2025年12月15日、東文研セミナー「公開研究会 唐画の附属関係史料と江戸狩野派研究」が開催された。本セミナーには、対面約40名、オンラインでは約90名が参加した。
まず問題提起として、今回のセミナーに先立つ調査および公開研究会の発案者である植松瑞希(東京国立博物館)より、「「作品」附属関係史料研究の過去と未来―東博データベース「中国書画録」の可能性」と題した報告があった。「附属関係史料」という枠組みを、物質的に作品の一部となっているが、制作時にその当事者たちに直接的に想定されておらず、その後の受容過程で加わり、一緒に伝来してきたモノやテキスト全般を指すものとして定義し、それを研究資料として、より積極的に活用していく方法の提案がおこなわれた。最初に、東京国立博物館(東博)の中国絵画コレクションを例に、その機能(収納と展示、管理、評価と研究、記録)に着目して附属関係史料の枠組みを説明し、作品目録・記録(著録画目や茶会記・名物記・蔵帳)にあらわれる附属関係史料に対する関心のありようの歴史的変遷について、地域間の差異に留意しつつ概観した。これらをふまえて、東博の研究アーカイブズ上で公開されている附属関係史料のデータベース「中国書画録」の学術的意義を、データの完備と横断検索という観点から説明し、将来の活用について提言がおこなわれた。
つづいて、加藤祥平(徳川美術館)「本紙の外側―表装・箱・伝来」では、富や権力を象徴する存在であった「唐画」が流転する過程において、由緒(伝来)が付加され、それを視覚的に示す表装や箱といった本紙以外のものも尊重されてきた。しかしながら、美術史学において、様式や真贋の検討対象となる本紙には重きが置かれてきたものの、本紙を守り伝えてきた表装や箱・附属品の情報は割愛される傾向にあった一方で、茶道文化史学では、作品本体と同様に、表装や箱・附属品の情報が伝統的に重んじられてきた。既に両者の差は指摘されてはいたものの、本紙の外側をめぐる議論は未だ少ない現状を指摘した。これまで真贋などの問題から紹介される機会が少なかった唐絵を、表装や箱・附属品、また名物を列記した「名物記」などによって、唐絵の受容史的観点から再評価するとともに、本紙の外側に埋もれた情報発掘の重要性について、詳細な箱や表装の観察から発言がおこなわれた。
廣海伸彦(出光美術館)「絵画鑑識の機微――木挽町狩野家発給の添状を中心に」では、主として木挽町狩野家が発給した添状の内容が、美術史学の厳格主義によってしばしば等閑に付されてきたのに対し、それらを当時の狩野派のコンテキストに即して解釈することが試みられた。その諸々の事情が斟酌された狩野家の鑑識を、人間の営為としてとらえなおし、その機微に迫った。今回注目されたのは添状の文末表現であり、木挽町家の添状は本文末尾に「無疑者也」などと記す形式を通例とするが、惟信(1753-1808)の時代以降は最後を「候畢」と結ぶものが併存することを指摘し、日本語学の成果を参照しながら、「候畢」には過去・完了の時制的な意味とともに、過度に遜る意識――ともすれば、やむなくその行為を終えたというニュアンスを含む場合があるし、このいいまわしの違いは、鑑識の確度に対する意識のあらわれか、あるいは時々の所有者の身分に応じた配慮によるものか、いくつかの事例を紹介しながら、この使い分けの意図をめぐる試論が提示された。
金井裕子(東京国立博物館)「留書と日記からみる木挽町狩野家の鑑定」では、江戸狩野による鑑定に関する最重要史料である添状や箱書等の附属品について、これらを発出する前段階に絵師側でどのような行為が行われていたのか、木挽町狩野家の内部資料から読み解くことが試みられた。鑑定にかかわる資料としては、主に①記録(鑑定控など)、②日記(回顧録を含む)、③模写の留書の3つがあるが、①は近年紹介された9代目当主の狩野養信(1796-1846)と10代目雅信(1823-80)世代の「狩野養信雅信鑑定控」(個人蔵)で、②は養信による日記(「狩野晴川院日記」、東京国立博物館蔵)や、養信の末弟で後に中橋家当主となる立信(1815-91)と、木挽町家の門人であった橋本雅邦(1835-1908)による明治期の回顧録が該当し、最後の③は模写の横に残された墨書で、模写年月日や模写者、所蔵者といった情報が主であるが、稀に模写時の感想が記されることがあるためこれも対象にできるとする。これらを横断的にみることで、幕府収蔵品や収蔵候補品の鑑定、修繕に伴う家筋の判定などの具体的な作業や、副業として位置づけられていた各大名や道具商からの鑑定依頼の様子を、立体的に浮かび上がらせた。
野田麻美(神戸大学)「江戸狩野派の馬遠受容について―附属品と直模作品、倣古図の分析から」では、江戸狩野派が近代以前の日本での中国絵画受容における価値観の形成に果たした役割は大きく、中国絵画に附属する彼らの添状や外題、箱書等は、その一端を示しているが、発表者が十数年取り組んできた倣古図研究とそれを組み合わせることで、江戸狩野派研究における新たな可能性がひらけることを提示した。江戸狩野派の鑑定の具体的事例に触れつつ、彼らが鑑定した中国絵画と彼らの倣古図には深い関連があることを指摘したうえで、狩野栄信が馬遠をとりわけ重視したことに着目し、馬遠画の鑑定、模本、倣古図制作の問題を具体的に分析した。そのなかで、栄信が規範視した馬遠様式が江戸狩野派様式に取り入れられ、彼らの画風変革に結実したことを述べ、栄信らが馬遠画の翻案者としての馬麟様式も積極的に学び、それが江戸狩野派の馬遠受容の完成を齎した可能性に言及した。
塚本麿充(東京大学)「「寒江独釣図」の附属品と文化史的な意義」では、美術「作品」は様式とともに、社会での機能を示す様々な付属品が、その価値要素の重要な一部となってきたことに触れながら、今後さらにその付属品資料が公開・共有されることで、新しい作品観が生まれていくとし、中国絵画における箱や表具、付属資料の歴史を概観、それがどのように流通したのかが示された。正倉院伝来品や、新安沈船出土の軸木、「青磁輪花茶碗(馬蝗絆)」や「圜悟克勤墨蹟(流れ圜悟))」、さらにムガール朝やヨーロッパ宮廷、韓国、清宮コレクション等の事例から、中国書画の収納箱の問題を、グローバルな視点から相対化し、そのうえで、(伝)馬遠「寒江独釣図」(東京国立博物館)の附属品(井上世外の外箱)について検討し、いかにそれが日本社会のなかで記憶の加工が加えられ、新しい意味をもって伝来し、さらには画家たちへの創作へとつながっていったのかが検討された。
続く総合討論では、板倉聖哲(東京大学東洋文化研究所)から、この30年で「知る人ぞ知る」状態であった添状や箱書き、模本などの附属資料の情報が大きく公開され、研究をめぐる環境が大きく変化したこと、それにともない大名家はじめ各地の寺院や個人コレクションの研究が常に更新されていることが述べられ、さらにひろい視点からそれらを俯瞰し、事例を積み重ねていくことの重要性が、自身の浅野家収蔵研究の例をあげつつ強調された。
続く会場をふくんでの議論では、美術館・博物館における作品の附属資料の公開と写真撮影、台帳の整備などの状況が報告され、各館で独自の取り組みが行われていること、附属史料は別置されていたり、または台帳にも記録されていないことも多く、古巣とよばれる修理後の表具など、将来の活用にむけて、予算や人手不足がありながらも、それらを積極的に公開、研究・活用していくことの重要性が話し合われた。また、美術史学会としてこの問題を共有することの重要性や、作品の本質にかかわる重要な議論であることなど、様々な意見のもと、時間を超過して閉会した。
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【概要】
・日時:2025 年 12 月 14 日(日)13:30~18:00
・会場:東京大学東洋文化研究所第二会議室
・開催方法:対面と Zoom 併用のハイフレックス
・言語:日本語
・主催:東京大学東洋文化研究所
・後援:美術史学会
【趣旨】
日本には、中世・近世を通じて、さまざまなレベルの中国・朝鮮絵画が伝来したことが知られています。これらは「唐画(唐絵、からえ)」と総称され、日本の文化や美術と深く関わりあいながら、今日にいたるまで大切に継承されてきました。
一連の唐画は、日本独自の価値観が反映された、世界的にも意義深い中国・朝鮮絵画の集積としても注目されます。近年は、博物館・美術館を中心に、附属品や表装・模本などの関係史料を含めた総合的な調査・研究が進められており、展覧会やデータベース、研究報告などを通じて、その新たな価値が広く発信されています。
こうした附属関係史料のなかでも、特に大きな比重を占めるのが、江戸狩野派による鑑定書、箱書、模本などです。江戸狩野派は、それ以前の日本における唐画知識を整理・統合し、以後の中国絵画理解の基盤を築きました。唐画に附随する江戸狩野派の残した足跡は、彼らの実際の活動内容を理解するうえで極めて重要な史料といえます。
本公開研究会では、このような状況をふまえ、唐画の附属関係史料がもつ研究の可能性、江戸狩野派の活動の歴史的意義について考察します。みなさまのご参加を心よりお待ちしております。
【プログラム】
・13:30~14:00 植松瑞希(東京国立博物館)
「作品」附属関係史料研究の過去と未来―東博データベース「中国書画録」の可能性
・14:00~14:30 加藤祥平(徳川美術館)
本紙の外側―表装・箱・伝来
・14:30~15:00 廣海伸彦(出光美術館)
絵画鑑識の機微―木挽町狩野家発給の添状を中心に
・15:00~15:15 休憩
・15:15~15:45 金井裕子(東京国立博物館)
留書と日記からみる木挽町狩野家の鑑定
・15:45~16:15 野田麻美(神戸大学)
江戸狩野派の馬遠受容について-附属品と直模作品、倣古図の分析から
・16:15~16:45 塚本麿充(東京大学)
「寒江独釣図」の附属品と文化史的な意義
・16:45~17:00 休憩
・17:00~18:00 総合討論 コメンテーター:板倉聖哲(東京大学)
※本公開研究会は、JSPS 科研費 JP25K00414, JP24K03497 の助成を受けたものです。