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ASNET特別企画「共生を語ろう――世界の経験と発想から」が開催されました

報告

 近年、さまざまな分野でのグローバル化が急速に進む一方で、「自国第一主義」や「移民排斥」、「ヘイトスピーチ」など、人びとのあいだの分断を助長しようとする動きが顕著になっている。こうした時代において、共生の意味やその価値はどのように語ることができるのか。異なる時代や地域での状況や、共生に向けた具体的なアイデアや取り組みについて、情報を交換し、現代世界のあり方を皆で考えてみようというのが本ワークショップの目的であった。

 徐行氏(東洋文化研究所・ASNET)が司会をつとめるなか、ASNETネットワーク長の石田貴文氏(理学系研究科)が開会の辞に立った。グローバル化が進む現代、人々のあいだにはさまざまな衝突が起こっている。利害関係、思想・宗教の違いなど、衝突の背景や原因は複雑化しており、それを回避する方法の模索が必要である。石田氏は、本ワークショップが、そのための一歩となることを願うと述べた。

 その後、ワークショップの発案者である後藤絵美(ASNET)が、開催の経緯と会全体の趣旨について説明した。ASNET(日本・アジアに関する教育研究ネットワーク)は研究者が分野を超えて繋がり、アジアに関係する教育や研究の新たな可能性を探るために設立された東京大学の機構である。その活動の中には、大学院生向けの教育プログラム『日本・アジア学』、学部生向けのオムニバス講座「日本・アジア学概論」、アジア地域におけるスタディツアーの実施などがあるが、それぞれの中での出会いや議論の展開が、本ワークショップにつながったことが述べられた。

 ワークショップ前半には歴史宗教学と生物資源環境学という異なるアプローチによる二つの講演が行われた。

 アリー・ハーン氏(アショーカ大学、インド)は、「寛容」などの外在的な語彙ではなく、現地の経験に基づきながら「共生」を語りたいと述べ、インドで見られる宗教的・文化的実践に取材した興味深い現象を紹介した。スーフィー聖者の墓廟、シーア派イマーム殉教の追悼行事、詩の朗読会という今回取り上げられた三つの「場」においては、ムスリムやヒンドゥーといった異なる宗教的・文化的背景を持つ人々がそれぞれ異なる意義づけや解釈を維持したまま「共生」していること(共生することを互いに許し合っていること)、その結果、互いに異なる集団の間に一定の身近さの感覚が維持されており、それが三つの場以外での共生にも役立っている面があることが指摘された。

 鴨下顕彦氏(ANESC)は、戦争や衝突など危機的状況下だけでなく、日常の平穏な日々の中でどのように共生を考え、それを語りうるのかと問いかけつつ、米と蓮を「共生のための資源」の一例として紹介した。米はアジアやその他の地域で主食であり、経済的にも重要な作物である。米が一定量収穫できることで、人々は生命を保ち、安定した社会に暮らし、よい形での共生を保つことができる。蓮はその花の美しさや象徴性、食物としての価値から、多くのアジア人にとって重要な意味をもってきた。鴨下氏は、東大出身の研究者大賀一郎博士(1883-1965)が発見した古代蓮の種が、1000年以上の時を経て開花し、後にアジア各地に広がったことに言及しつつ、人間と自然が一体となって平和や共生がつくられるさまを語った。


 休憩と質疑応答の後、後藤の司会により後半が始まった。ここでは高校生から大学院生までの学生、ポスドク研究員、実践者による特別報告があった。

 江原駿氏(群馬県立中央中等教育学校)は、現代の日本で、イスラームをはじめ宗教的な事象に対する誤解や無理解が生じていること、そして、それが共生を阻んでいることを指摘し、学校教育の中での宗教教育や異文化交流の取り組みが今後重要になると述べた。

 ボンド・ハンナ氏と鳥山あや氏(神奈川県立横浜国際高等学校)は、外見から「他者」をつくり出し、区別しようとする閉鎖的な社会のあり方や、「他の文化」を理解したり、体験したりすることを拒む心性があることを非難し、それを乗り越えるためには、表面的な知識の獲得ではなく、実体験に基づく深い理解が必要であると述べた。

 相馬尚之氏(総合文化研究科)は、200年以上前に「西洋―東洋」「敵―味方」「聖―俗」というような現代的な二分法を脱する視角を提供していた作品としてゲーテの『西東詩集』を紹介し、その詩の中に共生へのヒントを読み取った。

 唐浩文 Tang Haowen氏(医学系研究科)は長期的な共生のための要素として医学の進歩があること、そしてそれは西洋近代医学の発展だけでなく、それと東洋医学やその他の伝統医学との融合によってこそ果たされうると述べた。

 デシュムク・ヴィヴェク Deshmuk Vivek氏(ANESC)は、2016年に内戦が終結したコロンビアでの農業生産の今後の可能性を論じた。とくに米について、品種や生産環境の改良を提案し、その成果が国や社会の安定をもたらすだろうと述べた。

 スワンモントリー・ピッシャヤナンSuwanmonri Pichayanun氏(ANESC)は、未来をよりよい状況にするためには、研究者が生み出す新たな科学的思考や実践方法を、実社会と共有することが重要であると述べ、タイにおいて自身が行っている農学と農業を結びつけるための試みを紹介した。

 イ・フォウラY Phoura氏(ANESC)は、降雨地と灌漑地など環境の違う土地で米を栽培している農家や、それらの土地での農業を研究している者が協働し、比較の視点を持ちつつともに考えることで、新たな品種のアイデアが生まれうると述べた。

 ヤン・リウ Yang liu氏(ANESC)は、米の生産と環境の向上に向けた技術的な取り組みとして、手動光学センサーを用いて窒素投入を最適化する方法を紹介した。

 板橋暁子氏(人文社会系研究科)は、94年前に起きた関東大震災後の在日朝鮮人への虐殺行為に言及し、それが、在日の人々と交流がなく、偏見(=彼等を悪意に満ちた、恐ろしい存在だとする見方)をもった人々によって起こされたと述べ、こうした出来事を防ぐために「隣人」への理解や「隣人」との相互交流が一層求められていると述べた。

 杉森美和子氏(教育学研究科)は精神疾患をかかえた親をもつ子供たちについて、彼らが虐待を受けたり、社会的・精神的困難を抱えたりしがちであることを指摘し、医療現場やNPOに加えて、教育現場が彼らの状況に意識的になり、積極的に活動することで、社会全体として手を差し伸べることが可能になると述べた。

 最後に、特定非営利活動法人「難民を助ける会」(Association for Aid and Relief, Japan)のアドリー・ラガドAdli Raghad氏が登壇した。アドリー氏は19世紀末のシリアで撮影された一枚の写真を見せながら、「共生」とは何かと問いかけた。写真には歩けないサミールと彼を背負う盲目のムハンマドが写っていた。サミールはムハンマドの目となり、ムハンマドはサミールの足となって生活を営んでいたという。さらに複数の事例を示しつつ、アドリー氏は「互いを補い合いつつ共に生きる」という行為が自然に、そして無意識のうちに行われてきたこと、しかし現在それが危機に瀕していること、メディアや教育、人々の良心が、その危機からの救いとなりうることを指摘した。


 報告に続いて小林正弥氏(千葉大学)に基調講演をいただいた。”What makes coexistence possible?”と題する講演の中で、小林氏は、公共哲学の分野に、リベラルな語彙を用いて議論を展開する近代的な思想と、文化的な実践や精神性を重んずる古典的な思想があることを指摘し、アリー・ハーン氏がその講演の中で示唆したように、現代の多くの問題は、前者だけでは解決しえないと述べた。また、近代的思想がしばしば個人主義を強調する中、小林氏自身は、コミュニティを重視し、正義を考える際に善き生き方も考慮するコミュニタリアニズム(共同体主義、communitarianism)に着目してきたこと、そこでは人々の文化的要素や共有する価値観・意味に重きが置かれ、対話を通しての相互理解の方法が模索されてきたことが指摘された。

 さらに特別報告に関して、(1)問題意識として共有すべき点や具体的で重要な示唆に富む事例が数多く挙げられていたこと、(2)文化的要素を大切にする「コミュニタリアニズム」に通底する内容の複数の報告があったこと、(3)医療や環境を扱う自然科学の研究が人文社会科学と有機的に結びつけられる可能性が示されていたことに言及し、本ワークショップを通して多くの「対話」が提案されていることを高く評価した。最後に、今後、「共生」を目指す際に、自然科学も人文社会科学も、「グローカル(=グローバル+ローカル)」な考え方を一つの軸にすえうるのではないかと述べ、講演を締めくくった。

 続く全体討論には、登壇者18名を含め、40名ほどが参加した。その最後を飾った冨澤かな氏(附属図書館 U-PARL)のコメントが印象に残った。今回のワークショップでは「共生」という大きな枠組みの中で、個々の問題や解決のための取り組みが示され、また、研究者や実践者など立場や方法論の異なる人々が、それぞれの視点や考えを提示し、それを互いに共有することが目指された。その結果、さまざまな位相での対話を通じて専門的・分析的な観点とホーリスティックな観点とを往還していくことの重要性があらためて浮かび上がり、今後何が必要であるかが見えてきたように思われたという。

 最後に鴨下顕彦氏が閉会の辞を述べた。鴨下氏は「共生」が重要かつ困難な課題であり、今後もわれわれは考え続けなければならないとしたうえで、しかし、時には蓮の花を愛でたり、お米のおいしさを味わったりして、自然の素晴らしさや活力を実感してほしいと述べた。

 ワークショップ後の懇談会では、提供されたサンドイッチと飲物を味わいつつ、互いに質問やコメントをしたり、歓談したり、楽しいひと時を過ごすことができた。ワークショップも懇談会も、短い時間ではあったが、共生について多くの異なる視点や方法論に触れる機会となり、また、それぞれが考えを深められる貴重な場となった。(報告:後藤絵美)

You can read an English essay related to the event by Prof. Ali Khan Click HERE for the link.
“Politicians Intoxicated On A Nationalism Fostered By A False Sense Of Superiority” by Ali Khan Mahmudabad

開催情報

日時:2017年8月31日(木)13:30-18:00

場所: 東京大学 本郷キャンパス 東洋文化研究所 大会議室(予定

使用言語:英語(通訳なし)

概要:
 近年、さまざまな分野でのグローバル化が急速に進む一方で、「自国第一主義」や「移民排斥」、「ヘイトスピーチ」など、人びとのあいだの分断を助長しようとする動きが顕著になっています。こうした時代において、共生の意味やその価値は、どのように語ることができるのでしょうか。この問いを発端に、本ワークショップでは、世界各地のさまざまな状況や、共生に向けた具体的な取り組み、そしてアイデアの数々を交換し合い、現代世界のあり方について皆で考えてみたいと思います。

スケジュール

13:30開会の言葉 石田貴文(東京大学ASNETネットワーク長)
13:40趣旨説明 後藤絵美(東京大学ASNET)
13:50講演1
Ali Khan (Ashoka University, India)
“Piety, a Means of Coexistence? Three Spaces of Harmony, Dargah, Mushaira, Ashura”
 講演2
鴨下顕彦(東京大学 アジア生物資源環境研究センター)
「共生と生物資源環境学:蓮と米をめぐって」
14:50休憩
15:10質疑応答
15:30特別報告
特別報告のとは要旨はこちら
 1. Shun EBARA (Gunma Prefectural Chuo Secondary School)
"Islam education for Japanese students"

 2. Hanna BOND & Aya TORIYAMA (Kanagawa Prefectural Yokohama Senior High School of International Studies)
"Knowing and understanding"
 3. Naoyuki SOMA (Graduate school of Arts and Sciences, UTokyo)
"Both two and one am I? Encounters in Goethe"
 4. Tang HAOWEN (Graduate School of medicine and Faculty of Medicine, UTokyo)
"Modern western and traditional Chinese medicine in East Asia: A medical perspective of coexistence"
 5. Vivek DESHMUKH, Akihiko KAMOSHITA, Nelson AMEZQUITA (ANESC, UTokyo)
"Peace deal in Colombia and a new rise for agriculture!"
 6. Pichayanun SUWANMONTRI (ANESC, UTokyo)
"Bridging scientific innovation and scientists to local farmers: Approach for harmo

お問い合わせ先:ASNET事務局 asnet(at)asnet.u-tokyo.ac.jp

nizing future agricultural development"
 7.Phoura Y, Akihiko KAMOSHITA, Vivek DESHMUKH (ANESC, UTokyo)
"Study of 'thick root' of rice for improving production under rainfed drought-prone ecosystems"
 8.Liu YANG, Akihiko KAMOSHITA, Luyen PHAN (ANESC, UTokyo)
"Normalized difference vegetation index (NDVI) measured by a hand-held optical sensor can optimize nitrogen input for production and environment"
 9.Akiko ITAHASHI (Graduate School of Humanities and Sociology, UTokyo)
"Why do we kill our neighbors?"
 10.Miwako SUGIMORI (Graduate school of Education, UTokyo)
"Support system for children living with a mentally ill parent: Living together within community system"
 Report from the field:
Raghad ADLY (Association for Aid and Relief, Japan)
“Real-life coexistence stories from Syria and what happened”
16:30コメント+ 基調講演
小林正弥(千葉大学 法政経学部、公共哲学・平和論)
「共生はいかにして可能となるのか」
17:00ディスカッション
17:50閉会の言葉
18:00懇談会(東洋文化研究所1階ロビーを予定)

主催:東京大学 日本・アジアに関する教育研究ネットワーク(ASNET)
   アジア生物資源環境研究センター

共催:東京大学 東洋文化研究所
   科研費 新学術領域研究「グローバル関係学」計画研究B01「規範とアイデンティティ:社会的紐帯とナショナリズムの間」(代表:千葉大学 酒井啓子)



登録種別:研究活動記録
登録日時:WedSep2012:34:302017
登録者 :後藤・藤岡
掲載期間:20170831 - 20171130
当日期間:20170831 - 20170831