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第二回・東文研/国際学術セミナー 「富山妙子と炭鉱、ラテンアメリカへの旅-上野英信の光と影を照射する―」が開催されました

報告

 本セミナーは越境する画家・冨山妙子の未公開映像を持つ、ブラジル在住の気鋭の映像作家・岡村淳監督を、「冨山妙子の芸術と思想」研究会主催のもとで招聘し、岡村監督の自主制作ドキュメンタリー作品である「消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編」を上映するというものであった。岡村監督のこだわりの映像のファンから、ウーマンリブ運動を通して社会に「新しい地平」を切り拓いてきた冨山氏の旧友まで、約50名以上が来場し、東洋文化研究所の大会議室を埋め尽くす、非常に活気のあるセミナーとなった。

 はじめに上映された岡村監督の「消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編」は、筑豊に移り住み、自身も炭鉱で働くことを試みながら労働者の生活を描くことで一時代を築いた記録文学作家・上野英信が、小規模な炭鉱の閉山が相次ぐなかで雇用を求めてラテンアメリカへと渡った労働者を追って取材を行って上梓した『出ニッポン記』の足跡を追い、ブラジルを岡村監督の案内のもとまわった筑豊のキリスト者・犬養光博牧師のブラジル内でのお話を中心に記録したものである。

「炭鉱」と「ラテンアメリカ」という二つのフィールドは、一連のセミナーおよび研究のなかで本研究会がその思想の全貌を掴もうと専心してきた異色の画家・冨山妙子を、彼女が炭鉱をテーマとして描き続けてきたこと、そしてラテンアメリカの社会運動から大きなインスピレーションを受けたとされることの2点で結びつけるものである。また、冨山氏は上野英信のある著作集の「装丁」を行っていたという点でもつながりを持っており、これは岡村監督も「想定」していなかったことだったと語る。しかし、このセミナーでは、「想定」への良い意味における裏切りが肝となる。続けて上映されたのは、岡村監督が「映像作家として感じるものがあった」、として5年前に偶然にカメラを回し、いまでは学術的にも非常に大きな価値を持つに至った冨山氏の未公開映像である。

 それから、いまの冨山氏に岡村監督がスポットを当てた映像「狐とリハビリ」が上映される。97歳とご高齢で、作中では、神社の境内で車椅子からゆっくりと立ち上がり、数歩まえに進むというリハビリを、あたたかく支えるソーシャルワーカーとともに行う冨山氏であるが、一方で彼女は100歳まで仕事を続けたいと語り、日本社会の根底に潜む「狐」的な思想を舌鋒鋭く指摘する。その姿は、岡村監督のことばを借りれば「狐の場面で西陽が、冨山さんに後光が差しているかのように見える」という解釈の余地すらも与えるほどであった。

 しかし、岡村監督が強調するのは、あくまでも映像の「どういう意識で(人びとが)見ているかによって、撮り手の気づいていないものが見えたりする」という点である。一連の上映のあとのディスカッションの時間では、フロアから、撮影の様子や、上野氏・冨山氏の思想的背景、あるいは来場者自身の想いの丈についてコメントが多く寄せられ、プログラムの終演時間を超過するほどの盛況ぶりを見せたが、本セミナーの目的である表現者とその作品世界の相対化、神話の解体という点に関しては、終演間際の岡村監督の制作哲学が表現される一言に集約されるだろう。「ひとつの冨山妙子というよりは、あれも、これも」。

 この弁証法的な視座は、現在進行形で「つづく」冨山氏の生、岡村監督の制作、そして冨山氏の作品が写し出す社会の暗部に分け入って学術的な分析を行っていく際に、きわめて重要になってくるものであり、今後の研究に向け、問題点をより明確なものとして位置づけることができる貴重なセミナーとなった。

(文責・東京大学大学院学際情報学府 有田 将也)

当日の様子

開催情報

趣旨
  このたびは科研セミナーの一環として、ブラジル在住の映像作家・岡村淳監督をお招きして、ドキュメンタリー作品「消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編」(2013年)を上映する運びとなりました。これは1974年に筑豊からの炭鉱離職者を追って200日間にわたり中南米4か国を取材し、77年に大著『出ニッポン記』を上梓した上野英信に師事した犬養光博牧師が、ブラジルに上野の足跡を追う姿を収めたもので、小説家の星野智幸は本作品について「崇拝の言葉しか聞かなかった上野英信について、信者ともいえる犬養牧師は、強烈な相対化をしながら、相対化してもしきれない上野英信の神髄に迫っていく。」としながらも、さらに「岡村作品のすごいところは、そこで終わらないところだ。そんな犬養牧師をも、映画は相対化してしまう。」と評価しています(http://hoshinot.asablo.jp/blog/2014/04/)。
  岡村監督はまた2013年に富山妙子にも取材しており、未公開の証言を引き出した貴重な映像を所蔵しています。富山は上野に10年以上も先立つ61年に炭鉱離職者を追って中南米諸国を旅し、キューバ革命にも遭遇しました。彼女の語りには上野英信という存在じたいをも相対化する起爆力が秘められています。
  本科研プロジェクトでは岡村監督に依頼して、富山の未公開映像をまとまった作品として完成させることで、グローバル・ヒストリーのなかに画家の存在と作品世界の意味を位置づけ直し、上野英信をはじめとするさまざまな「神話」を相対化することを目指しています。本セミナーでは「消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編」上映後、富山妙子未公開映像の一部を紹介しながら、岡村監督によるトークイベント、およびフロアとの忌憚のないフリートークの時をもちたいと考えています。

日時:2018年11月10日㊏ 13:00~17:00

場所:東京大学東洋文化研究所 大会議室(3階)

プログラム
13:00~15:00 「消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編」上映
15:00~15:15 休憩
15:15~16:00 富山妙子未公開映像の一部紹介、岡村淳監督によるトーク
16:00~17:00 フリーディスカッション

岡村淳監督プロフィール
記録映像作家。在ブラジル。1958年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒(縄文文化研究)。1982年、日本映像記録センター入社。「すばらしい世界旅行」等の番組ディレクターを務める。1987年、フリーとなりブラジルに移住。小型ビデオカメラによる単独取材と自主制作を継続中。
著書に『忘れられない日本人移民 ブラジルに渡った記録映像作家の旅』(「港の人」)がある。


主催:「富山妙子の芸術と思想」研究会(旧「富山妙子コレクション」研究会)
科学研究費・挑戦的研究(開拓)「越境する画家、越境する作品世界―富山妙子の軌跡と芸術をめぐる歴史社会学的研究」(課題番号17H06180)

担当:真鍋



登録種別:研究活動記録
登録日時:ThuNov1513:47:462018
登録者 :真鍋・野久保(撮影)・藤岡
掲載期間:20181110 - 20190210
当日期間:20181110 - 20181110