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国際ワークショップ「「生きた書」としての聖典:クルアーン、ジェンダー的公正、現代のムスリム/Living Text: The Qur’an, Gender Justice, and Muslims Today」が開催されました

報告

 本ワークショップは、ノース・カロライナ大学チャペルヒル校のユリアヌ・ハンマー氏の来日にあたり、イスラーム・ジェンダー学科研(IG科研)と東洋文化研究所の企画によって開催されたものである。IG科研の運営メンバーである鳥山純子氏の司会進行により、東洋文化研究所の森本一夫准教授が開会の言葉を、IG科研の代表者・東洋文化研究所教授の長沢栄治氏がプロジェクトの紹介を、それぞれ述べた後、二つの研究報告が行われた。

 一つ目は東洋文化研究所准教授の後藤絵美による「クルアーンの邦訳と「ジェンダー的公正」/Japanese Translations of the Qur’an and “Gender Justice”」であった。本報告ではまず、アラビア語の普及率の低い日本において、クルアーンの邦訳がイスラームに関わる言説を形成する重要な材料となってきたことが指摘された。その上で、1920年以来、11のクルアーンの邦訳が出版されてきた中で、男女の関係性がどのように訳出されてきたのかを、クルアーンの4章34節を事例として比較検討された。

 そこで明らかになったのは、言語学や宗教学の専門家の手による良訳として知られる井筒俊彦訳(1957年〜58年初版、1969年改訂版)が、中世期のアラビア語のクルアーン注釈書をもとに訳出されているがゆえに、男性優位の視点をもっとも顕著にあらわれているということである。また、日本人ムスリムの手による初めてのアラビア語からの翻訳である三田了一訳(1972年初版、1982年改訂版)は、男女の同等なあり方がとくに意識されながら訳出されたものであったことも指摘された。

 報告では、訳出のプロセスやそれぞれの訳の傾向を知ったうえで邦訳クルアーンに接する必要があること、また邦訳を読んだだけでは、米国のムスリム女性運動の中で模索されているような「新しい」クルアーンの読み方を知ることができないことが指摘された。こうした「新しい」ものも含む、異なる読み方が存在することを知り、それらを含めて、イスラーム理解の材料とすることが、「ジェンダー的公正」の土台づくりの一歩となるのではないか、というのが報告の主旨であった。

 二つ目の報告はユリアヌ・ハンマー氏の「クルアーン、ジェンダー的公正、(米国の)ムスリム女性運動/The Qur’an, Gender Justice, and (American) Muslim Women’s Activism Today」であった。クルアーンの言葉に端を発するイスラームの言説と「運動」という実践の関係について、ハンマー氏は、前者が先で後者が続くという一般的な捉え方に疑問を呈した。「クルアーンがすべての出発点となり、中心となる」という考え方自体、ごく現代的なものであるとし、米国で運動を実践する女性たちを含めて、ムスリム知識人らが、この考え方を受容し、それに従って言説を紡いだり、運動を行ったりすることで、一定の「権威」を獲得してきたと論じた。

 ただし、クルアーンを中心に置くすべての言説が、あらゆる場面での「権威」を得られるわけではないことも指摘された。「ジェンダー的公正」に関して言えば、(家父長的な社会においては)家父長的な言説の方が圧倒的に優位にあり続けている。そうした中で、クルアーンを起点としたフェミニスト的言説や運動を生み出してきたのが、現代アメリカのムスリム女性解釈者たちであった。ハンマー氏はそのうち、アミーナ・ワドゥード(1952- )を事例として、彼女たちを含む、現代的な解釈の方法論を紹介した。

 その特徴は第一にクルアーン全体を貫くものとは何かという問いが念頭に置かれていること、第二に、各章句が歴史的文脈から理解されていること、そして第三に「良心による一時停止(conscientious pause)」が実践されていることである。最後の「良心による一時停止」とは、クルアーンの章句にある言葉をそのまま受け入れることが、現代の文脈において倫理的に困難である場合(たとえば女性に対する暴力を示唆する章句などを前にした場合)それを拒否する(=noと言う)ことであるという。報告では、そうしたクルアーン解釈のあり方や結果として生み出されるものもまた、イスラームの言説であり、実践であることが示された。

 20名ほどの参加者からは、米国の女性解釈者の言説や実践の受容状況や、クルアーンの解釈の違いが何から生じるのかという点など、数多くの質問や議論が提示された。クルアーンは、人々に読まれ、翻訳されるだけでなく、つねに「生きた書」として、人々のあいだにあったことが改めてわかる貴重な時間となった。

(報告:後藤絵美)

当日の様子

開催情報

当ワークショップは、ノース・カロライナ大学チャペルヒル校および東京大学日本・アジアに関する教育研究ネットワーク(ASNET)との共催によるものです。

日 時:2017年5月25日(木) 17:30-19:30

場 所:東京大学東洋文化研究所3階大会議室

言 語:英語

プログラム:
司会: 鳥山純子 (JSPS, 桜美林大学)
17:30 開会の言葉 森本一夫(東洋文化研究所)
17:35 IG科研プロジェクトの紹介 長沢栄治(東洋文化研究所)
17:45 報告1: クルアーンの邦訳と「ジェンダー的公正」 後藤絵美(ASNET/東洋文化研究所)
18:15 報告2: 米国における女性運動とクルアーン ユリアヌ・ハンマー(ノース・カロライナ大学チャペルヒル校)
18:45 質疑
19:25 閉会

主催:東京大学 東洋文化研究所(IASA), 科研費「基盤研究A イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究」代表:長沢栄治

共催:ノース・カロライナ大学チャペルヒル校, 東京大学 日本・アジアに関する教育研究ネットワーク (ASNET)

担当:長澤



登録種別:研究活動記録
登録日時:MonAug2110:44:472017
登録者 :長澤・後藤・藤岡
掲載期間:20170525 - 20170825
当日期間:20170525 - 20170525