2026年7月23日、東京大学東洋文化研究所にて、東文研セミナー/SSUフォーラム「国際秩序論のグローバル化を目指して―東アジア国際関係の歴史を手掛かりに」が開催された。本セミナーは、本年1月にRoutledgeより刊行されたJapan and the As-If International Systems: Strategic Performance in a Plural Worldの出版を契機として企画されたものであり、著者である足立研幾立命館大学国際関係研究科教授が報告を行った。討論者として高橋慶吉大阪大学大学院法学研究科教授と向山直佑東京大学未来ビジョン研究センター准教授を迎え、佐橋亮東京大学東洋文化研究所教授が司会を務めるとともに討論に参加した。セミナーは対面とオンラインを併用したハイブリッド形式で実施され、対面で20名、オンラインで55名の参加があった。
足立教授は冒頭、本書執筆の背景として、日本には東アジア国際関係を多面的に検討するための豊富な史料が蓄積されていると説明した。中国・日本・朝鮮の史料に加え、16世紀以降の西洋諸国の記録も利用することで、ヨーロッパの経験に依拠しがちであった既存の国際関係論を再検討し、非西洋の歴史的経験から「国際システム」や「国際秩序」の概念を捉え直すことが本書の目的であると述べた。
続いて足立教授は、本書の中心概念である「As-If」について説明した。「As-If」行動とは、ある権威や規則を実際に内面化していないにもかかわらず、貿易や正当性などの利益を得るために、あたかもそれを受け入れているかのように振る舞う戦略的な実践を指す。これは一方的な欺瞞ではなく、当事者双方が解釈の相違を認識しながら、平和、経済的利益、正当性などのために曖昧さを許容する関係として理解される。こうした実践が反復され、予測可能な相互作用のパターンとして定着したものが「As-If International System」である。足立教授は、共有された規範や圧倒的な強制力が存在しない場合であっても、戦略的なパフォーマンスの継続によって、一定の秩序が形成され得ると論じた。
歴史的事例として、日本と中国、朝鮮諸国との関係が取り上げられた。日本による中国への朝貢は、中国皇帝への全面的な臣属ではなく、貿易や国内的正当性などを得るための戦略的なパフォーマンスとして位置づけられた。また、日本は独自の秩序観を形成し、朝鮮諸国も軍事的・経済的利益を得るために日本への従属を演じることで、中国中心の秩序と日本中心の秩序が重層的に共存していたと説明した。
足立教授は、こうした歴史的経験が現代の国際秩序を考える上でも示唆を持つと論じた。「As-If」行動は、単に選択を先送りするヘッジングとは異なり、当事者が互いに許容可能なパフォーマンスを反復することで、対立を管理可能な状態に置く秩序形成であると説明した。また、2014年の日中4項目合意や現代の主権国家システムを例に、その考え方が現在の国際秩序にも見られると指摘した。
討論において、高橋教授は、前近代東アジアで「As-If」が顕著に機能した背景として、中国が儀礼的秩序への参加を重視しながらも、実際の運用には一定の柔軟性があった点を指摘した。その一方で、曖昧さの許容が後の対立につながる可能性や、足立教授がこれまで提示してきた規範研究と「As-If Engagement」との関係について質問した。これに対し足立教授は、両者には共通する論理があるものの、従来の研究が人間の安全保障など個別の問題領域を対象としていたのに対し、本書では国家間関係や国際システム全体を分析対象としていると説明した。また、「As-If」の負の側面は従来の研究でも多く論じられてきた一方、本書では秩序形成や安定維持に果たす積極的な役割に着目したことを強調した。
向山准教授は、史料から主体が規範を「本心では信じていない」と判断することの方法論的困難を指摘した。また、日本が「As-If」による参入と離脱を選択できた背景には、中国との地理的距離があったのではないかと論じた。さらに、戦略的計算や経済的実利を重視する説明は、既存のリアリズムやリベラリズムでも可能であり、「As-If」という概念が何を新たに付け加えるのかを問うた。足立教授は、規範の内面化の有無を直接観察することは難しいものの、朝貢の中断など、環境の変化に応じて規則から離脱する行動から推認できると応答した。また、「As-If」の特徴は、一回限りの戦術的行動ではなく、打算的な実践が反復され、予測可能な相互作用として定着することにあると説明した。
佐橋教授は、「As-If」によって形成される秩序をどのような意味で「平和」と評価できるのかと問題提起した。価値や規範の共有を伴う積極的な平和とは異なり、それは根本的な対立を解決するものではなく、対立を管理可能な範囲にとどめる秩序ではないかと指摘した。これに対し足立教授は、「As-If」による秩序が価値の共有を伴うものではないことを認めつつも、異なる価値観を持つ主体が数世紀にわたり大規模な衝突を回避し、安定した関係を維持したことには重要な意味があると応答した。問題を最終的に解決できない場合であっても、異なる解釈を許容しながら一定の実践を継続することは、機能的な秩序として評価できるとした。
質疑応答では、「As-If」行動と規範の内面化との関係や、覇権移行期におけるその有効性などが論点となった。これに対し足立教授は、「As-If」が成立するには相手の異なる解釈を許容する一定の余裕が必要であると説明した。その上で、交流や会談というパフォーマンスを継続することは、正面衝突を避けるだけでなく、長期的には認識の共有や信頼醸成につながる可能性があると述べた。
日時:2026年7月23日(木)13:00〜15:00
会場: Zoomウェビナー
使用言語:日本語
報告者:足立研幾 立命館大学国際関係研究科 教授
討論者:
高橋慶吉 大阪大学大学院法学研究科 教授
向山直佑 東京大学未来ビジョン研究センター 准教授
司会: 佐橋亮 東京大学東洋文化研究所教授
主催:
・東京大学東洋文化研究所
・東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット
共催:
・JSPS科研費基盤研究(B)プロジェクト「東アジア国際秩序の歴史的形成過程:非西洋国際関係理論と地域研究の接合」(24K00224)
・東京大学国際政治研究会