | 飯塚浩二 |
| 東亜原始民族に於ける教育 | 大場千秋 |
| ■局小志 | 今堀誠二 |
| 紹介批評 | |
| 村田治郎「満州の史蹟」 | 三上次男 |
| 大熊真「幕末期東亜外交史」 | 坂野正高 |
| 発刊の辞 | 宇野圓空 |
| ラオスの法律的性格 | 宮沢俊義 |
| 支那の開国と国際法 | 植田捷雄 |
| 宋代の商慣習「■」に就いて | 加藤繁 |
| 大木文庫と大木さん | 仁井田陞 |
| 文化史上に於ける原始人 | 築島謙三 |
| 紹介批評 | |
| 民族研究所編「民族研究所紀要第1册」 | 小口偉一 |
| 北京大学農村経済研究所編「報告長編創刊号・第2号」 | 川野重任 |
| 輔仁大学編「輔仁学誌(Monumenta Serica)第8巻」 | 鈴木中正 |