本書は、蔡英文政権期(2016~2024年)の台湾を内政、中台関係、国際関係などの各方面から総合的に分析した研究書である。
8年間の蔡英文政権期の変化は大きかった。米中関係は悪化し、アメリカの対中関与政策は終わり、米中は戦略的競争関係に転化した。中国によって香港の「一国二制度」は事実上破壊された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが世界を席巻し、多くの国で政権交代が起きた。そして、野心的な習近平政権による政治、外交、軍事、社会各方面にわたる威嚇、威圧が絶えることなく続いたにも関わらず、蔡英文は二期8年の任期を全うし、さらに後継者にバトンを渡すことができたのである。
台湾の外ではこれまで反中か親中か、独立か統一かという台湾人アイデンティティのアプローチだけで台湾の政治・対中政策、中台関係を分析したり、軍事や半導体という安全保障の分野のみに焦点を当てて台湾有事を捉えたりする傾向がある。ただし、蔡英文政権期の変化は、単に台湾における台湾人アイデンティティの増大、米中関係も含む安全保障環境の変化のみによっては説明できず、むしろ蔡英文政権の内外政策におけるパフォーマンスから理解する必要がある。
おそらく、蔡英文政権の位置づけは、本土政権である民進党政権の長期化を実現したことにある。その要因として、①国民党への抵抗を主とした万年野党から統治政党へと民進党を転換させたこと、②立法院で多数を握ったことにより多くの改革を進めた実績を上げたこと、③不当に取得した党の財産等国民党の特権を剥奪し、「普通の政党」への転換に追い込み、ついに国民党との競争における先天的劣勢から脱却したこと、④中国との関係悪化をオフセットできるだけアメリカ、欧州、日本など先進諸国との関係発展を実現したこと等を指摘することができる。
内外の評価が高い蔡英文政権は、李登輝政権と同様に今後長期にわたって参照される政権となるはずであり、その内外政策の実績に実証研究を加えることには大きな意義がある。台湾初の女性総統、蔡英文とそのチームは、台湾をどのように変えたのか。本書では、年金改革や同性婚実現に取り組み、中国・習近平政権からの圧力に耐え、アメリカの信頼を勝ち取り、日本や欧州との関係を発展させ、民進党政権長期化を実現した蔡英文政権の本質に迫っている。本書をきっかけに、台湾をめぐる議論がさらに豊かで有意義なものになることを期待している。
| 目次 | |
| 序 章 転換期の台湾――蔡英文政権を読み解く(松田 康博・黄 偉修) | |
| 第Ⅰ部 | 内政――改革志向政権の虚実 |
| 第1章 | 蔡英文政権の8年を総括する(松田 康博) |
| 第2章 | 民進党「完全執政」と国会改革の功罪(松本 充豊) |
| 第3章 | 経済および社会政策における分配重視と政府の積極的な介入(佐藤 幸人) |
| 第4章 | 同性婚法制化の政治過程(福永 玄弥) |
| 第Ⅱ部 | 中台関係――「現状維持」と「独立阻止・統一促進」のせめぎ合い |
| 第5章 | 大陸政策の一貫性と変化(福田 円) |
| 第6章 | 習近平政権の対台湾政策過程のもたらした矛盾(黄 偉修) |
| 第7章 | 対中経済関係の変質(伊藤 信悟) |
| 第8章 | 台湾防衛戦略の調整と国軍の改革(尾形 誠) |
| 第9章 | 中国の海洋進出が招く台湾の国際化(益尾 知佐子) |
| 第Ⅲ部 | 国際関係――関心と支援の急速な高まり |
| 第10章 | 米国トランプ・バイデン政権と向き合った8年(佐橋 亮) |
| 第11章 | 日台関係の静かな「突破」と「台湾の尊厳」(清水 麗) |
| 第12章 | 日中関係における台湾ファクター(江藤 名保子) |
| 第13章 | 欧州との関係強化(松田 康博) |
松田康弘・・黄 偉修 編著
『蔡英文政権期の台湾ーー内政・中台関係・国際関係』
晃洋書房, 248 pages, 2026.6, ISBN: 978-4-7710-4058-8