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鎌田繁教授 最終研究発表会 「イスラームにおける啓示と知性」が開催されました

報告

鎌田繁教授 最終研究発表会 「イスラームにおける啓示と知性」

  1984年(昭和59年)以来、31年間にわたって東京大学東洋文化研究所に勤められた鎌田繁教授による最終研究発表会「イスラームにおける啓示と知性」が、2016年3月10日に本研究所大会議室において開催された。研究発表のなかで鎌田教授は、イスラームにおける神の言葉(啓示)としてのクルアーンのテキストと、それをどう理解するかという人間の知的な働き(知性)のあいだの関係性や、そこにおいて生じる多彩な思想について、「死」を事例に挙げつつ論じられた。
  イスラームとは、アラビア語で「(唯一なる神に)帰依し、服従すること」を意味する。ムスリム(イスラーム教徒)にとってクルアーンが重要なのは、それが人間に与えられた神の言葉であり、そのなかに神の意思が示されているからに他ならない。ただし、クルアーンのテキストの読み方はひとつに限られない。例えば、17世紀前半のイランで活躍した神秘哲学者モッラー・サドラー(1640没)は、クルアーンについて、「(それは)ひとつの実在であるかもしれないが、その(実在)は下降のなかで沢山の段階をもつ」と述べ、それぞれの節の「意味」には、複数の段階が存在することを指摘した。それはすなわち、(1)五感などの「外部感覚」を通して捉えうる物質世界のなかのもの、(2)想像力などの「内部感覚」を通してイメージとして捉えうるもの、(3)感覚やイメージでは捉えられないが、思索などの知性の働きによって捉えうるもの、さらには、(4)神の世界に属し、人間には認識できないもの、という四つの段階であるという。
  クルアーンのテキストからさまざまな意味が生み出されていく様子を示す一例として鎌田教授が紹介したのは、クルアーン出来事章(56章)60–62節の解釈である。クルアーンの原文はアラビア語であるが、その和訳は、例えば以下のようになる(日本ムスリム協会訳)。


60節 われは、あなたがたに死(期)を定めた。われは、(決して)出し抜かれたりすることはない。
61節 だがわれは同類の者で取り替え(世代の交替)、またあなたがたの知らない(外の形態の)もの(猿や豚など)に、あなたがたを創(り変え)る。
62節 あなたがたは、確かに最初の創造を知っている。それでもなぜ留意しないのか。


  前出のモッラー・サドラーは、これらの節のテキストの向こうに様々な意味を読み取っている。例えば、この世の延長上に来世があり、死とは現世と来世の中間点に過ぎないことや、現世での所業に応じて来世的身体が創造されること(あるいは、現世において人間の内面は身体的なものによって覆われているが、来世ではそうではないこと)、泥から始まる人間の誕生とその成長が、常に完成を目指す運動のなかにあること(すなわち、年老いてこそ「完璧な」人間となりうること)、さらには、人は楽園を超えた純粋な精神的根源(神と一つになるという瞬間)を求めることなどである。このように、この研究発表では、クルアーンのわずか数行の文言を起点として、複数の意味の層にまたがる、壮大な思考世界が提示されていたことが示された。
  研究会には東大内外より多くの人が集まり、立ち見が出るほどであった。研究発表の後、通常の最終研究発表会にはない質疑応答の時間が設けられ、イスラーム神秘哲学や、鎌田教授が主な研究対象とされてきたモッラー・サドラーに関する質問などが挙がった。会全体を通して、鎌田教授の温厚なお人柄と、謙虚で冷静、かつ人間的な温かみあふれる研究姿勢に存分に触れることができた。大勢の参加者と共に、素晴らしい時間を過ごさせていただいた。

 

(西アジア研究部門 准教授[兼任]後藤絵美)

当日の様子

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開催情報

【日 時】2016年3月10日(木)14:00 - 16:00

【会 場】東京大学 東洋文化研究所 3階 大会議室

【題 目】イスラームにおける啓示と知性

【発表者】鎌田 繁 (東洋文化研究所・教授)

【司 会】森本 一夫(東洋文化研究所・准教授)

担当:鎌田



登録種別:研究活動記録
登録日時:TueMar2911:31:372016
登録者 :鎌田・森本・後藤・野久保,山下(撮影)・
掲載期間:20160310 - 20160629
当日期間:20160310 - 20160310