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GW特別集中セミナー 「体育会系イスラーム史家養成講座(中世後期編)」が開催されました

報告

 2017年5月3日から7日にかけての5日間にわたり、集中セミナー「体育会系イスラーム史家養成講座(中世後期編)」が開催されました。この集中セミナーは、東洋文化研究所、東京大学附属図書館U-PARL(アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門)、早稲田大学イスラーム地域研究機構、早稲田大学文学部・文学研究科中東・イスラーム研究コースの共催で、日本学術振興会外国人招へい研究者事業(短期・S17006およびS17002)の助成を受けて開催されたものです。また、東大・シカゴ大戦略的パートナーシップ事業の一環でもありました。

 まず5月3日朝から5日の午前中にかけては、ウォレン・シュルツ教授(デ・ポール大学)による、マムルーク朝を対象とする貨幣学に関するセミナーが開催されました(3,4日は早稲田大学にて。5日は東洋文化研究所にて)。このセミナーは、シュルツ教授私蔵のコインを参加者が実際に触り、実地に検討するという実践的な形で展開しました。参加者は、コインを見る際の手順からコインから何が読み取れるかという問題にいたるまで、貨幣学のイロハを学ぶことができました。

 次に5月5日午後から7日の夕方にかけては、ジョン・ウッズ教授(シカゴ大学)による、「歴史家と科学技術」という題のセミナーが開かれました(東洋文化研究所にて)。これは、歴史研究者はどうすれば西アジア・中央アジアにおける火器の普及過程を跡づけることができるかという問いを出発点とし、火器の普及過程それ自体を考察するだけでなく、その作業を通じて歴史研究の方法論も教授するという内容のものでした。3日目には、受講生を三つのグループに分け、それぞれに課題を与え、史料の検討・討論からグループ発表まで行わせるという取り組みも行われました。

 両セミナーにはともに、国内および韓国から15名前後の参加者がありました。それぞれのセミナーにおいては、参加者による短時間の研究発表も3,4本ずつ行われました。シュルツ教授がシカゴ大学でのウッズ教授の教え子であったということもあり、前半のセミナーと後半のセミナーのつながりもよく、東大・シカゴ大の学術交流という観点からも、シカゴ大学での研究のあり方をよく伝える有用なセミナーになったと思われます。

(文責:森本一夫)

参加者の声(抜粋)

久保亮輔(一橋大学・院;シュルツ教授のセミナーに参加)

 


 本セミナーの最大の特徴は、「貨幣(coin)に実際に触れてどれだけの情報が得られるかを体感せよ」というシュルツ氏の緒言に集約されると思います。普段は文献史料しか用いない私にとっては、当時実際に用いられていたマテリアル(コイン)に触れること自体初めてでしたが、それを「史料」として用いる試みも初めてでした。
 3日間にわたるセミナーではしばしば、シュルツ氏が各受講者のもとを回り、「君には何がみえる?」と問いかけていました。異なる視角からマムルーク朝(ないしイスラム史)に迫ろうとしている我われ歴史学者(ないし歴史学徒)の知見からも、新たな発見を汲み取ろうとする氏の積極的な姿勢が窺えて、双方向的な活発な議論ができたと思います。
 シュルツ氏はセミナーのまとめとして、比較が極めて重要であることを強調していました。実際に、セミナー初日はコインに記された情報をほとんど汲み取れなかったにもかかわらず、最終日にはかなりの情報を汲み取ることが出来るようになっており、受講者が我先にとコインから読み取った情報を共有し合っていました。全体的傾向の中で他の事例との比較の上に特定のコインに迫ることで、そのコインを取り巻くコンテキストも見えてきて、大変エキサイティングな経験をすることが出来ました。そして、このアプローチは、歴史学一般において比較史的観点が重要であることとも通底していると思います。

大津谷馨(京都大学・院;シュルツ教授のセミナーに全参加、ウッズ教授のセミナーに途中まで参加;以下の感想はシュルツ教授のセミナーに関するもの)

 


 セミナーを通じて私が受け取ったシュルツ先生のメッセージは、「歴史家は、自分の専門とする時代・地域の貨幣について基礎知識を学び、貨幣から得られる知見を自らの研究に積極的に生かすべきである」というものです。
 貨幣を史料として扱うことはおろか、触れたことすらない参加者が大半という中で、3日間にわたって、貨幣学の専門家であるシュルツ先生からその基礎を学ぶことができたのは、大変ありがたいことでした。貨幣学の専門用語、貨幣の鋳造方法や計量方法、イスラーム初期からマムルーク朝期までの貨幣史などについての講義は勿論のこと、何よりも、先生の貨幣コレクションの一部を実際に自分の手に取ってじっくり観察できたことが一番勉強になりました。ヒョウの絵が刻まれたザーヒル・バイバルスの銀貨やハマーで鋳造された銅貨など様々な貨幣に触れ、書かれている内容や時代について他の参加者と話し合いながら知識を深めていったことは、夢のような楽しい時間として心に残っています。ある一つの貨幣を分析する際には、その貨幣だけを見るのではなく、先行研究やカタログ、資料集などで示されている同時代の貨幣の特徴と比較しつつ、銘文の内容や鋳造された時代・場所を特定していくことが重要だと体感しました。
 また、主体的に参加しようという気持ちにさせるセミナーの進め方や、パワーポイントでの効果的な情報提示の方法、参加者の名前を覚え、質問に丁寧に答えるといった姿勢からも、研究職を志す身として刺激を受けました。
 今回のセミナーを一度限りのこととして終わらせるのではなく、「より良い歴史家」であるために、貨幣学の最新の成果を知ることを怠らず、貨幣から得られる知見を自分の研究に取り入れていきたいと思います。

水上 遼(東京大学・院;シュルツ教授のセミナーに参加、ウッズ教授のセミナーに参加;以下の感想はウッズ教授のセミナーに関するもの)

 


 ウッズ教授のセミナーは、16世紀に至るまでの西・中央アジアにおける火器使用に関して、ある道具とそれに必要な技術がいかに広まり発展していくかを考察しようというものであった。議論をすすめる過程においては、中国で発明された火薬やそれを用いた火器がヨーロッパやアジア各地に広がり発展していくというグローバルな視座と、各時代の年代記において火器にはどのような単語があてられ、それらの使用がどのような「動詞」によって表現されているかを分析するといった非常にミクロな視座の双方が求められた。このことを通じて我々参加者は、大きな問題を議論する際であっても史料に寄り添い対話しながら考察を進めることがいかに重要であるかを痛感した。年代記中の単語レベルではどのような武器か判然としないものでも、それを「投げる」のか「放つ(射出する)」のかで使用方法を推測できることや、西アジアや同時代のヨーロッパの写本の挿絵などを参照することで形状や用途を明らかにできるということも、研究の方法として非常に示唆に富むものであった。
 また、セミナー二日目には私自身の研究内容について教授の前で報告する機会をいただいた。報告内容は12-14世紀の西アジアの宗教・社会状況に関するものであったが、教授からは様々なアドバイスと励ましの言葉をいただけた。このセミナーを通じて学んだことや、私自身の研究に関する教授からの数々の助言を、今後の研究活動に生かしていきたい。

田中みなみ(九州大学・院;ウッズ教授セミナーに参加)

 


 世界的な研究者であるウッズ先生と過ごした3日間は非常に濃密な時間であり、その充実した3日間の全てを紹介することはできません。
 セミナーでの勉強は興味深いことばかりであり、多くの知見を得ることができました。ウッズ教授の研究に対する姿勢や、研究の手法を目の当たりにできたことは、非常に貴重な経験であり、特に様々な観点からアプローチし、何度も何度も検討していくという教授の研究姿勢は私の心に響いたように思います。 "try and try"という言葉に共感しつつ、言い知れぬ感動のようなものを覚え、それと同時に強く背中を押していただいたような気がしました。また、本セミナーを受ける前まで、私は史料同士の影響を考慮することはどのような史料を扱う際にも重要であろうと漠然と思っていただけにすぎませんでした。しかし、本セミナーを通じて、史料同士の影響をどれほど緻密に考慮するべきなのか、関係の見出し方、引用等から見る関係を通してさらに具体的に見えてくるものがあるということを教わりました。具体的な講義の内容もさることながら、このようなウッズ教授の研究手法をうかがい知れることは非常に興味深いことであり、偉大な研究者であるウッズ教授の研究を覗かせていただけているような気持ちでとても充実しており、かつ文字通り贅沢な体験でした。
 ほかにも特筆すべき点としましては、参加者によるグループワークが挙げられます。ウッズ教授のセミナーではグループワークが実施され、普段個人で研究を行うことが多い私にとってグループで共通の課題に取り組むということは新鮮でした。私以外の参加者の皆様は経験豊富な研究者であり、そのような方々と同じ課題に取り組めたこともまた講義同様非常に有意義な時間であったように思います。
 このように、ウッズ教授に時に導かれ、時に見守られながら過ごしたセミナーは、アクティブであり、エネルギーに満ちたものでした。見渡す限り360度が真新しく、そこら中に気づきの種があるという3日間、そしてあの空間は、私にとってこれ以上にない学びの場でした。今回のセミナーで得た知識や経験を今後、自らの研究に最大限に活かしていきたいです。

開催情報

  東洋文化研究所では、この度、学内外の諸機関と共同で、ウォレン・シュルツ教授(デ・ポール大学)とジョン・ウッズ教授(シカゴ大学)を講師にむかえ、GW特別集中セミナー「体育会系イスラーム史家養成講座(中世後期編)」 を開催する運びとなりました。本セミナーは、2部構成をとり、応募者はいずれか1部のみの参加、もしくは両方の参加を選択することができます。

****** この集中セミナーは東京大学東洋文化研究所、東京大学附属図書館U-PARL(アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門)、早稲田大学イスラーム地域研究機構、早稲田大学文学部・文学研究科 中東・イスラーム研究コースの共催で、日本学術振興会外国人研究者招へい事業(平成29年度・短期・第1回、採択番号: S17006およびS17002)の助成を受けて開催するものです。また、シカゴ大ー東大戦略的パートナーシップ事業の一環でもあります。

日程
第1部:5月3日(水)10:00, 5月5日(金)13:00
第2部:5月5日(金)15:00, 5月7日(日)18:00

場所
5月3日,4日 早稲田大学
5月5日,7日 東京大学東洋文化研究所

使用言語
英語

各セミナーの内容

 

《第1部シュルツ教授セミナー》

Mamluk Numismatics: An Intensive Seminar

Instructor: Warren Schultz

This seminar in Mamluk numismatics will provide the fundamentals of numismatic research, an introduction to the wider field of Islamic numismatics, and a knowledge base of the breadth of Mamluk coinage that will enable future research in this field with confidence. This monetary evidence is a rich source for economic, political, and social history, and the seminar will provide an opportunity for hands-on work with many Mamluk coins. A bibliography will be provided, and daily readings will be assigned. After completion, participants will be familiar with the historiography of the field, be able to identify the various phases of Mamluk coinage, as well as recognize the many different variables that define the more than 1000 known types of Mamluk coins. The seminar is intended for advanced graduate students, recent post-doctorates, and other qualified participants. Knowledge of Arabic is required, as is an awareness of the span of Islamic history, but no previous numismatic experience is required.

Day 1: May 3 10:00-16:30
Session 1:Introduction; Numismatic Fundamentals
Session 2:Minting; Islamic Numismatics Minting; Islamic Numismatics
Session 3:Mamluk Numismatics; Mamluk Gold
Day 1: May 3 10:00-16:30
Session 1:Introduction; Numismatic Fundamentals
Session 2:Minting; Islamic Numismatics Minting; Islamic Numismatics
Session 3:Mamluk Numismatics; Mamluk Gold
Day 2: May 4 10:00-16:30
Session 4:Mamluk Silver
Session 5:Hoards; Metrology Hoards; Metrology
Session 6:Mamluk Copper
Day 3: May 5 10:00-13:00
Session 7:Presentations; Discussion; Conclusion

《第2部ウッズ教授セミナー》

Historians and Technology: The Introduction of Firearms in Iran and Central Asia—Prehistory of the Gunpowder Empires

Instructor: John Woods

This seminar will focus on issues of military and technological history as presented in Arabic, Persian, and Turkish sources down to the beginning of the 16th century after which the use of firearms by the Ottomans, Safavids, and Mughals is well-attested. We will examine the scholarly literature on the types of weaponry used in Islamic lands from the 11th through the 15th century. The Encyclopaedia of Islam articles “Barud” and “Hisn” will be scrutinized along with the monographs of David Ayalon and J. R. Partington. Issues of comparative history and technological diffusion will be addressed through reading and assessing such works as Joseph Needham’s Science and Civilization in China. Selected Arabic, Persian, and Turkish narrative and encyclopedic sources will be excerpted, considered, and analyzed. (A bibliography and selections will be provided.) Finally, visual evidence will also be utilized to attempt to come to some conclusions about the nature of military technology in the period under consideration.

Day 1: May 5 15:00-18:00
General Introduction to the Subject of the Seminar, Sources and Resources, Approaches and Methodology, etc.
Day 2: May 6 10:00-18:00Day 2: May 6 10:00-18:00
Session 1, 2, 3
Day 3: May 7 10:00-18:00
Session 4, 5, 6

*スケジュールの詳細は、講師の判断により変更される場合があります。

*いずれの部においても、日程のなかに、適宜、参加者の研究報告(英語;10分程度+質疑)の時間を設ける予定です。報告内容は報告者の研究テーマに関するものを想定しており、セミナーのテーマと関係する必要はありません。

*2015年5月に開催された類似のセミナーの様子について、http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/news.php?id=WedMay201539192015をご覧下さい。参加者の声はhttp://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/news.php?id=WedMay201539192015

担当:森本



登録種別:研究活動記録
登録日時:ThuJun0810:43:252017
登録者 :森本・藤岡
掲載期間:20170503 - 20170803
当日期間:20170503 - 20170507