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東文研セミナー「獣害問題を民俗学から考える—在来知と科学的管理の交錯」

日 時: 2015年11月14日(土)13:00〜

会 場:東京大学東洋文化研究所3階 大会議室

発表者:
  近藤祉秋(アラスカ大学大学院)
  合原織部(京都大学大学院)

コメンテーター:
    田口洋美(東北芸術工科大学)
    奥野克巳(立教大学)

コーディネーター:
  菅豊(東京大学)、塚原伸治(茨城大学)、 近藤祉秋(アラスカ大学大学院)

趣旨:
 近年、過疎化の進行にともない、様々な地域で獣害が深刻な社会問題となっている。平成20年の調査によれば、獣害にまつわる経済的損失は、日本全国で200億円弱にのぼった。この問題に関して、生態学、動物行動学、環境社会学、農学など、様々な分野からのアプローチが試みられており、人と動物の関係学という枠組みに接続される形で重要な学際的テーマとして浮かび上がっている。このテーマは人獣交渉を論じてきた民俗学においても重要であるだろう。
 人と動物の関係をめぐる議論が学際化する背景を理解する上で、「伝統的生態学的知識」(Traditional Ecological Knowledge :略称 TEK)論をおさえておく必要がある。その議論においては、これまで「迷信」、あるいは「時代遅れの習慣」とみなされてきた「伝統」的な知識や実践(民俗学の研究対象)を、開発の現場に取り入れることで、 地域主体の持続可能な資源管理を実現できると謳われてきた。日本で喧伝されている、いわゆる「里山」における資源利用を一面的に評価し、礼讃する動きなどがその好例である。保全生態学などの自然科学者、あるいは環境政策学者などの応用学者が主役を演じてきた資源管理に対して、現地社会の代表者や現地の事情を知る民俗学者/文化人類学者が、共同管理におけるステークホルダーとして発言の機会を与えられるようになってきたのである。
 安易なTEK礼賛には批判も多い。例えば、一部のTEK論者は「伝統的生態学的知識」と「科学的知識」の統合を説くが、在来の知識・実践は、科学者や行政によって、自らの主張や政策を遂行する上で、都合の良い「お墨付き」として利用されることがある。いかにも在来の人びとを尊重し、その価値を高く評価するように見せかけているが、その実、都合のよいところを「つまみ食い」しながら、自らの主張と整合的に環境ストーリーを構築する場合がある。
 しかし、TEKが先住民などの社会的に周辺化された集団のエンパワーメントと結びつけられて論じられてきたこともあり、現地社会がこうした動きを積極的に活用するという状況も生まれていることは、問題をより複雑にしている。 つまり、在来知と科学知の断絶、あるいは反対に意図的な誤った接合などを指摘するのは容易い一方、両者が戦略的に恊働したり、交流を深めたりするポジティブな状況が生まれてきているのである。
 本研究会では、狩猟にまつわる在来知・在来実践に焦点をあてることで、在来知と科学知をめぐる議論を補助線としながら、獣害問題に民俗学者、文化人類学者がどのような視点を提供することができるかを考えたい。

(文責:近藤祉秋)

 


近藤祉秋(アラスカ大学大学院)
「内陸アラスカにおけるサケ類の減少問題と資源管理:TEKの「つまみ食い」を超えて」

 狩猟と漁撈を生業基盤とする内陸アラスカのアサバスカン社会にとって、「獣害」はサケやヘラジカなどの食用動物に対する補食・繁殖阻害としてあらわれる。現在、サケ、ホワイトフィッシュをはじめとする内水面漁撈の対象種が減少していることが大きな問題となっており、現地では商業漁業による混獲、環境汚染(放射能汚染を含む)、ビーバーの激増が原因とみなされている。しかし、原因の究明にあたっている、州政府の科学者(魚類学者)は、在来知を重視しようとする現在の方針にも関わらず、増え過ぎたビーバーダムが魚の遡上・移動を妨げているという現地人の見解を真剣に検討することはない。なぜなら、最近の研究では、ビーバーによる周辺環境の改変によって、魚の生育にとって好影響がもたらされる可能性が指摘されているからだ。
 本発表では、アラスカ州クスコクイン川上流域のサケの遡上地におけるクマの待ち伏せ猟、およびその際におこなわれるビーバーダムの小規模な破壊を事例として、科学的知識生産の補助線として在来知を「つまみ食い」するのではなく、その在来知が依拠する実践へのホリスティックな着目が重要であると主張する。


合原織部(京都大学大学院)
「宮崎県椎葉村における猿害対策と狩猟」

 本発表では、宮崎県椎葉村における獣害現象のなかでも、10年ほど前からニホンザルによる被害が深刻化した松尾地区の旧岩宿集落、野地・竹の八重集落に着目し、野生生物管理における行政の介入が、サルの祟りを語り継いできた猟師や他の村人にどのように受け取られ、どのような具体的な駆除実践に結びついてきたかを報告する。イノシシ猟を盛んにおこなってきた当該地区の猟師たちは、伝統的に狩猟対象ではなかったニホンザルを相手にする際に苦難を経験してきた。そのような状況に際して新しく導入された大型捕獲囲い罠とそれをめぐる一連のやりとりを事例として、在来知と科学知の錯綜した関係を論じたい。


■主催/共催:現代民俗学会、科研「現代市民社会における『公共民俗学』の応用に関する研究—『新しい野の学問』の構築—」(代表者:菅豊)、科研「動物殺しの比較民族誌研究」(代表者:奥野克巳)

担当:菅



登録種別:研究会関連
登録日時:FriNov1312:20:162015
登録者 :菅・金子・藤岡
掲載期間:20151113 - 20151114
当日期間:20151114 - 20151114