「民主主義を突き動かしてきた痛みの記憶を知る」という帯文が示すように、本書は日本敗戦にともなう解放の後、済州4・3(1948年)の夥しい虐殺を踏み石とした大韓民国の来し方を、「痛み」あるいは「悼み」の記憶を軸に再構成したものである。
光州民主化運動(1980年)の犠牲を礎にその後実現された韓国の民主化(1987年)への関心は、日本では『タクシー運転手 約束は海を越えて』や『1987 ある闘いの真実』などの映画のヒットによって喚起された。くわえて朴槿恵を弾劾罷免した2017年の「ろうそく革命」と、いまだ記憶に新しい2024年の12・3非常戒厳を引き起こした尹錫悦を罷免した2025年の「光の革命」は、政治権力者を無血で退任に追い込んだ、いわゆる“K民主主義”への称賛を呼び起こす出来事だった。だが韓国で民主化を勝ち取るための闘いが生者の生存権の要求にとどまらず、死者の名誉回復を旗印とした運動と常に一体であったことは、意外と知られていない。
韓国民主化運動の研究に携わるようになって以来、著者が一貫して持ち続けたテーマは、「韓国の現代史は「死」によって動かされてきた」ということだった。本書では既存の「正史」の観点からではなく、これに対抗してきた民主化運動の側からみた韓国現代史として、済州4・3、光州5・18をはじめとするトラウマ体験と「死」の記憶が、いかに韓国の民主主義を突き動かしてきたかを問い直す。わけても光州5・18の出来事は日米同盟にもとづく植民地主義の矛盾をあらわにし、そこから韓国という反共国家の成り立ちと構造そのものに抵抗する新たな民主化運動の形が生まれた。それとともに埋もれた歴史が再発見され、その意味を再解釈する作業が行われるようになった。大韓民国政府の樹立から始まる本書の構成は、そうした歴史認識の「再帰性」を踏まえて、時系列に沿った直線的な歴史叙述の形をとらない点が、これまでの類書にはない最大の特異点といえる。
| プロローグ|「12・3非常戒厳」を止めた歴史のトラウマ | |
| 第1部|1945年〜79年| | |
| 韓国はどのように成立したか | |
| ◆1.「韓国」はいつ成立したのか | |
| ◆2.はじまりとしての「済州4・3」 | |
| ◆3.朝鮮戦争とは何だったのか | |
| ◆4.日本は朝鮮戦争で何をしたのか | |
| ◆5.植民地体制を引き継いだ国家システム | |
| ◆6.民主化運動の象徴と乗っ取られた革命 | |
| ◆7.朴正熙政権の両面性 | |
| ◆8.格差の拡大と社会運動の高まり | |
| ◆9.国交正常化と在日朝鮮人への弾圧 | |
| ◆10.遠ざかる民主化の夢 | |
| 第2部|1980年〜90年代| | |
| 強まる軍事独裁と民主化運動 | |
| ◆11.「ソウルの春」から光州事件へ | |
| ◆12.光州では何が起きていたのか | |
| ◆13.国境を越えた連帯 | |
| ◆14.情報統制のなかの民主化運動 | |
| ◆15.「6月民主抗争」と新しい憲法 | |
| ◆16.民主化は本当に達成されたのか | |
| ◆17.民主化運動が問いかけたもの | |
| ◆18.「慰安婦」問題を人権問題として考える | |
| ◆19.並立するふたつの歴史観 | |
| ◆20.国家による監視、思想弾圧はなくならない | |
| 第3部|1980年〜90年代| | |
| 韓国社会はどのように変わってきたのか | |
| ◆21.韓国の大統領制とは | |
| ◆22.「反日」「親日」「恨(ハン)」言葉から考える日韓関係 | |
| ◆23.韓国映画が描く女性と家父長制 | |
| ◆24.歴史教科書をめぐる闘いと「ニューライト(新右翼)」 | |
| ◆25.セウォル号沈没事故とトラウマの治癒 | |
| ◆26.変わるデモのあり方と変わらないもの | |
| ◆27.南北の平和プロセスの挫折と格差による分断 | |
| ◆28.フェミニズム運動の高まり | |
| ◆29.ハン・ガンが描いた死者と生者の関係 | |
| ◆30.光州から見える韓国、日本、世界 | |
| あとがき |
真鍋祐子 著
『韓国について知っておきたい30のこと』
平凡社, 248 pages, 2026.9, ISBN: 978-4-5828-4013-1