本書は東洋文化研究所叢刊第35輯として出版されました。
著者(元助教 上田遥)は異動により、出版直前に東文研を一旦離れることになりましたが、東文研に入所したての1年目、旧栄養学校(1924年創設)所蔵資料の発見というブレークスルーをきっかけに、足掛け10年にわたる研究を一気にまとめあげることができました。
本書の出版を後押しいただいた東文研の皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。
栄養学は日本で生まれ、西洋、南米、アジアに波及していく――。近代科学史上、非常に特異な形成過程をたどった栄養学。
それを可能にした条件はいかなるものであったか。そして、栄養学が目指した理想とは一体何であったか。
本書は、栄養学の父・佐伯矩の生涯をたどりながら、日本栄養思想の成立史を克明に描く。
世界に先駆け開設された国立栄養研究所から一世紀、後世の歴史観を決定づけた『日本栄養学史』から半世紀がすでに経過したいま、批判的視点からの再検証が求められる。新たに発見された旧栄養学校所蔵資料をはじめとして、国内外の広範な資料を読み解きながら、佐伯矩の栄養思想とその発展過程をたずねる。
脚気惨害との複雑な関係、黄禍論の悲しみから生まれた世界平和思想、教派神道が媒介となって果たされた科学と宗教の共存、「栄養三輪説」の魅力と限界など、佐伯矩の栄養思想をめぐる新事実が次々と明らかにされていく。
近代栄養学はその成立当初から非合理性を内包するものであった。一見普遍的な学として世界に広まったかにみえる栄養学の深底には、日本・アジアの地域固有の論理が潜んでいる。そうした地域固有性への配慮を欠いた栄養学では、望ましい食生活にむけた行動変容を起こすことは難しい。本研究は、近代栄養学=純粋科学という従来の認識に一考を付すとともに、科学と宗教、自然科学と人文社会科学のよりよい共存を開く、食思想史研究の最初の成果でもある。
序章 | なぜいま栄養思想か |
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第1章 | 近世思想との連続と断絶――伊予愛媛時代 |
第2章 | 生理学と日清戦争――岡山・京都時代 |
第3章 | 細菌学と日露戦争――伝染病研究所時代 |
第4章 | 「新たな栄養研究」の到来――米国留学時代 |
第5章 | 栄養学の独立――私立栄養研究所時代 |
第6章 | 栄養学研究の本格化――国立栄養研究所時代 |
第7章 | 「栄養三輪説」とその後――栄養学の国際化時代 |
終章 | 私たちは栄養思想から何を学ぶか |
あとがき/年表/参考文献 |
上田遥 著
『日本栄養思想史--佐伯矩の生涯と近代栄養学』 (東洋文化研究所叢刊35)
昭和堂, 320 pages, 2025.6, ISBN: 978-4-8122-2411-3