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菅豊教授が日本民俗学会・ドイツ民俗学会共催国際シンポジウム“Perspectives and Positions of Cultural and Folklore Studies in Japan and Germany”(ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン)で講演

報告

 菅豊教授が、2016年10月28−29日にドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(Ludwig-Maximilians-Universität München)民俗学・ヨーロッパ民族学研究所(Institut für Volkskunde/Europäische Ethnologie)で開催された、日本民俗学会・ドイツ民俗学会共催国際シンポジウム“Perspectives and Positions of Cultural and Folklore Studies in Japan and Germany”において、“Quiet Violence : Urban rivers, hidden walls, and vulnerable populations in Japanese society”と題して講演を行いました。さらに講演後、民俗学におけるホームレスへの直接調査の可能性と課題や、弱者排除システム、さらに排除に寄与するモノのエージェンシーに関する世界の都市比較研究の可能性について活発な議論が交わされました。

講演要旨

  市民社会が成熟するにつれて、政策立案やその実施の過程に、市民の民主的な参加が促されるようになってきた。政府などの公共部門(public sector)が政策立案や実施の権能を独占し、それらを「上から」主導する統治から、社会の多様なアクターが主体的に協力しながら、「水平的に」意思決定や合意形成に関与する協働的統治(collaborative governance)へと、統治のあり方が少しずつ移行されてきているのである(Ansell and Gash 2008, Jos 2016)。
 本講演の検討対象である日本の河川でも、かつては政府がその管理を独占し、市民たちを管理の場から排除していた。治水や利水の専門家の科学的意見を取り入れた河川政策では、その河川流域の住民たちの意見は、ほとんど汲み上げられることはなかった。ところが、近年、協働的統治の理念が広まることにより、河川管理の当事者(stake holder)として市民が認知され、尊重されるようになった。その結果、河川環境に関する施策の立案や決定のさまざま段階で、市民の意見が反映されるようになり、また河川環境の整備活動に、直接市民が参加できるようになったのである。政府と市民は敵対するのではなく、「仲間」として手を携えるようになった。
 しかし、現代社会で高く評価されているこの崇高な協働の理念の背景では、実は別の問題が生み出されている。開放的で民主的、協働的という統治理念はいかにも素晴らしいが、実際の統治の場では、その理想は完全には実現されてはいない。いや、むしろ政府と市民との協働の輪が形成される背景で、その輪の中から特定の一部の人びと—社会的弱者—を排除してしまうという、新たな状況が生み出されている。この問題が厄介なのは、以前より進歩したはずの統治の仕組みによって、そのような社会的弱者の存在と、その排除が見えにくくなっている、あるいは隠蔽されていることである。そして、さらに厄介なのは、かつて力がなかった市民が、政府と手を組んで力を得ることにより、排除する側に無自覚に立ってしまったことである。
 本講演では、日本の首都・東京の都市河川を題材に、協働的統治という崇高な理念が掲げられる社会の裏側で、社会的弱者の排除が隠蔽されている状況について明らかにする。その川はかつて汚染され、人びととは縁遠い存在であったが、美化され整備されることによって、多くの市民がそこに集まるようになった。しかし、美しくなったその川から、ホームレスたちなどの社会的弱者が排除されている。ただし、彼/彼女らは、警官やガードマンたちによって騒々しく川から追い出されるのではなく、日常的な場や風景に密かに配置された普通のモノ(ロマンティックなベンチや美しい花壇)によって、静かに追い出されている。そしてその排除には、一般市民も重要なアクターとして参加している。しかし、その市民は自分たちが社会的弱者を排除していることを自覚していない。そこには、弱者排除行為を別の美しい名目に置き換えて、非人間的な行為を目立たないようにして、その排除に多くの市民を動員する絡繰りが存在している。

当日の様子



登録種別:研究活動記録
登録日時:MonNov1413:47:182016
登録者 :菅・川野・藤岡
掲載期間:20161029 - 20170129
当日期間:20161028 - 20161029