書籍紹介

長沢 栄治 著 『アラブ革命の遺産 エジプトのユダヤ系マルクス主義者とシオニズム』

著者からの紹介

 

  2011年1月のチュニジア・エジプトの政権崩壊に始まる一連の政治変動の過程をアラブ革命と名づけるならば、今から60年前にもアラブ世界全体を革命の波が襲った時代、アラブ革命の時代があった。今回の革命の背景と行方を考えるためには、この「第一次アラブ革命」の歴史を今一度読み直すことが必要である。本書は、この革命の時代を生きた二人のユダヤ系エジプト人のマルクス主義者、アハマド・サーディク・サアド(1919-88年)とヘンリ・クリエル(1914-1978年)の個人史を軸にしながら、エジプト共産主義運動とパレスチナ問題、そして運動内部のユダヤ問題について考察を行なうものである。
  サアドとクリエルはともにカイロのユダヤ教徒の家庭に生まれ、ファシズム勢力が台頭する時代環境の中でマルクス主義に出会い、やがて運動の主導権を争う二つの組織の指導者となった。しかし、その後の二人が進む道は、パレスチナ戦争(ナクバ1948年)やエジプト7月革命(1952年)がもたらすナショナリズムの激流の中で、大きく分岐していった。クリエルは、エジプト政府から国外追放措置を受け、さらに自らが育て上げた主流派組織からも絶縁された後は、パリに拠点を移しアルジェリア独立闘争をはじめとして第三世界の解放運動を支援する活動を続けたが、暗殺によって人生の幕を閉じる。一方のサアドは、高揚するアラブ・ナショナリズムの潮流に中に身を投じ、イスラームに改宗をしてエジプトの地に留まり、長い投獄生活を経た後、晩年に多くの著作を残し、研究者としての大輪の花を咲かせた。
  二人が相異なる道を歩んだ背景には、数々の偶然の積み重ねが生んだ境遇の違い、政治活動家あるいは思想家としての本来的な資質の相違もあったであろうが、パレスチナ問題との関わりが決定的に大きな影響を与えた。本書は、このように激しいナショナリズムの時代を生きた二人のインターナショナリストの個人史を、近年出版された証言集・回顧録などの一次資料や元活動家とのインタビュー記録を用いながら描くものである。

目次

まえがき

第Ⅰ部 アハマド・サーディク・サアド論
第1章 ユダヤ教徒エジプト人とマルクス主義―アハマド・サーディク・サアドの場合
第2章 アハマド・サーディク・サアドと民衆的思想

第Ⅱ部 ヘンリ・クリエルとエジプト共産主義運動
第3章 クリエル問題とは何か
第4章 家族と文化的背景
第5章 エジプト共産主義運動の「第二の誕生」
第6章 組織の統一から分裂、そして弾圧へ
第7章 その後のクリエル

第Ⅲ部 エジプト共産主義運動におけるユダヤ教徒問題
第8章 『証言と意見』資料に見る外国人・ユダヤ教徒指導部問題
第9章 組織統一と指導部の非ユダヤ化をめぐる問題-『証言と意見』資料から

第Ⅳ部 パレスチナ問題とエジプト共産主義運動―サアドとクリエル
第10章 パレスチナ問題の展開―1920年代から第二次世界大戦期まで
第11章 国連パレスチナ分割決議とエジプト共産主義運動
第12章 アハマド・サーディク・サアド『植民地主義の爪に捕らわれたパレスチナ』

第Ⅴ部 アラブ民族革命の時代を生きる
第13章 アラブ共産主義者の殉難
第14章 砂漠の政治囚収容所からの手紙―ムスタファー・ティバさんとの交友
 

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情報

長沢 栄治東洋文化研究所紀要別冊 『アラブ革命の遺産 エジプトのユダヤ系マルクス主義者とシオニズム』 平凡社,   606ページ
2012年3月 ISBN: 9784582481464

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