2026年2月9日、チ・へウォン監督による映画「葬られてきた声」(原題:목소리들)の上映会が、東京大学東洋文化研究所において行われ、当日は約80名の参加者が、日本での初上映と、監督による講演、佐藤泉、岡真理両氏によるコメントに耳を傾けた。
映画は、虐殺によって多くの島民が命を失った、済州4・3事件を題材としたものである。この事件の真相は、韓国国内でも長らく明るみに出ないままだったが、事件から約50年の歳月を経た2003年、ようやく時の盧武鉉大統領が公式謝罪を行った。そうした流れの中で、それまで知られることのなかった「事実」が、政府の公式調査や学術研究、ドキュメンタリー制作などによって、徐々に明らかにされてきている。
だが、事件の大枠が明らかになっていく中でも、そこから零れ落ちる「声」があった。それは、女性たちの「声」である。映画「葬られてきた声」は、事件を経験した女性たちの声に耳を傾けた、初めてのドキュメンタリー作品である。映画には、4人の生存者の女性たちが登場する。彼女たちの「沈黙」や、彼女たちに近い存在の男性の「語り」から、女性たちが女性であるがゆえに受けてきた被害=性暴力の実態が、徐々に明らかにされていく。
監督は上映後、「沈黙」をテーマとした映画になるとは思っていなかったと振り返った。トラウマで歯を震わせて証言をする女性と対峙した際、この撮影を中断しなければならないのではないか、とも思ったという。だが、監督は、その姿をカメラに収めることを通して、韓国政府による公式的な「被害者」から周縁化されてきた女性たちの性暴力の被害と性暴力を受けた後にも続く生活それ自体の「被害」を捉えたのである。
佐藤泉氏は、「語れない」という彼女たちの「語りの欠落」の存在こそが、私たち視聴者に、この事件に関する「理解」をめぐる姿勢を問いかけるのだと指摘した。岡真理氏は、事件や事実があったとしても、その「声」が聴かれることがなければ、なかったことになってしまうとし、それは現在進行形の構造的差別の問題であると問いかけた。両者のコメントからは、第二次世界大戦後の新植民地主義における構造的問題として、もっと言えばある種の「メソッド」化されたものとして4・3を捉えることで、東アジア冷戦の構造下で起こった台湾白色テロやインドネシア9・30の虐殺、また、今まさにパレスチナで起こっているジェノサイドを捉え直す視角が開かれてくることが見えてくる。
映画に登場した女性たちの言葉になっていない声たち、映像に映ることのなかった死者たちの発せられることのなかった声たち(목소리들)は観る者に、4・3は「終わることはないのだ」という重さを実感させる。
映画を通して私は、そもそもそのような声が存在していたことすら予期することもないような、安全地帯に居座っていたのだと気づかされた。自然豊かな美しい村にしみ込んだ悲しみに、寄り添い、思いをはせていく第一歩として、この映画を位置づけたい。
(森川麗華)
講演を行うチ・ヘウォン監督(左)
会場の様子
〇日時 2026年2月9日(月)14:00~17:30(開場13:30)
〇場所 東京大学東洋文化研究所3F 大会議室
〇主催 日本学術振興会科学研究費助成事業
基盤研究B:課題番号25K00706:研究代表者・真鍋祐子
基盤研究C:課題番号23K01766:研究代表者・梁仁實
〇プログラム
13:30 開場
14:00~14:10 開会あいさつ(真鍋祐子・東京大学)
14:10~15:40 作品上映(87分)
15:40~15:50 休憩
15:50~16:10 チ・へウォン監督挨拶(逐語通訳)
16:10~16:30 コメント①(佐藤泉・青山学院大学)
16:30~16;50 コメント②(岡真理・早稲田大学)
16:50~17:10 チ監督からの応答
17:10~17:25 質疑応答(全体)
17:25~17:30 閉会あいさつ(梁仁實・岩手大学)