2025年10月22日、東京大学において、「ヘッジングを超えて? トランプ2.0時代におけるインド太平洋政治の再連携と東南アジア諸国の対応」と題するセミナーが開催され、マレーシア国民大学のチェン–チュウイ・クイック教授(日本財団JFSEAP招聘フェローとして京都大学で在外研究中)が報告者として登壇した。対面約30名、オンライン約70名、合わせて約100名が参加した。
本セミナーは、東京大学東洋文化研究所および東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニットとの共催であり、日本学術振興会(JSPS)科研費プロジェクト「東アジア国際秩序の発展における歴史的過程:非西洋国際関係論と地域研究の接続」の一環として実施された。
クイック教授はまず、非大国が大国と対峙する際の立ち位置や行動選択を規定する「連携(alignment)」の類型を提示し、それを二つに分類した。すなわち、(1)同盟を対外政策の基軸とする「同盟第一(alliance-first)」と、(2)同盟を避け、包摂的な「同盟なき連携(alignments without alliance)」を志向する「同盟アレルギー(alliance-allergic)」である。前者には日本、韓国、フィリピンが含まれ、後者には多くの東南アジア諸国およびグローバルサウス諸国が該当する。
クイック教授によれば、連携とは国家間パートナーシップであり、(1)利益の収斂、(2)制度化された協議・調整、(3)相互運用性の向上という「3つのC」に基づく。同盟はその最上位の形態であり、安全や繁栄といった便益をもたらす一方、自律性を制約する。他方、東南アジア諸国を含むグローバルサウス諸国は、植民地化の歴史、国内政治の力学、大国間競争に由来する構造要因により、同盟なき連携を選好する傾向にある。
次にクイック教授は、各国の選好が異なるにもかかわらず、「同盟プラス(alliance-plus)」や「連携プラス(alignment-plus)」といった協力の再連携を通じて、両者がより緊密に協働し得る点を指摘した(例:日本のOSA)。実際、米中対立の激化と不確実性の増大を特徴とするトランプ2.0時代の構造変化の中で、インド太平洋地域では多様な再連携(realignments)が生じている。「同盟プラス」の例としては、QUAD、AUKUS、そして注目が高まるIP4が挙げられる。インドは(同盟第一型の日本、豪州、米国とともに)QUADの一員であるが、従来から同盟アレルギーの立場をとり、今後も維持すると見られている。グローバルサウスに広く見られる他の同盟アレルギー国家と並んで、インドおよび大多数の東南アジア諸国は、互いの間で、さらには他のグローバルサウス諸国、さらには同盟第一の国家とさえ、複数の包摂的な「アラインメント・プラス」パートナーシップを構築・模索してきており、その結果として、「非同盟」という目標を維持する手段として、能動的・適応的・包摂的な「マルチ・アラインメント(multiple alignments)」を用いている。非連携とは「立場を定めない」ことではなく、「どちらの側にもつかない」という積極的選択である点が重要である。
こうした行動は一般に「ヘッジング」と呼ばれている。クイック教授によれば、ヘッジングとは、高リスク・高不確実性の状況で、相反する姿勢や行動を同時に取ることでリスクを軽減・相殺しようとする、本能的な保険行動である。その主な特徴として、(1)積極的中立性(台湾海峡・南シナ海といった潜在的ホットスポットにおいていずれの大国にも与しない)、(2)包括的多角化(安全保障・経済・開発において関係するすべてのプレーヤー国と協力)、(3)適応的相殺行動(大国に対し、関与と抑制、服従と反発を組み合わせることで選択肢残し、大国間力学の現実がいっそう予測困難となるなかで、選択肢を開いておくことを念頭に、代替策へと機動的に切り替えられる余地を確保する)が挙げられる。
討論者の佐竹知彦(青山学院大学 国際政治経済学部 准教授)は、次の三点を提示した。(1)中国の脅威拡大と米国の不確実性のなかで豪州がヘッジングとバランシングを行き来してきたことを踏まえ、日本は中国への経済依存と米国への安全保障依存を抱える中で、両者の境界をいかに見定めるべきか。(2)ミニラテラリズムが大国行動の制度的拘束や戦略的ショックの緩和としてどのような意味を持つのか。(3)ASEAN内で対中対応が分岐する中、中国の台頭に対し集団的ヘッジングが可能か。
続いて討論者のアントワン・ロート(東北大学 法学研究科 特任フェロー)は、(1)ヘッジングは秩序移行期に特有なのか、それとも安定的な多極秩序でも有効なのか、非同盟とどう異なるのか、(2)国内政治や指導者の選好を理論の中でどう位置づけるべきか、(3)異なる脅威認識と国家目標を持つ東南アジア諸国の多様な対外行動を、一律にヘッジングと呼ぶ妥当性、の三点を挙げた。
討論者および参加者からの質問を受け、クイック教授は回答を三つの観点に整理した。第一に、ヘッジングは国際関係論の研究における新しい概念ではあるものの、国家行動としては新しいものではない。実際、ヘッジングは本能的な人間行動であり、高リスクかつ高い不確実性の状況下で繰り返し現れる行動論理として存在してきた。第二に、指導者の選好や認識が一定の役割を果たすとはいえ、最終的に国家の連携(アラインメント)選択を形づくるのは、構造的要因と国内要因の組み合わせである。すなわち、構造的条件は国家が「ヘッジするか、いつヘッジするか」を主として説明し、国内要因は国家が「なぜ、どのようにヘッジを異なる形で行うのか」(たとえば、強いヘッジングと弱いヘッジングの違い)を説明する。第三に、東南アジアにおける多様な行動は、ヘッジングのさまざまな表れにすぎない。東南アジアでもその他の地域でも、ヘッジングが選択されるのは、それが理想的であるからでも万能薬であるからでもなく、明確で差し迫った脅威に直面せず、かつ信頼できる同盟的支援が見込めない国家にとって、ヘッジングがバランシングやバンドワゴニングといった硬直的な選択肢よりも「より受け入れやすい」または「より不都合が少ない」選択肢だからである。
最後に司会の佐橋亮教授は、クイック教授のヘッジング概念の説明が、一つの理論を超え多面的な含意を持つ新たな語彙を提示した点を強調し、非常に刺激的な議論であった