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東洋学研究情報センターセミナー「アジアを知る:映画『ラッカは静かに虐殺されている』が開催されました

報告

 映画『ラッカは静かに虐殺されている』は、シリア北部の町ラッカ出身の若者たちが、どのようにして故郷の姿を世界に伝え、それによってIS(イスラム国)との苛烈な戦いに身を投じることになったのかを描いたドキュメンタリー作品である。邦題の「ラッカは静かに虐殺されている」は、市民ジャーナリストとなった若者たちが集ったグループの名前(Raqqa is Being Slaughtered Silently, 略称RBSS)からとられた。彼らは、ISの「首都」となった故郷ラッカから日々送られてくる写真や動画、ショートメッセージや電話などの情報を編集し、インターネットで世界に向けて発信している。冒頭には、授賞式の場にもかかわらず不安げな表情を浮かべるメンバーの姿に、ISの処刑ビデオが重ねられる。後に観客は、そのオレンジ色の服を着せられた男性が、そのメンバーの父親であることを知らされる。時系列を織り交ぜた編集は巧みであり、一見すると劇映画のような作品となっている。

 本作品の上映後には、東京大学大学院修士課程の山田一竹氏、国境なき医師団に参加する看護師の白川優子氏、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の黒木英充氏、東京大学大学院総合文化研究科の李美淑氏によるパネルディスカッションが行われた。山田氏からは、同世代の若者たちを描いたこの映画から「人間のリアリティ」を感じたとの言葉があった。そのうえで、自由と尊厳を求めて虐殺と恐怖に立ち向かった人間の物語としてこの映画を捉え、そうした人びとのためにどういった行動ができるのかを私たち自身が考えることが重要であると山田氏は提起した。白川氏は、国境なき医師団の活動のなかで見たラッカの様子から、映画で描かれた若者たちの活動が非常に重要なものであることを指摘した。白川氏は、ラッカで出会った被害者たちの多くが他の地域に見られるような銃撃や空爆ではなく、地雷による被害を受けていたことを述べ、一般市民がISと空爆を逃れて地雷原を逃げるしかない状況に追い込まれている惨状に聴衆の注意を喚起した。黒木氏は、映画『シリア・モナムール』上映の際に原一男監督が述べた「いろいろな視点が混ざっている」という指摘が、この映画にも当てはまると提起した。そして、『シリアの秘密図書館』という書籍を紹介し、この映画に描かれたように破壊や虐殺と戦う人びとが、同じように各地にいることを述べ、特にIS支配下で教育を受けてしまった子どもたちのリハビリが全世界的な課題であることを強調した。最後に李氏は、この映画によって「情報」がISと戦えるほどの武器となっている事実を、(ISが支配した公共圏に対する)対抗的公共圏の形成という観点から論じた。国際的なネットワークのなかでこの映画が作られ、さらにそれを上映することで本シンポジウム自体もそうしたネットワークのなかの一つの応答となっている点を述べた。また、ドイツで出会ったシリア難民から朝鮮戦争を例にシリアの現状を説明された自身の経験を踏まえて、シリアの状況を「内戦」と捉えることの問題を述べ、周辺国や大国を含めた構造的な描かれ方がこの映画ではなされていなかった点を指摘した。

 最後に、マシュー・ハイネマン監督にスカイプを通して登壇頂き、ISについてリサーチを重ねるなかでRBSSに行き着いたこと、多くの政治的映画がある中で異なる視点からの映画を撮りたかったことなどをお話し頂いた。会場に集まった学生や社会人を含め多くの参加者からは、現在のシリアの状況などに関する質問が多く出され、監督とパネリストを交えた非常に活発な応答がなされた。

鈴木啓之(日本学術振興会・特別研究員PD)


当日の盛況の様子、開催情報については、東洋学研究情報センターの記事をご覧ください。

担当:長澤



登録種別:研究活動記録
登録日時:Wed Apr 4 09:53:56 2018
登録者 :長沢・後藤・藤岡
掲載期間:20180326 - 20180626
当日期間:20180326 - 20180326