2003年、当時東文研におられた猪口孝先生が「データの砂漠」であるアジアの現状を打破すべく、アジアを広く対象にした世論調査アジア・バロメーターに着手されました。同調査は2008年まで続きましたが、大規模な質問票調査を実施するには莫大な予算が必要とされる状況にあって、その後、同種の調査は日本国内で実施されてきませんでした。
実はこのアジア・バロメーターでさえ、アジア域内の関係性を炙り出す質問はさほど多くありません。近著『アジアの国民感情』(中公新書)は、こうした状況を乗り越え、アジアをできるだけ広くカバーしつつも、国際関係研究と社会心理学の懸隔を埋めるべく執筆されました。
この本が依拠したのはアジア学生調査のデータですが、その第一波調査が実施されたのが、奇しくもアジア・バロメーター調査が終了した2008年。その後11年の年月をかけてデータが集められることで、分析の準備が整うことになりました。
データ分析の結果得られた知見は多くあります。また逆に、逢着することになった謎も少なくありません。できるだけ多くの方に本書を手に取っていただき、アジア域内における心理的な「連携と離反」に思いを馳せていただければと思っています。
| まえがき |
| 序章 なぜ国民感情なのか―対外認識を可視化する |
|---|
| 国際関係を認識するのは誰か |
| 「砂漠」から「オアシス」へ |
| 心理構造を読み解く際の困難 |
| どこまでがアジアなのか |
| 心理構造をあぶり出すには |
| 「わからない」の意味 |
| 五つの仮説―調査結果の解釈 |
| 本書の構成 |
| 第1章 台頭中国への錯綜する視線―何が評価を変えるのか |
| 台頭が生む期待と不安 |
| 対中評価をめぐる世界の分断 |
| 「フレーム」という考え方 |
| 二〇年で変わってきた各国の評価 |
| 国によって異なる意見の一致度 |
| 経済的恩恵フレーム |
| 平和的台頭フレーム |
| 秩序への挑戦者フレーム |
| 脆弱国家フレーム |
| 中国の影響に対する評価 |
| 評価を説明する三つの仮説 |
| 回帰分析による結果の解釈 |
| 多様化する対中評価の背後にあるもの |
| 中国自身のフレーム選好 |
| 第2章 ASEANの理想と現実―域内諸国への冷めた目 |
| 「ASEAN中心性」とは |
| 半世紀に及ぶ歴史と背景 |
| 共属感情を測る三つの尺度 |
| ベトナム―日本/中国 |
| フィリピン―日本/北朝鮮 |
| タイ―日本/北朝鮮 |
| マレーシア―日本/北朝鮮 |
| シンガポール―日本/北朝鮮 |
| インドネシア―日本/北朝鮮 |
| 希望する留学先―人気が高い英米豪の大学 |
| 希望する就職先―欧米系・日系企業への強い関心 |
| 地域統合の夢は潰えるのか |
| 第3章 東アジア間の心理的距離―厄介な近隣関係 |
| 韓国―アメリカ/北朝鮮 |
| 中国―シンガポール/フィリピン |
| 台湾―日本/中国 |
| 香港―台湾/中国 |
| 日本―台湾/北朝鮮 |
| 相互予期仮説の検証1―変化の同期化が起こるか |
| 相互予期仮説の検証2―対外認識図の位置は連動するか |
| 相互評価の類型―隣国との関係こそ難しい |
| 第4章 アジア各国・地域の特徴とは |
| ベトナム―キャッチアップ型の対抗的ナショナリズム |
| 高揚する対中ナショナリズム |
| フィリピン―アメリカ依存のジレンマ |
| 対米依存の二重心理 |
| 政治的な振れ幅の大きさとポピュリズムの台頭 |
| タイ―中国は頼もしいパートナー |
| アメリカの失策・中国は成功 |
| タイ独自の柔軟性 |
| マレーシア―民族政治が生み出す心理メカニズム |
| シンガポール・インドネシアとの「特別な関係」 |
| シンガポール―アジアとの連携の模索 |
| 強固な政治体制が生み出す全方位外交 |
| インドネシア―中国と中国人への異なる評価 |
| 韓国―民主化が生み出す逆説 |
| 冷戦体制崩壊がもたらす変化 |
| 国民感情の国内政治化 |
| 中国―強まる大国意識 |
| 東南アジアへの無関心 |
| 台湾―強烈な承認欲求 |
| 「フロンティア」としての東南アジア |
| 香港―高度な自治を指向する脱移民社会 |
| 脱移民社会化とフィリピン |
| 第5章 影の主人公アメリカ―米中摩擦とアジアの反応 |
| アメリカの影響―政治・経済・文化 |
| 米中間の覇権争い―受容される覇権移行フレーム |
| アメリカへの評価は変わったか |
| 米中に対する評価の違い |
| 政治に分断されるアジア―トランプと習近平の比較 |
| 安全保障とアメリカとの距離 |
| 圧倒的なアメリカ文化の影響力 |
| 覇権移行フレームと現実のギャップ |
| 理想の経済発展モデルとは |
| アジアは米中をゼロサムで見ていない |
| 第6章 日本への視線―アジアからの評価、アジアへの目 |
| 日本への知的関心―言語、伝統文化から大衆文化へ |
| 魅力を測る三つの尺度―中韓以外からの高い評価 |
| 就職先・留学先としての日本 |
| 日本の大衆文化や日本語は受容されているか |
| ソフトパワー仮説の検証1―アニメやドラマの視聴 |
| ソフトパワー仮説の検証2―日本語能力 |
| ソフトパワーは万能ではない |
| アジアイメージはアップデートされているか |
| 終章 国民感情のゆくえ |
| コロナ禍によって世界が変わるか |
| 依然強い中国への警戒感 |
| 根強い冷戦体制メンタリティー |
| 変わらない対外認識の特徴 |
| 国民感情をめぐるギャップ |
| あとがき |
| 文献一覧 |
| 附録① 分析の際に利用した一次データ |
| 附録② アジア各地の国民感情・対外認識を理解する際に有用なデータ |
園田茂人
『アジアの国民感情―データが明かす人々の対外認識』
中央公論新社, 272ページ 2020年9月 ISBN: 978-4-12-102607-1