
本書は、現代ミャンマーの人びとが、国家や国際NGOに依存するのではなく、自分たちの手でどのように支え合いの仕組みをつくってきたのかを明らかにしようとするものです。私たちが注目したのは、ミャンマーで広く見られる「協会(アティンアポェ)」と呼ばれる組織です。葬式支援、医療、教育支援、災害援助、宗教や文化の保護など、その活動は多岐にわたります。こうした協会の実態を、各地での現地調査をもとに描き出したのが本書です。
ミャンマーの「協会」は、単純に西洋的なNPOやNGOの枠組みで理解することはできません。ミャンマーでは、社会から寄付を集め、それを管理し、必要な人びとへと分配していく独特の仕組みが広く見られます。その背景には、仏教世界に深く根ざした「布施経済制度」があります。布施は単なる寄付ではなく、宗教的実践であると同時に、人びとを結びつけ、組織を支え、社会的な支援を成り立たせる基盤でもあります。本書では、この視点から、ミャンマー社会における支援のかたちを捉え直そうとしました。
そのため本書では、仏教協会だけでなく、葬式支援協会、瞑想センター、ムスリムの社会支援組織、少数民族地域の支援組織など、宗教や民族の違いをまたぐ多様な事例を取り上げています。ミャンマー社会の支援は、単に「困っている人を助ける」というだけでなく、倫理、功徳、共同性、地域社会の秩序と深く結びついています。そうした複雑で豊かな現実を、文化人類学の観点から具体的に描き出しています。
また、本書は現在のミャンマー情勢を考えるうえでも、重要な意味をもつと考えています。2021年以降の政変とその後の混乱のなかで、多くの協会が厳しい状況に置かれました。抗議運動の負傷者に医療支援を行ったことで弾圧の対象となった協会もあれば、活動の停止や縮小を余儀なくされた協会もあります。それでもなお、人びとのあいだで支え合おうとする実践そのものが消えたわけではありません。むしろ、こうした協会の存在は、ミャンマー社会の底にある連帯や、自発的に公共を担おうとする力を改めて浮かび上がらせているように思います。
ミャンマーというと、近年はどうしても政変や内戦、難民問題といった側面から語られがちです。しかし本書では、そうした大きな政治状況の背後で、人びとが日常のなかでどのように他者を支え、組織をつくり、社会を維持してきたのかに光を当てています。現代ミャンマーを、人びとの実践と倫理の水準から理解したい方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。
| 用語集 | |
| 第1部 協会の概要 | |
| 第1章 序論[藏本龍介] | |
| 1.はじめに | |
| 2.布施経済制度 | |
| 3.ミャンマーの市民社会組織研究 | |
| 4.本書の意義 | |
| 5.本書の構成 | |
| 参照文献 | |
| 第2章 ミャンマーにおける仏教協会の歴史[藏本龍介] | |
| 1.はじめに | |
| 2.仏教協会の登場 | |
| 3.仏教協会の広がり | |
| 4.仏教協会から福祉協会へ | |
| 5.おわりに | |
| 参照文献 | |
| 第3章 登録された「協会」の分布と特徴[土佐桂子] | |
| 1.はじめに | |
| 2.『地域関連事項』の特色と使用における留意点 | |
| 3.登録済み協会の概要 | |
| 4.組織種別語にみる全国的傾向 | |
| 5.おわりに | |
| 行政資料/参照文献/インターネット資料 | |
| 第4章 ミャンマーにおける「政府系NGO」[飯國有佳子] | |
| 1.はじめに | |
| 2.5つの「政府公認NGO」とその歴史 | |
| 3.「郡報告書」における5つの「政府公認NGO」 | |
| 4.先行研究における「政府系NGO」の捉え方 | |
| 5.おわりに | |
| 行政資料/参照文献/インターネット資料 | |
| 第2部 事例編 | |
| 第5章 国家と市民社会のはざまからみえるもの――地域社会における政府公認NGOと協会のガバナンス[飯國有佳子] | |
| 1.はじめに | |
| 2.民主移行期におけるミャンマーのガバナンスと政府系NGO | |
| 3.調査地と社会組織(ルーフムイェイ・アティンアポェ) | |
| 4.ピィ市における補助消防団とその活動 | |
| 5.ピィ郡の協会(アティンアポェ)の活動 | |
| 6.おわりに | |
| 行政資料/参照文献/インターネット資料 | |
| 第6章 功徳と倫理のあいだ――ミャンマー葬式支援協会の展開[土佐桂子] | |
| 1.はじめに | |
| 2.葬式支援協会の設立――功徳以前の揺らぎ | |
| 3.葬式支援協会の普及 | |
| 4.地方都市部の葬式支援協会 | |
| 5.ボランティアを通じて確立されていく倫理的実践 | |
| 6.おわりに | |
| 行政資料/参照文献 | |
| 第7章 「協会」としてのダバワ瞑想センター[藏本龍介] | |
| 1.はじめに | |
| 2.ダバワ瞑想センター概要 | |
| 3.センター内部の様子 | |
| 4.ダバワ瞑想センターにおける「布教」 | |
| 5.「善行」概念が形づくる人間関係 | |
| 6.ダバワ瞑想センターの組織運営 | |
| 7.おわりに | |
| 参照文献 | |
| 第8章 ムスリム社会支援組織――同胞のための活動と地域社会に開かれた貧困者支援[斎藤紋子] | |
| 1.はじめに | |
| 2.ムスリム組織の概要と特徴 | |
| 3.ムスリム運営の葬式支援協会 | |
| 4.貧困者支援のための組織活動――ムスリム支援を越えて | |
| 5.おわりに | |
| 参照文献 | |
| 第9章 シャン文芸文化協会考[髙谷紀夫] | |
| 1.本章の射程――なぜシャン文芸文化協会に注目するのか? | |
| 2.SLCA組織基本規約から――全国・ムセー・ヤンゴン・マンダレー | |
| 3.タイ・リエン(シャン・ニー)SLCAの特異性 | |
| 4.社会福祉活動の支援基盤としてのSLCAの事例 | |
| 5.シャン系の人々がめざす自助支援組織とはどのようなものか? | |
| 行政資料/法令資料/参照文献 | |
| 第10章 少数民族地域の貧困者支援の再編――タアン社会における「支援」と「協会」[生駒美樹] | |
| 1.はじめに | |
| 2.生業を基盤とする互酬的支援 | |
| 3.協会による支援 | |
| 4.越境的な支援 | |
| 5.おわりに | |
| 行政資料/参照文献 | |
| あとがき[土佐桂子] | |
| 編著者・執筆者紹介 | |
| 索引 |
藏本龍介 ・土佐桂子 編著
『現代ミャンマーにおける社会支援の人類学:「協会(アティンアポェ)」をつくる』
明石書店, 276 page, 2026.3, ISBN: 978-4-7503-6092-8