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東文研シンポジウム「越境する画家、越境する作品世界―トランスナショナル連帯における富山妙子の画業について」が開催されました

 報告

 「富山妙子コレクション」研究会および科学研究費・挑戦的研究(開拓)「越境する画家、越境する作品世界―富山妙子の軌跡と芸術をめぐる歴史社会学的研究」(課題番号17H06180)プロジェクトの主催で、本国際学術シンポジウムが開催された。

 司会者の成蹊大学法学部李静和教授が会のはじめに、李静和氏が尊敬をもって富山妙子氏と直接会ったときに感じた、植民地の女性たちに対する富山氏の「礼儀」を鍵として、富山氏が少女時代を過ごした植民地での経験と画家の社会・芸術活動を理解するに際して重要な「越境」という言葉が持つ意味とその固有性について解説を加えた後に、シンポジウムの登壇者たちへとマイクを手渡した。

 

  はじめに本プロジェクトの研究代表者である東京大学東洋文化研究所の真鍋祐子教授が登壇した。真鍋氏は「富山妙子コレクション」研究会および本科研費プロジェクトの成立に至るまでの経緯を説明し、富山妙子氏の活動を時代ごとに解説した。本シンポジウムの続く二人の登壇者たちの紹介をした後に、富山妙子氏の作品が持つナラティブ・アートとしての性質を「シュルレアリスムにおける対蹠地点」という視点から『ガルンガンの祭りの夜』(1984)、『櫻下幻影』(1997)についての分析を発表した。

  次に、東京大学総合文化研究科、李美淑特任助教が登壇し『1970~1980年代における「日韓連帯運動」と富山妙子―その越境性をめぐって』を発表した。李美淑氏は1. 韓国の民主化運動と日韓連帯運動、2. 日韓連帯運動における富山妙子の作品の位置、3. 越境する作品世界と連帯とテーマを三つに分け発表を行った。1.では民族解放と南北分断の時代から1980年の光州事件に至るまでの韓国の歴史を俯瞰し、その中で展開された韓国民主化のための運動が、米国、ドイツ、日本といった韓国外にいる団体との連携関係によって機能し展開されていたことを「トランスナショナルな公共圏」という概念を基に実証的に解説した。2. では富山妙子氏の韓国民主化運動の中で実際に活動した側面、またもう一方で広義の芸術活動を通じてコミットした点を具体的に紹介した。3. のまとめでは富山氏が複数の芸術家たちと協働し製作した、スライド『しばられた手の祈り』(1976)が複数の言語に翻訳された点に言及した。今後のプロジェクトの中でも課題となりうる異なる言語空間における運動の連帯の可能性と文化を通じた相互理解の可能性に関する問題提起であった。

  三番目に、ドイツのルール大学ボーフム名誉教授イルゼ・レンツ(Ilze Lenz)氏と、通訳を務めるベルリン女の会の浜田和子氏により『ベルリンの富山妙子―山と海の記憶』の発表があった。先立って李美淑氏が示唆した「トランスナショナルな公共圏」を具体的に語るような、ドイツでのフェミニズム運動の進展の経緯、またレンツ氏自身のアジアとのかかわり、また富山妙子氏との関係を90分にわたり発表した。
 第一にレンツ氏が生きた時代、主に1970年代初頭のドイツにおいてまだ支配的であった男性中心主義的な運動の場に代わる、女性の場を作る必要性があったこと、また女性同士が自由に語り合い、共同制作、情報交換、相互理解、エンパワーメントをするための「女性画廊」を立ち上げた事実を述べた。また社会的な背景を受けドイツに渡った在独韓国人女性が立ち上げたグループの存在、浜田和子氏が立ち上げにかかわった在独日本人グループ「ベルリン女の会」の設立、そしてレンツ氏が1982年に企画した富山妙子氏の展覧会、在独韓国人女性グループと在独日本人女性グループが出会い、レンツ氏もそこに立ち会うという、ドイツにおけるトランスナショナルな女性たちの協働の記憶についても語られた。
 続いて、レンツ氏のアジアとの関係に話題が移る。1977年富山妙子氏も発起人となった「アジア女たちの会」と出会い、富山妙子氏と直接会った際に、彼女の他者との壁を築かないアティチュードにふれ感銘を受けたこと、また運動に芸術が介入する可能性に関してインスパイアを受けたことを語った。また、その出会いの後、レンツ氏は1978年、韓国でのトンイル(東一)紡績労組の女性労働者の運動に連帯し、彼女らの運動を国際的に知らしめるための記事を複数の媒体に紹介したことを証言した。
 最後に、富山妙子氏の作品世界について言及し、彼女の作品とは、単に過去に会った暴力を再現するのではなく、その暴力の残酷さ、死、痛みを想起させるという性質を持つものだということを述べ、富山氏の作品の視覚言語をもう一度読み解こうと提起した。


Ilse Lenz教授と通訳の浜田和子氏

花崎皋平氏

高橋悠治氏

イトー・ターリ氏

  最後の質疑応答の時間も60分に及び、会場に訪れた富山妙子氏と活動を共にした方々から、本プロジェクトを鼓舞する様々な個人的な経験が語られたことが印象に強く残る。1970年代富山氏が立ち上げた「火種プロ」設立以降の「しばられた手の祈り」をはじめとするスライド上映会が全国的に展開したことの記憶、アジアン・フェミニスト・アートと富山氏とのかかわり、いくつかの本の装丁となった作品の思い出など自由な発言が飛び交った。また、富山妙子氏の創作方法にかかわる技法的な視点への質疑応答、富山氏の作品へのアクセスの方法にはどのような手段があるのかといった若い世代からの質問もあり、豊かな言葉の交換の場が持たれた。
 シンポジウムは約4時間半におよび、40名あまりの来場者があった。登壇者諸氏によるプロジェクトの課題を共有するにふさわしい発表内容と、来場された方々の熱に満ちた言葉のかけあいは、数年間続く本プロジェクトのキックオフにふさわしいものとなった。なによりも富山妙子氏が続けてきた活動、また続けている活動を受け取り、作品やそれにかかわった様々な出来事を触媒としながら、私たちが今生きている場を再帰的に捉えなおすことの意義を確認できた貴重なシンポジウムとなった。

報告: 東京外国語大学大学院博士後期課程・高際裕哉 (同科研研究協力者)



当日の会場の様子

開催情報

日時:2018年3月19日(月) 13:00~17:00

会場:東洋文化研究所 大会議室(3階)

使用言語:日本語、ドイツ語(逐次通訳付き)

概要:
 私たちは2014年度より、画家の富山妙子氏(1921年~)から真鍋研究室に寄贈された資料をもとにした研究プロジェクトを東洋文化研究所付属東洋学研究情報センターの中に立ち上げ、資料整理とデータベース構築の準備を進めてきました。あわせて、画家の歴史的経験がその作品世界にどのように結晶したのか、作品が画家の手元を離れた後、それが包含するメッセージは世界の歴史に対しいかなる影響を及ぼしたのか、という問題意識のもと、日本のみならず、韓国、中国、ドイツ、アメリカ、ラテンアメリカ諸国、タイ、フィリピン等にまで射程を伸ばした歴史社会学的研究へと乗り出しました。このたびのシンポジウムは私たちのプロジェクトのこれまでとこれからについて、そして何よりアジアを抱きつつ一世紀を生き抜いてきた富山妙子という稀有な画家の人生と画業について、広く学界、画壇の内外に知っていただくためのキック・オフの機会と位置づけ、開催するものです。
 まず研究代表者による開会あいさつと趣旨説明の後、1970~80年代トランスナショナル連帯における富山妙子の画業の意義について、韓国民主化運動と日韓連帯の関係に焦点を当てた李美淑報告が行われます。その後、特別講演として、80年代初頭、欧米圏で初めて富山妙子の個展を実現させ、在独韓国人社会に大きなインパクトを与えると同時に、フェミニズム運動を結節点として在独の韓国人と日本人を結びつけ、「ベルリンの女の会」結成の仕掛け人となった社会学者Ilse Lenz氏による証言を交えたお話をうかがいます。

プログラム

12:30〜開場
13:00~13:30真鍋祐子(東京大学)
開会あいさつ―「富山妙子コレクション」研究会の紹介とシンポジウムの趣旨
13:30~14:00李美淑(東京大学)
1970~80年代における「日韓連帯運動」と富山妙子―その越境性をめぐって
14:00~14:10休憩
14:10~16:00Ilse Lenz(ルール大学ボーフム・名誉教授)
ベルリンの富山妙子。山と海の記憶
Tomiyama Taeko in Berlin. Das Gedächtnis der Berge und Meere
*通訳:浜田和子(ドイツ語通訳者、「ベルリンの女の会」会員)
16:00~16:10休憩
16:10~16:50質疑応答
16:50~閉会あいさつ

【司会】 李静和(成蹊大学)

【講師紹介】
Ilse Lenz(イルゼ・レンツ)
ドイツの社会学者(社会構造論、ジェンダー研究)。
ルール大学ボーフム・名誉教授。ゲーテ大学フランクフルトで主幹教授を務める。
主要な研究領域はジェンダーとグローバル化。
ドイツおよび日本の女性運動、ジェンダー・階級・エスニシティ、ジェンダーと労働、などのテーマに取り組んでいる。
論著多数。
最新の業績は以下のとおり。
・ Lenz, Ilse; Mae, Michiko: The Women’s movement in Japan. Equality, Difference, Participation. Wiesbaden: Springer VS 2018.
・Lenz, Ilse: Gender, Migration, Future. How Germany is Changing. Leverkusen 2018.
・Lenz, Ilse et al. (ed.): Gender in flexibilised capitalism. New InEqualities. Wiesbaden: Springer VS 2017.
・Lenz, Ilse :Equality, difference and participation: Women's movements in global perspective. In: Berger, Stefan, Nehring, Holger (ed.): Social movements in global historical perspective. London: Palgrave, 2017, 449–483.

*どなたでもご参加いただけます。
*事前申し込み不要、参加は無料です。

問い合わせ先:真鍋祐子(manabe[at]ioc.u-tokyo.ac.jp、[at]を@にしてご使用ください)

主催:「富山妙子コレクション」研究会
    科学研究費・挑戦的研究(開拓)「越境する画家、越境する作品世界―富山妙子の軌跡と芸術をめぐる歴史社会学的研究」(課題番号17H06180)

共催:東洋文化研究所(IASA), 東洋文化研究所付属 東洋学研究情報センター(RICAS), 東京大学 日本・アジアに関する教育研究ネットーワーク(ASNET)

協力:東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト4「多文化共生社会をプロデュースする」

担当:真鍋



登録種別:研究活動記録
登録日時:FriMar2317:11:392018
登録者 :真鍋・李美淑・野久保(撮影)・藤岡
掲載期間:20180319 - 20180619
当日期間:20180319 - 20180319