「米中対立」がアジア、そして世界を揺さぶっています。米中両政府がそれを前提にした政策を採るようになってから何年も経ちましたが、新聞報道は貿易赤字をめぐるアメリカ前政権の動きや一部の政治家のパフォーマンスに振り回され、本質を捉えきれなかったように思えます。また、多くの解説も中国政府の強権化やアメリカの従来の政策方針を批判するなど規範的なものや軍事的な側面に注目したものが多く、米中対立の構造を分析したものはほとんどありませんでした。
しかし、国際政治学の観点から見れば、米中対立は非常に分析のしがいがあるものです。かつて、政治体制の違いを乗り越えて戦略的に協力がはじまった「米中接近」に関心が置かれました。今日的な視点に立てば、その接近後に、アメリカが中国の近代化を支援し続けた40年の関係性が急速に変化したという事象が重要です。圧倒的なパワーを誇ってきたアメリカと、急速にそれに追いつく勢いで台頭している中国のあいだでそうした変化が生じているため、そのインパクトは世界のあらゆる側面に及びます。実際に、米中対立は人や製品、資本の移動を制約し始めており、経済活動、科学技術協力、第三国への外交や支援に大きな影響を与え始めています。
果たして米中対立とはなにか。本書ではアメリカに注目しています。
中国はたしかに近年、国内外で強権化しましたが、対米関係を管理しようという意思は本来それほど変わらず、アメリカこそが中国との関係のあり方を変えようと先に動きました(今は中国もそれを受け、対米政策を変化させています)。それでは、なぜ、これまで国交正常化後40年にわたって中国の近代化を支えてきたアメリカが翻身したのか。本書はそれを不信と焦りという視点で読み解きます。
本書は前半で、国交正常化後に、天安門事件や台湾海峡危機、国内の対中警戒論など幾多の困難も乗り越えてきた米中関係がどのように変貌していくのか、時系列で描きます(1〜4章)。そのうえで、変化を引き起こしたアメリカの国内政治を解剖しています(5章)。
続いて、ヨーロッパやアジア太平洋諸国の対応(6章)、国際政治学者たちの読み解き(7章)を紹介していきます。かなり多角的な検討を学術的に加えることで、米中対立の性質を浮かび上がらせていこうと努めました。果たして米中対立はどのような問題を私たちに突きつけてくるのか、これは冷戦と呼ぶべきものなのか、緊張緩和や終結はあり得るのか、各国の内政への影響はどれほどか。多くの論点を紹介し、思考のヒントを用意しました。お読み頂ければ幸いです。
はしがき |
序章 米中対立とは何か |
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第1章 関与と支援――対中政策における主流派の形成 |
第1節 始動する米中関係と対立支援 |
第2節 天安門事件 |
第3節 固定化されていく関与 |
第2章 不確かなものへの恐怖――中国警戒論の胎動 |
第1節 中国への警戒と懐疑 |
第2節 アジアの安全保障における中国 |
第3節 ブッシュ政権における検討 |
第4節 民主化した台湾への冷遇 |
第3章 高まる違和感――台頭する中国と出会ったオバマ政権 |
第1節 対中外交の重視 |
第2節 アジア政策の立て直し |
第3節 急速に高まっていく中国への警戒 |
第4節 台湾をみつめる視線の逆転 |
第4章 関与政策の否定へ――トランプ政権と中国 |
第1節 貿易戦争と対中強硬論の融合 |
第2節 コロナ後に加速する強硬姿勢 |
第3節 大胆に強化された米台関係 |
第5章 アメリカのなかの中国――関与と強硬姿勢、それぞれの原動力 |
第1節 関与の原動力としての国内アクター |
第2節 変化を引き起こした国内アクター |
第6章 米中対立をみつめる世界 |
第1節 ヨーロッパ |
第2節 インド太平洋 |
第3節 台湾 |
第7章 今後の展望――米中対立はどこに向かうのか |
第1節 米中はなぜ、どこまで対立を深めるのか |
第2節 米中対立と冷戦の教訓 |
おわりに――バイデンと習近平、そして日本の立ち位置 |
あとがき |
主要参考文献 |
索引 |
佐橋亮 著
『米中対立――アメリカの戦略転換と分断される世界』
中公新書, 328ページ 2021年7月 ISBN: 978-4-12-102650-7