
本書は、博士論文を加筆・修正したもので、筆者にとってはじめての本です。筆者はこれまで、多様性や共存が課題とされる今日の社会にあって、最悪のケースとも言いうる集団間の暴力的対立に興味を持ってきました。
本書が扱うオスマン帝国は、イスラーム教徒、キリスト教徒、そしてユダヤ教徒が暮らすだけでなく、それぞれの宗教を信仰する人々もトルコ人やギリシア人、アラブ人やブルガリア人など数多の民族に分かれるという、多様性の甚だしい国でした。しかしこの国は近代になると、宗教間・民族間対立が反乱、さらにはこれを鎮圧する陸軍による民衆への暴力へ発展し、ついに崩壊しました。そこで筆者は、多様性と暴力を分析する上で興味深いケースであるオスマン帝国、とくにイスラーム教徒の陸軍将兵からキリスト教徒のブルガリア人民衆への暴力を題材に、軍事的暴力が発生した構造について分析しました。
筆者が本書で意識したのは、近代の他地域における軍事的暴力と比較可能な形で分析すること、そして将兵が暴力をふるうに至る経緯を詳細に解明することです。
近代には、植民地獲得やその維持をめぐって、帝国主義国の軍隊はしばしば民衆に対する暴力におよびました。本書では、植民地主義に不可欠な要素である暴力と、オスマン帝国における軍事的暴力を結びつけて論じました。また本書では、行政・陸軍の文書史料や回想録・日記に見える将兵の発言や感情を、他の研究書と比較して長く引用しました。これにより、将兵の日常的な任務や苦労が暴力に結びつく流れを見ることができたほか、読み物としても面白い本になりました。ぜひお手にとっていただければ幸いです。
| 序論 | |
| 1 | 本書の目的・研究対象・意義 |
| 2 | 分析の視角 |
| 3 | 近代オスマン帝国軍事史・非軍事史研究の課題 |
| 4 | 史料 |
| 5 | 本書の構成 |
| 第1章 青年将校と現場 | |
| 1 | マケドニア・トラキア対反乱作戦 |
| 2 | 成功した戦闘――ニコディム |
| 3 | オスマン陸軍の教育 |
| 4 | 失敗した戦闘――上チャユルル |
| 第2章 万機親裁の陸軍 | |
| 1 | 陸軍の編制 |
| 2 | 統帥・人事 |
| 3 | 兵力・財政 |
| 第3章 処罰の恣意性 | |
| 1 | 猟兵大隊の創設 |
| 2 | 猟兵大隊の暴力事件 |
| 3 | 猟兵大隊の処罰 |
| 第4章 不信感と抑圧 | |
| 1 | ブルガリア人民衆への不信感 |
| 2 | 東方鉄道の警備問題 |
| 3 | ブルガリア人民衆への抑圧 |
| 結論 | |
| あとがき | |
| 索引 | |
| 参考文献 | |
| 註 |
永島 育 著
『オスマン帝国の陸軍と暴力』 (山川歴史モノグラフ49)
山川出版社, 240 pages, 2025.11, ISBN: 978-4-634-67398-4