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東文研シンポジウム「「砂漠の探究者」を探して―女性たちと百年」第四回研究会が開催されました

報告

 本研究会は20世紀初頭に女性やジェンダーを論じた人々に注目し、その著作や活動、生き様を知ることで、当時何が問題となっていたのか、その後100年の間に何が変わり、何が変わらなかったのかを考えることを目指して開催されるものである。前回に引き続き、前半には、ライラ・アハメド著『イスラームにおける女性とジェンダー』(2000年出版の邦訳版)の読書会を行なった。

 読書会二回目にあたる今回は、第2部「基礎となる言説」第3章 女性とイスラームの勃興、第4章 過渡期を対象とした。レジュメ作成を保井氏が、コメントを亀谷氏が担当した。

 保井氏によると、第3章、第4章においてはそれぞれ、イスラーム化する以前(ジャーヒリーヤ時代)と、社会がイスラーム化してゆく過程において、女性の地位や結婚制度にどのような変化が起こったか、そしてイスラーム定着から100年が経過した社会、特にアッバース朝のヘゲモニーに至るまでに、社会のジェンダー秩序がどのように変化したかが述べられていた。

 各章の要約を行ったあと、保井氏は、アハメドが「女性の主体性の存在があったかどうか」という点をもって社会の女性に対する寛容性を判断していることを指摘し、「イスラームが女性差別的であるか」という宗教そのものを論じるのではない、当時の女性の生き様に着目してイスラームを論じるその姿勢に賛同する旨を述べた。

 しかし同時に保井氏は、セクシュアリティを専門とする立場から、本書に通底している異性愛主義に異議を唱え、従来の中東研究における男性中心主義的な歴史記述に不満を覚えるアハメドですらも、その記述においては一貫して同性愛女性が不可視化されていることを指摘した。この論点を受け、オーディエンスのなかでイスラーム研究における同性愛の扱いに関する議論が沸き起こった。

 コメンテーターの亀谷氏からは、初期イスラーム時代史におけるジェンダーについての歴史学的分析についての解説があった。イスラームの勃興が女性の地位に与えたインパクトについては、肯定的、否定的、無影響という三つの見方があり、アハメドはこれらを並列的に描きながらも、アッバース朝期の女性の地位の変化に関しては、ペルシア的伝統の影響として、一貫して否定的な見方を示しているという。

 これに対し亀谷氏は、サーサーン朝期における女性の為政者の存在を示す資料から、アッバース朝期における女性を取り巻く状況の悪化の原因を一枚岩的にペルシア的伝統とすることに異議を唱えた。コメントではまた、アハメドが初期イスラーム時代の女性について議論する際、言説構築に関する議論と歴史的事実に関する議論の区別が曖昧となっていることが指摘された。亀谷氏によると、初期イスラーム時代史の研究においては、言説構築の分析が主流となっていく一方で、実態の方がブラックボックス化されていく傾向があるという。

 以上の議論を踏まえて最後に、当時の女性の状況についての「事実」を議論するうえで、アラビア語文書資料が手がかりを与えうるかもしれないという示唆がなされた。

(報告:賀川恵理香 京都大学・院)

 


 研究会の後半は、山﨑和美氏(横浜市立大学)による「イラン最初期の婦人雑誌:1910~20年代における女性教育との関わりから」と、それに対する山口みどり氏(大東文化大学)のコメントによって始まった。第三回研究会で行われたエジプトと日本における女性雑誌の比較に続き、20世紀初頭のイランと19世紀イギリスを対象に、当時の女性雑誌とその社会的な役割がそれぞれ紹介された。

 報告者の山﨑氏によれば19世紀後半から「近代化」の波をうけたイランでは、20世紀初頭に女性教育推進の機運が高まっていた。それを担ったのは「エリート女性」であり、具体的には「女性知識人」「女性教育家」「女性活動家」「フェミニスト」らだった。彼女たちの活動は女性団体の設立および婦人雑誌の創刊、私立女性学校の設立と連動して行われ、それらが教育推進と慈善活動と結びついていったことに特徴がある。

 「エリート女性」たちは女子教育の必要性を主張するため、次の三点の議論を展開し戦略とした。まず、イスラームおよび道徳的見地からの合理化を主張し、保守層からの反発を回避した。また、欧米由来の近代的な衛生学・家政学を養成し、イランの進歩・発展に関心をもつエリート層の支持を集めた。さらに、母・妻の役割を祖国の進歩・発展と結び付けることでナショナリズムに訴え、広範な支持を集めたのである。こうして「近代的」な理想的女性像を掲げ、彼女たちは女子教育の必要性を訴えていった。時代の潮流に乗って、イラン国内では婦人雑誌の刊行が増加していったことが確認された。

 コメンテーターの山口氏からは19世紀になって飛躍的に向上した識字率を背景に出版された女性雑誌・少女雑誌についてコメントがあった。なかでも、女性雑誌English Woman’s Journal (1858-64)およびVictoria Magazine (1863-80)、少女雑誌Girl’s Own Paper (1880-1956) およびThe Monthly Packet of Evening Readings for Younger Members of the English Church (1851-1899)が取りあげられ、これらの発行部数、値段、内容、頒布数などが紹介された。

 注目すべきは少女雑誌が果たした役割である。保守的な少女雑誌Monthly Packet誌においても、読書案内やエッセイコンテストといった知的刺激によって次第に読者が「覚醒」し、1890年代には誌上で行われた女性参政権をめぐる議論では、議論参加者の大半が参政権に賛成の立場をとった。このように読者が思わぬ方向に育ったことから、少女雑誌が「新しい女性」を生みだす役割を果たしていたといえるとの指摘がなされた。

 以上を比較してみると、特に内容面において、識字教育・母乳教育(乳児期の子どもは乳母ではなく母親の母乳で育てるべきであるという思想)の必要性については、時期には違いがある(イギリスでは主に18世紀)ものの、イランとイギリスの女性雑誌で共通して主張されていることが明らかになった。これらの主張がなされた理由については、各々の社会的・文化的な背景を考慮したうえで検討する必要があるだろう。加えて、「婦人雑誌」と「女性雑誌」の語義規定や使いわけについては慎重に検討する必要性が確認された。

(報告:木原悠  お茶の水大学・院)


 続いて、宇野陽子氏(東京大学)のミニ報告「『男性の世界』を探してみたら」が行われた。この報告は1914年に創刊された女性雑誌『男性の世界 Erkekler Dunyas?』についての概要および研究の展望に関するものである。

 報告者の宇野氏によれば、本雑誌はルファト・メヴラーンザーデが編集した女性雑誌で、女性問題を男性の責任とし、当時のトルコでは珍しい男女の恋愛ベースの家庭生活を理想に掲げていたところに特徴があるという。編者メヴラーンザーデの妻はヌリイェ・ウルヴィイェであることから、『女性の世界』(ヌリイェ・ウルヴィイェ編。前回チャラール氏の発表において取りあげられた)と『男性の世界』は姉妹誌の関係にあたると推察される。しかし、メヴラーンザーデ自身はクルド人自由主義者ゆえに長きにわたり追放生活を送っており、本誌もまた、創刊号のみで終わっている。

 報告では『男性の世界』そのものに加えて編者メヴラーンザーデの特異な経歴が明らかになった。また、彼について注目することで新たな疑問も浮かび上がってきた。すなわち、女性雑誌を刊行するに至るその背景とは何であったのか、彼の人生においてフェミニズムとの出会いはどこだったのか、もし彼が追放生活を送っていなかったならば、本誌に次号は存在したのだろうか、等である。これらの観点もふまえつつ、今後のさらなる考究が待たれる。

(報告:木原悠)


 今回も23人ほどの参加者が得られた。初期イスラーム史の研究状況からイギリスの少女雑誌の内容まで、普段は一つの研究会では決して聞くことがないような幅広い話題について情報を交換したり、議論したりで、本当に楽しい会であった。

(報告まとめ:後藤絵美)

当日の様子

開催情報

【日時】2017年7月8日(土)13:00-17:00

【会場】東京大学東洋文化研究所3階 大会議室

【プログラム】
 13:00-14:30 第1部
  読書会 『イスラームにおける女性とジェンダー』
  第2部「基礎となる言説」第3章 女性とイスラームの勃興、第4章 過渡期
  レジュメ担当:保井啓志(東京大学、学振特別研究員DC)
  コメント:亀谷学(弘前大学、初期イスラーム史)

 14:50-16:10 第2部
  報告「イラン最初期の婦人雑誌:1910~20年代における女性教育との関わりから」
  報告者:山﨑和美(横浜市立大学)
  本報告では、イランの女性知識人らが発行した最初期の婦人雑誌に注目する。発行者は多くの場合、女性団体や私立女子学校の設立者でもあり、彼女らによる教育・慈善事業は、この時期以降、愛国主義的活動と結びついて草の根的に拡大していった。本報告では、最初期の『知識(Danesh, 1910-11)』と『花の蕾(Shokufe, 1912-16)』に注目し、その内容を1920年代の婦人雑誌と比較する中で、20世紀はじめのイランでの女性教育に関わる議論の特徴について見ていく。
  コメント:山口みどり(大東文化大学、西洋史・ジェンダー論)

 16:20-17:00 第3部
 ミニ報告「『男性の世界(Erkekler dunyasi)』を探してみたら」
 報告者: 宇野陽子(東京大学)
  前回のチャーラルさんのミニ発表で画像が示された『男性の世界』という雑誌について、調べた中でわかったことや自分の本来のテーマ(トルコ政治)との結びつきなど、これからの研究の糸口になりそうなところ紹介する。

【言語】日本語

【主催】科研費基盤(A) イスラーム・ジェンダー学構築のための基礎的総合的研究
     代表:長澤榮治(東京大学東洋文化研究所)
     公募研究会「砂漠の探究者」を探して―女性たちと百年
     代表:岡真理(京都大学) 事務局:後藤絵美(東京大学)

担当:長澤



登録種別:研究活動記録
登録日時:MonAug2111:07:542017
登録者 :長澤・後藤・藤岡
掲載期間:20170708 - 20171008
当日期間:20170708 - 20170708