2024年7月28日(日)13時から東文研セミナー「パブリックな記憶、ヴァナキュラーな記憶—風間計博・丹羽典生編『記憶と歴史の人類学―東南アジア・オセアニア島嶼部における戦争・移住・他者接触の経験』を読む、語る—」(科研「ヴァナキュラー概念を用いた文化研究の視座の構築―民俗学的転回のために―」)が開催された。本研究会は、菅豊教授(東京大学)を研究代表とする科研プロジェクト「ヴァナキュラー概念を用いた文化研究の視座の構築―民俗学的転回のために―」の第7回研究会である。
研究会では、まず菅豊教授から開会挨拶として、本科研プロジェクトと本研究会で議論を進める「ヴァナキュラー」概念の説明がなされ、続いて河野正治氏(東京都立大学人文科学研究科)から本研究会の趣旨説明として、東南アジア・オセアニア島嶼部におけるヴァナキュラーな記憶と歴史を主題とした編著、風間計博・丹羽典生編『記憶と歴史の人類学―東南アジア・オセアニア島嶼部における戦争・移住・他者接触の経験』が紹介された。
続いて、風間計博氏(京都大学大学院人間・環境学研究科)から「不確実性の時代における記憶と歴史の人類学」、飯高伸五氏(高知県立大学文化学部)から「パラオ共和国ペリリュー島におけるヴァナキュラーな太平洋戦争の記憶」と題し、人類学及び歴史学における言語論的転回をふまえた歴史記述にまつわる理論的動向と、史実と虚偽のあわいに措定される史実性に関する議論や、パラオ共和国ペリリュー島における戦争遺跡・遺物や戦争記念物をめぐる人々とモノのエージェンシーによって想起される記憶の歴史に関する発表がなされた。
発表を受け、北條勝貴氏(上智大学文学部)、塚原伸治氏(東京大学総合文化研究科)から両者へのコメントと、歴史学及び民俗学の視点からみたヴァナキュラーな記憶と歴史の理論的枠組みに基づいた議論の整理がなされた。
その後、全体討論として、会場に約20人、オンラインに約80人の参加者も交えた活発な質疑応答や討論が交わされた。
※本研究会はJSPS科研基盤B「ヴァナキュラー概念を用いた文化研究の視座の構築―民俗学的転回のために―」(研究課題/領域番号22H00767)の研究成果である。
日 時:2024年7月28日(日)13:00~
会 場:東京大学東洋文化研究所大会議室
発表者:
風間計博(京都大学大学院人間・環境学研究科)
「不確実性の時代における記憶と歴史の人類学」
飯髙伸五(高知県立大学文化学部)
「パラオ共和国ペリリュー島におけるヴァナキュラーな太平洋戦争の記憶」
コメンテーター:
北條勝貴(上智大学文学部) 歴史学からの応答
塚原伸治(東京大学総合文化研究科) 民俗学からの応答
コーディネーター:
菅豊(東京大学東洋文化研究所)
河野正治(東京都立大学人文科学研究科)
趣旨:
20世紀末、歴史学と人類学に激震が走った。その激震とは、歴史学では歴史叙述の物語性に光を当てたヘイドン・ホワイトによる1970年代の「言語論的転回」、「物語論的転回」であり、人類学では他者表象の政治力学を暴露したジェームズ・クリフォードらを中心とする1980年代の「ライティング・カルチャー・ショック」である。この二つの激震により、それぞれの学問は猛省と大変革を迫られ、歴史学者と人類学者がひとかたならぬ危機感を抱いたことは周知の通りである。ただ、その歴史学と人類学の激震を引き起こした震源地が、じつは重なり合っていたことはあまり注目されていないようだ。ホワイトとクリフォードの二人は、共にカリフォルニア大学サンタ・クルーズ校に新設された「意識の歴史」学科(History of Consciousness Department)で教鞭を執っていた。二人はそこで同じ学問空間を共有し、交流しながら革新的で学際的、そして刺激的な卓説を発展させたのである。クリフォードは『文化を書く』で、ホワイトから励ましと刺激をもらったことに謝辞を述べ、ホワイトは『メタヒストリー』の40周年記念版序文の謝辞で、クリフォードの名前を上げるほどである。世界の歴史学と人類学を大きく揺るがした「転回」と「ショック」は、実は学知の奥底―知底―でつながっていた。風間計博・丹羽典生編『記憶と歴史の人類学―東南アジア・オセアニア島嶼部における戦争・移住・他者接触の経験』(風響社、2024年刊)は、そのことをあらためて深く認識させてくれる良書である。
同書では、そのような2つの学の知的な交流と不可分な「記憶と歴史」という主題を取り上げ、実証的な史実の追究からは零れ落ちてしまう「史実性(historicity)」の次元を真摯に掬い取る狙いから、説得性や「本当らしさ」を帯びた、歴史をめぐる記憶の実践的な表現形式に注目する。そして、国民や集団を統合するパブリックな記憶形態である「集合的記憶」と、人びとの日常生活に根差した矛盾や曖昧さを含む記憶形態である「ヴァナキュラーな記憶」とが、相互に浸透し縺れ合う関係を見据えながら、多様な歴史の経験や歴史をめぐる想起の実践の具体的事例を提示し、それぞれの現場における史実と虚偽のあわいに「史実性」がいかに立ち現れる(現前する:enact)のかを詳細に検討している。
本研究会では、編者・執筆者を交えて同書を合評しながら、歴史をめぐる記憶が人びとに何をもたらし、人びとをいかに駆動させるのか?そして、いかにして忘却されるのか?といった同書のテーマを、歴史学と人類学、そしてもともとヴァナキュラーな歴史の視角をもってきた民俗学という「三種混合学知」の対話を通じて議論したい(文責:菅豊、河野正治)。
■共催:現代民俗学会、パブリックヒストリー研究会、日本文化人類学会関東地区研究懇談会、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会、野の文化論研究会(科研「ヴァナキュラー概念を用いた文化研究の視座の構築―民俗学的転回のために―」)