本書は、イスラーム考古学者としてガラス研究にその生涯を捧げた真道洋子氏の遺作です。長年中近東文化センターに勤務し、故川床睦夫氏の指揮の下、カイロのフスタート遺跡、シナイ半島のラーヤ遺跡およびトゥール遺跡を発掘し、エジプトのイスラーム時代のガラスの変遷をつぶさに研究してきた成果を披露するとともに、イスラーム地域のガラスに映し出された当時の人々の生活を生き生きと紹介しています。
今では私たちの日常生活の中に何の不思議もなく存在しているガラスですが、そもそも原料ガラスを作ることから人の手が入る、真に人工的な工芸品です。古代オリエント世界で製造が始まり、ガラスという特殊な素材に適した用途が見出され、それに応じてさまざまな器形が生み出されただけでなく、透明度の追求、色彩の付加、カット装飾や器具装飾など三次元装飾などにより器が美しく洗練されていった、イスラーム地域の長いガラスの歴史を本書は振り返ります。
2018年に急逝された真道氏の遺志を継ぎ、1年以上の時間をかけて彼女が遺した初稿を丁寧に監修・校閲し、図版と地図を加えて、この度刊行の運びとなりました。学術書ではありますが、貴重な出土品と美しい館蔵品の写真を豊富に掲載し、見るだけでも「イスラーム・ガラス」を実感できる本となっています。
| 凡 例 |
|---|
| はじめに |
| 序 章 イスラーム・ガラスへのアプローチ |
| はじめに —— ガラスの製造、流通、使用 |
| 1 イスラーム・ガラス研究史 |
| 2 イスラーム・ガラスの器形と機能 |
| 3 ガラスという素材をつくる |
| 4 ガラスを使って製品をつくる(1)—— 成形技法 |
| 5 ガラスを使って製品をつくる(2)—— 装飾技法 |
| 第Ⅰ部 イスラーム・ガラスの歴史的展開—— エジプトを中心に |
| 第1章 最初期のイスラーム・ガラス —— 7~8世紀 |
| 1 後期ローマ・ガラスと最初期イスラーム・ガラス |
| 2 フスタート遺跡出土のグリーン・ガラスをめぐって |
| 3 ヴェセル・スタンプに見るガラスの公的利用とローカル製造 |
| 4 ラスター・ステイン装飾ガラスの出現 |
| 5 まとめ |
| 第2章 イスラーム・ガラスへの展開 —— 9~10世紀 |
| 1 エジプトの社会変化とガラス器 |
| 2 フスタート遺跡出土ガラス —— ピット16出土品を中心に |
| 3 ラーヤ遺跡出土の型装飾ガラスと器具装飾ガラス |
| 4 ラーヤ遺跡出土の刻線装飾ガラス |
| 5 ラーヤ遺跡出土のラスター・ステイン装飾ガラス |
| 6 まとめ |
| 第3章 地中海世界の中でのエジプトとガラス器 —— 11~12世紀 |
| 1 ファーティマ朝によるエジプト征服と物質文化の変容 |
| 2 カット装飾技法の諸相 |
| 3 カット装飾瓶と杯 |
| 4 ゲニザ文書に見るガラス |
| 5 まとめ |
| 第4章 イスラーム・ガラスの二元化 —— 13~14世紀 |
| 1 アイユーブ朝とマムルーク朝における中流階級の勃興と物質文化 |
| 2 ガラス装飾と色彩 |
| 3 フスタート遺跡出土品に見られるエナメル彩・金彩装飾ガラス |
| 4 色彩豊かなガラス製腕輪 |
| 5 まとめ |
| 第5章 フスタート以後のエジプトのガラス —— 15世紀以降 |
| 1 チェルケス・マムルーク朝およびオスマン朝のエジプト |
| 2 「ヒスバの書」に見られるガラス器の普及 |
| 3 オスマン朝治下のランプ |
| 4 ナポレオンの『エジプト誌』とガラス器 |
| 5 まとめにかえて |
| 第Ⅱ部 イスラーム・ガラスの地域的広がり |
| 第6章 イスラーム勃興期のアラビア半島 |
| 1 イスラーム以前のアラビア半島と預言者の時代のガラス |
| 2 アラブの拡大とアラビア半島の港湾都市 |
| 3 聖なる器、日常の器、交易品 |
| 第7章 シリア・パレスティナ地域 |
| 1 シリア・パレスティナ地域の歴史的背景 |
| 2 第一次ガラス製造関連遺構の発掘 |
| 3 シリア・パレスティナ地域出土の初期イスラーム・ガラス |
| 4 異民族侵入期のシリア・パレスティナ地域のガラス器 |
| 5 シナイ半島 |
| 第8章 イラクとイラン —— 旧サーサーン朝ペルシャ文化圏 |
| 1 イラクとイランの歴史的背景 |
| 2 イラク出土のイスラーム・ガラス |
| 3 サーマッラー遺跡出土ガラス |
| 4 イラン出土のイスラーム・ガラス |
| 5 ニーシャープール出土ガラス |
| 第9章 マグリブ、アンダルス |
| 1 マグリブの歴史的背景 |
| 2 イフリーキヤ地域のガラス |
| 3 イベリア半島の歴史的背景 |
| 4 コルドバのメスキータのモザイク・ガラス |
| 5 マディーナト・ザフラー遺跡出土ガラス |
| 6 アンダルス地域のガラス製造 |
| 7 アンダルスの落日とハンマームの光 |
| 第10章 中央アジアとトルコ |
| 1 西域・中央アジアの歴史的背景 |
| 2 中央アジアのイスラーム・ガラス |
| 3 パイケンド遺跡出土ガラス |
| 4 アナトリア半島の歴史的背景 |
| 5 アナトリア半島出土のガラス器 |
| 第11章 イスラーム・ガラスの東西交易 |
| 1 イスラーム・ガラスの東西交易 |
| 2 ヨーロッパ |
| 3 東アフリカ沿岸部およびサハラ地域 |
| 4 インド洋から東南アジア |
| 5 中国と日本 |
| おわりに |
| 第Ⅲ部 ガラスから見たイスラームと社会 |
| 第12章 医薬・化粧とガラス器 |
| 1 クフル顔料とは |
| 2 イスラーム期以前のガラス製クフル容器 |
| 3 イスラーム期の逆洋梨形クフル瓶 |
| 4 カット装飾クフル小瓶 |
| 5 逆洋梨型器形とカット装飾技法の融合に見る文化融合 |
| 第13章 香水とガラス器 |
| 1 薔薇水とガラス器 |
| 2 薔薇水と蒸留技術 |
| 3 薔薇水の利用法とガラス器 |
| 4 濃青丸底瓶の広がり |
| 5 クムクム瓶の登場 |
| 6 香水とガラス器 |
| 第14章 ガラス装飾意匠に見るイスラームと異文化 |
| 1 マムルーク朝時代のエナメル彩・金彩装飾ガラス |
| 2 エナメル彩・金彩装飾ガラスに見られるイスラーム教徒 |
| 3 エナメル彩・金彩装飾ガラスに見られるキリスト教の要素 |
| 4 動物、鳥、魚などの具象文 |
| 5 モスクを照らすランプ |
| 終 章 時代と地域を超えるイスラーム・ガラス |
| 参考文献 |
| 監修者あとがき |
| 図表一覧 |
| 索 引 |
| 英文要旨 |
真道洋子 著, 桝屋友子監修
『イスラーム・ガラス』
名古屋大学出版会, 496ページ 2020年9月 ISBN: 978-4-8158-1001-6