本書は1989年に、海鳴社(東京)から出版され、長く品切れ、絶版になっていたが、エイエヌ(東京)から再版された。それに際して、「補章 ムシのセミ・ドメスティケイション」を加えた。補章は、カイコ(カイコガの幼虫)のドメスティケイションを扱っている。
日本では、今西錦司、椎掉忠夫によって提唱された家畜群を群ごとコントロールして家畜化したのではないか、という家畜化の仮設は、本書のひとつの焦点ではあるが、本書の基本的主張は、特定の一種から数種の、人びとの生活のための基本的必要を満足させる動植物との長期的で密接な関係が、動植物の遺伝的な変化とその人間による選択(人為淘汰)によっておこるドメスティケイションに先行しており、その過程をセミ・ドメスティケイションと呼び、その重要性を強調することにあった。そのセミ・ドメスティケイションの時代には、特定の一種から数種の動植物と人間との密接な相互関係が安定的に長期にわたって維持されたが、それらの動植物種は遺伝的な変化を受けず、あくまで野生のままであった。しかし、ムギ類の祖先野生種のように、人間はその種実を大量に獲得して、野生植物の採集でありながら、栽培植物の農耕以上の生産性を維持しえた。これは、ヒツジ、ヤギの祖先野生種を群ごとコントロール下に置いた、狩猟民でもいえることではなかったかと思われる。
近年、クルディスターン地方で、狩猟採集時代の大規模な遺跡が発掘された。この発掘成果は、家畜や栽培植物のなかった時代に、狩猟採集民は、実際は牧畜農耕とかわらない生産活動をおこなっていたのではないか、という想像をリアルなものにしてくれるだろう。家畜や栽培植物の成立は、牧畜的活動や農耕的活動よりもはるかに後の時代のことであったと考えられるのである。
本書は、以上のような分析を、多くのアジア、アフリカの乾燥地帯における人間と動植物の関係についての民族法の例を利用しつつ傍証しようと試みている。多くの読者にとって、これらの民族誌例はほとんどはじめて接するもので、それ自体として興味深いものであろうと考えられる。
はじめに | |
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第Ⅰ部 | |
第1章 | ドメスティケイション問題の再定位 |
第2章 | セミ・ドメスティケイション |
第3章 | 生業様式類型再考 |
第4章 | 前適応としてのセミ・ドメスティケイション |
第Ⅱ部 | |
第5章 | 今西錦司『遊牧論』 |
第6章 | 西南アジアの遊牧民と中型家畜群 |
第7章 | 放牧の技法 |
第8章 | 家畜化の起源についての一仮説 |
補章 | ムシのセミ・ドメスティケイション |
おわりに |