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班研究共催「映画から見る中東社会の変容研究会」が開催されました

  4月30日、17時半より、東洋文化研究所3階大会議室にて、中東映画研究会主催、東文研・班研究「中東の社会変容と思想運動」共催による第9回中東映画研究会が実施されました。今回題材として取り上げられた作品は、『約束の旅路』(2005年、仏制作、149分)、コメンテーターとして、パレスチナ・イスラエル研究の第一人者である日本女子大学の臼杵陽教授をお迎えしました。参加者は全体で64名を超え、立ち見が出る程の盛況振りとなりました。
  臼杵教授からは、映画の背景となるイスラエル社会の複雑な社会・政治・歴史的文脈について示唆に富むコメントをいただきました。
  本作品の通奏低音として流れていると指摘されたのが「人種問題」です。主人公シュロモは80年代に実施された「モーセの作戦」の中、キリスト教徒でありながら、「ファラーシュ(エチオピアのユダヤ人)」としてイスラエルに移住します。その彼がユダヤ教の律法書解釈の討論会に出場する場面が、本作品最大の見所の一つとなります。「アダム(最初の人間)の肌の色は何色だったのか」というテーマを与えられ、対決相手の討論者はこう述べます。「アダムは神の形に造られた。神が選んだ肌の色は美しい白。初め人間は皆、 白人だった。洪水の後、ノアは息子ハムの子孫を呪った。さらにハムの息子クシュは別の呪いを受け、黒い肌をもち奴隷となった」、と。これに対して、シュロモは言います。「初めに言葉があった。神は1人1人の人間を信じ、人間に言葉を託した。アダムはアダマ(ヘブライ語で「大地」を意味する)に由来する。神は人間を粘土から造り、言葉のように命を吹き込んだ。アドムがヘブライ語で赤(アドーンは「血」)を意味するように、アダムの肌の色は大地の色、粘土の色、 黒でも白でもなく、赤である。」シュロモは討論会の会場から盛大な拍手を受けます。
  近年のイスラエルでは、国内のアラブ人(パレスチナ人)よりも人口的な「優位」を保つために、海外からの多くの「ユダヤ人」を受け入れる移民政策がありました。この作品は、そうした政治的文脈の中で形成されてきた移民社会の複雑さと、そこで生まれる人種や差別の問題を、「ファラーシュ」の少年の成長と彼を受け入れるホスト・ファミリー(イスラエル社会の中では最左派、マイノリティ中のマイノリティ。アレキサンドリア出身でキブツ創設者の祖父がいたり、統一労働党マパムのダバルド紙を読んだりする人々)の葛藤を通して描いています。ラデゥ・ミヘイレアニュ監督自身、ユダヤ人の中で最も低くみられているというルーマニア出身であり、作品の中で落ち込むシュロモを励ます警察官もルーマニア人です。
  ただ、この作品で描かれていたような問題意識や希望の芽はもはや現代のイスラエル社会では見当たらず、ピース・ナウの活動がばらばらになってしまったように、イスラエルの平和運動もばらばらになってしまったのが現状である、と臼杵教授は指摘されました。この映画は「ある種の夢」を観させてくれるものだったのではなないか、と。

 会場からは、人種や差別の問題の普遍性(日本の問題も振り返る機会となる)、イスラエル社会での左派の位置付けの評価等についての質問やコメントがあり、あっという間に3時間15分が過ぎました。(報告文:中東映画研究会・井堂)


【日時】2014年 4月30日(水) 17:30-

【場所】東京大学 東洋文化研究所 3階 大会議室

【コメンテーター】臼杵陽氏(日本女子大学・教授)

【題材】『約束の旅路』
ラデゥ・ミヘイレアニュ監督、フランス、2005年
アムハラ語・ヘブライ語・フランス語音声、日本語訳

【テーマ】「成長」
1984年、スーダンの難民キャンプ。エチオピアから逃れてきたキリスト教徒の母子。エチオピア系ユダヤ人だけがイスラエルに脱出できることを知り、母は9歳の息子に「生きなさい。生きて、そして何かになるのです」と命じる。少年はユダヤ人と偽り、張り裂けんばかりの悲しみを胸にイスラエルへの飛行機に乗った。エチオピアのユダヤ人をイスラエルに移送する「モーゼ作戦」の史実を背景として、母たちの愛を道しるべに、逆境と苦しみを乗り越えていく1人の少年の人生を描く。この映画を通して「成長」について考えたい。

【主催】中東映画研究会

【共催】東文研・班研究「中東の社会変容と思想運動」

担当:長澤、後藤


班研究共催「映画から見る中東社会の変容研究会」が開催されました

班研究共催「映画から見る中東社会の変容研究会」が開催されました



登録種別:研究活動記録
登録日時:WedMay712:30:232014
登録者 :長澤・後藤・藤岡
掲載期間:20140430 - 20140730
当日期間:20140430 - 20140430