本セミナーでは、これまで体系的な考察が十分になされてこなかったネパール・マッラ朝時代の碑文について、校訂と翻訳が示された。碑文は、数詩節から成るサンスクリット語の韻文とネワール語による散文から構成されている。韻文部分には南アジア古典詩に見られるシャールドゥーラヴィクリーディタ韻律が用いられていることが紹介され、講義では実際にその朗誦も披露された。
サンスクリット語部分では、ヴァジュラ・ヨーギニー女神への讃歌の中に、比喩表現・長大な複合語・同種音の反復など、サンスクリット美文学の特徴が豊富に見られ、ネパールにおける南アジア・サンスクリット美文学の伝統の受容を示すものとしても興味深いものであった。
また、碑文の歴史的・宗教的意義についても考察が行われ、ネパール王朝が仏教的な神格とシヴァ教伝統の関係をどう捉えていたかという問題や、ヒンドゥー教を奉じる王が仏教的な守護女神を崇敬する背景など、ネパールの宗教文化と王権との関係が論じられた。
質疑応答では、碑文装飾に見られるヴァジュラの象徴的意味、リッチャヴィ朝との歴史的な連続性、ネパールにおけるヴァジュラ・ヨーギニー女神やウグラ・ターラー女神と王権との関係、さらに広い仏教史・仏教学の観点から見た研究の意義など、多岐にわたる論点について活発な議論が交わされた。
海外研究者の参加も多く、会の終了後も参加者同士が意見交換を続ける姿が見られた。総じて、国際的な研究交流の場として大変有意義な機会となった。【参加人数】日本:2名 海外:8名
講師:Pongsit Pangsrivongse (Department of South Asian, Tibetan and Buddhist Studies, University of Vienna, Austria)
日時:2026年7月31日(金)15:00–16:30
会場:東京大学東洋文化研究所3階大会議室
司会:川村悠人(東京大学東洋文化研究所、准教授)