本書は1967年に米国で出版された著名な経済学者アルバート・ハーシュマン(1915-2012)による著書Development Projects Observed の全訳である。なぜ、この古い本を今になって翻訳するのか。それは、この名著が絶版になって久しいという理由だけではなく、いまこそ読まれるべき内容を多分に含んでいるからである。同時に、学問の細分化が嘆かれる現在、この本は貧困やインフラ開発といった現実課題に向かう際の学際的な「ものの考え方」のお手本にもなっている。
多作だったハーシュマンの業績の中でも最も有名になったのは、1970年に出版されたExit, Voice and Loyalty であった。この著書は、組織が衰退してしまう理由を政治学と経済学を行き来しながら解き明かした名著として分野を問わず広く引用された。他方で、開発経済学のパイオニアとして彼の名声を高めた本が1958年の The Strategy of Economic Development である。この本では、一つの産業部門が別の部門の活動へとつながる回路を概念化した前方・後方連関など、それまでとは異なる経済成長の新たなメカニズムが提示され、後に広く引用された。
今回訳出した Development Projects Observed は、これら二つの著作に挟まれた時期である1967年に執筆されたものであり、個別具体的な経済開発論が、より広い社会科学へと展開していく過程をつまびらかにしている。言い換えると、本書はハーシュマンの思考が進化していく過程を事後的に追跡できるようにしてくれる「移行化石」のような存在である。長いアイデアの進化の中間的な姿をとどめた遺物が、その後の変化を説明してくれるのである。私を含む多くのハーシュマンファンは、彼の巧みな方法論がどのように編み出されてきたのかに強い関心をもってきたが、本書には随所にその答えが横たわっているのだ。
偉大な研究者の多くは、その着想や論理展開の方法論についてつまびらかにすることはなく、その成果だけを見せる。私たちは本書を読むことで、開発プロジェクトにおける不確実性の考え方を学ぶことができるというメリットに加えて、現場の実践的な課題に呼応するような学際的な研究方法についても感じとることができるという二重のメリットを得ることになる。
米国社会科学評議会は、2007年に社会科学分野の最も権威ある賞としてアルバート・ハーシュマン賞を創設した。歴代受賞者をみてみると、アマルティア・センやジェームズ・スコットといった一つの分野に収まりきらない知の巨人たちが名を連ねている。現代の先端的な研究を追いかけることも大切だが、「異端」と呼ばれた人々の手による論争的な古典に浸ってみることも、また私たちの研究を深化させる重要な糧になる。そう信じて、この本を訳出した。読者のご批判を乞いたい。
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