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国際ワークショップ「ターリク・ラマダーン氏を迎えて」を開催しました / International Workshop "Discussing Islam, Gender, and The Modern World With Prof. Tariq Ramadan" was successfully finished

報告

 2016年9月16日(金)の午後、オックスフォード大学東洋研究所現代イスラーム学教授で、ムスリム知識人として様々な社会問題に鋭い問題提起をする論客として知られるターリク・ラマダーン氏を迎え、国際ワークショップを開催した。東京大学東洋文化研究所の後藤絵美准教授の司会のもと、同研究所長沢栄治教授のウェルカム・スピーチから始まり、ラマダーン氏の講演、それに対する鵜戸聡氏(鹿児島大学法文学部准教授)および岡真理氏(京都大学人間・環境学研究科教授)のコメント、そしてフロアを含めた質疑応答という構成で行われた。以下、その内容を簡単に報告する。

1. 講演

 


 主題は本科研プロジェクトからの提起による「イスラーム、ジェンダー、現代世界(modern world)」である。講演の中でラマダーン氏が強調したのは、ムスリムが抱える今日的な問題を考える際に、それぞれを個別のものとして取り組むのではなく、イスラームの「世界観/存在論(cosmology)」をもとに、全体として思索する必要があるという点であった。その前提となるのが「ムスリムにとって聖典(クルアーンとスンナ)は思考の出発点である」というテーゼである。神の言葉であるクルアーンの文言と、神の使徒ムハンマドの言行であるスンナは、ムスリムが真摯に向き合うべきものである。とくに学徒(scholar)としてイスラームを考える際には、「聖典にどのように知的に向き合うことができるのか (How can we dealt with the text intellectually?)」を問うことが重要である。神の言葉と社会におけるその受容との緊張関係に敏感であること、つまり、聖典解釈を文脈化する必要があり、また常に、「聖典は何と言っているのか(what do the texts said)」、「その原理とは何か(what are the principles)」、「その目的とは何か(what are the objectives)」を問うという、内発的方法論をとらなければならないとラマダーン氏は主張した。
 氏によると、現代においてムスリムが抱える問題の根源にあるのが、以上のような方法論をとらない聖典解釈のあり方である。ジェンダー問題に関していえば、クルアーン全体を貫くメッセージは「男女は平等である(men and women are equal)」というものである。ところが、古典宗教文献の大半は、このメッセージを「〔ただし社会において〕男女は相互補完的である」と読み替えてきた。その原因として考えられるのが、(1)聖典解釈者への文化的な影響、(2)聖典の文言の一部のみを字義通りに捉える直解主義の傾向、(3)知的伝統の中での女性の不在という三つの状況の存在であった。(1)についてラマダーン氏は、中世期の尊敬すべき大学者でさえも、聖典解釈に際して時代的・文化的な影響を免れえなかったことに言及した。また(3)については、預言者の時代以来、女性の知的貢献が現実にあったにもかかわらず、それが記録や記憶から抹消されてきたこと、そのため、古典的な宗教文献を土台にしたイスラームの世界観から、女性の視点が抜け落ちてきたことを指摘した。
 イスラームとジェンダーをめぐる以上のような状況は、女性役割の問題、離婚、男女の平等といった議論にどのように影響を与えてきたのかを解説する中で、ラマダーン氏は、社会における女性の活動を制限する傾向が、文化的影響、聖典の直解主義、知的伝統における女性の不在という三つによって「作り出されてきたもの」であると主張した。すなわち、ムスリムにとって「思考の出発点」である聖典そのものが女性の活動を狭めてきたわけではないのである。
 最後にラマダーン氏は、イスラームで大切にされるべきなのは、どのようなムスリムとして生きるのかという世界観・存在論を問うことであると述べた。現代においてしばしば議論の俎上にのせられるいくつかの事柄――スカーフをまとうべきか、まとわないべきかなど――は根源的なものではない。それはあくまでも、イスラームの世界観・存在論の一つの体現のありようとして捉えるべきものである。むしろ、聖典が示す「男女は平等」というあり方を実現し、社会における責務を個々人が完遂するためにも、女性の教育と就労が制限されるべきではない。女性の啓蒙度を示す尺度が必要であるとすれば、服装ではなく、教育機会にこそその役割が与えられるべきである。そのためには、ムスリム自身が、自らの文化的傾向(および直解主義的解釈や知的伝統の偏り)に挑戦する内発的方法論を遂行することが必要であると述べ、ラマダーン氏は50分余りの講演を終えた。

2. コメントおよび質疑


 最初のコメンテーターは、アラブ文学・フランス語圏文学を専門とする鵜戸聡氏であった。鵜戸氏は、人間の多様性(diversity)や尊厳(dignity)、劣性(inferiority)といった概念をめぐるラマダーン氏の思索が、イスラームの聖典を出発点とすると同時に、西洋で発展してきた人道主義(humanism)とも深く関わっていることを指摘した。鵜戸氏によると、両者を融合する鍵となるのが、ラマダーン氏が用いた「内側から(from within)」という表現である。女性の問題に取り組む際には、イスラームの「内側から」、聖典の「内側から」、女性たちの「内側から」考えを深めていかねばならない。一方で、そうした姿勢をとらず、他者の行為の善悪を自ら審判しうると考える人々がいるというラマダーン氏の示唆に対して、鵜戸氏は「どうすれば我々は自身の無知を知ることができるのか」、自らの無知や劣性を認める必要があると人に伝えることができるのかという問いを投げかけた。
 二人目のコメンテーターである岡真理氏は、現代のムスリムによる聖典解釈が、聖典の文言そのものではなく、歴史的文脈やグローバルな政治経済的文脈に大きく影響されているというラマダーン氏の議論に関連し、パレスチナ問題と第三世界フェミニズムという自らの関心に沿いつつ、次のように述べた。パレスチナの地でジェンダー問題を生み出してきたのは、(日本でしばしば言われるように)イスラームではなく、「占領」という歴史的・政治経済的な状況である。イスラームとそれに対する信仰心は、むしろ、困難な状況や厳しい生活を耐え忍び、しかも「声」をあげる方法をもたない人々にとって力の源となってきた。一方で、現代世界全体を見渡すと、そこにあるのは金銭が神を上回るとさえ言われる資本主義社会であり、イスラームの過激派集団が力をふるう社会である。そこにおいて、イスラームはどのような貢献をできるのか、イスラームは世界に何をもたらすことができるのか、というのが岡氏からの問いであった。
 続いて行われたフロアからの質問の中には、男女という二分法をとらない思考法や、ジェンダー問題における知識人およびムスリム多数派諸国の影響力に関する問いがあった。
 これらのコメントや問いそれぞれに対して丁寧な応答を行う中で、ラマダーン氏が繰り返し示唆したのが、ジェンダーを考えることは、西欧世界とイスラームに関わる諸側面を明らかにすることにつながるという理解である。また、イスラームが問題化する背景に、宗教、文明、文化をめぐる葛藤があるということも指摘された。大会議室をうめた100名ほどの参加者にとって、本ワークショップで過ごした2時間半はおそらく、イスラーム、ジェンダー、現代世界について、それぞれの「内側から」、考えを深める一つのきっかけとなったはずである。

(文責:鳥山純子、後藤絵美)

当日の様子

開催情報

【日時/ Date&Time】
2016年9月16日(金)14:30-17:00(14時開場)
Friday, September 16, 2016 2:30-5:00p.m.

【会場/ Venue】 東京大学東洋文化研究所 3階大会議室
3rd floor, Main conference room,
Institute for Advanced Studies on Asia, the University of Tokyo

【使用言語/ Language】
英語(通訳なし)
English

【講師/ Speaker】
ターリク・ラマダーン氏(オクスフォード大学)
Tariq Ramadan (Oxford Univ.)

【討論者/ Discussant】
岡真理氏(京都大学)・鵜戸聡氏(鹿児島大学)
Mari OKA (Kyoto Univ.), Satoshi UDO (Kagoshima Univ.)

※準備の都合上、事前登録をお願いしています。
Advance registration required
islam_gender[at]ioc.u-tokyo.ac.jp [at]=@

【タイムテーブル/ Time Table】

14:30はじめに/ Opening Remarks and Introduction
14:40講演ターリク・ラマダーン/ Lecture of Prof. Tariq Ramadan
15:20休憩/ Coffee Break
15:40討論岡真理・鵜戸聡/ Discussion by Mari OKA and Satoshi UDO
16:50おわりに/ Closing Remarks

主催:日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究(代表:東京大学 長澤榮治)、東洋文化研究所

共催:国際文化会館(国際文化会館主催の牛場記念フェローシップにて招聘)

詳細ウェブサイト:
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~nagasawa/news/news.html

担当:長沢



登録種別:研究活動記録
登録日時:MonSep2605:01:562016
登録者 :長澤・後藤・宇野・藤岡
掲載期間:20160916 - 20161216
当日期間:20160916 - 20160916