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ムイッズッディーン=バヘラーム(Mu`izz al-Din Bahram)の墓とよぶ。クトゥブ=ミーナールの西方約4.8キロメートル,マヒパールプル部落の東南約1.4キロメートル,メヘローリーロードの南側にある。附図.D-12
ドームをいただく,八本柱からなる八角平面の建物であるが,現在では,近代の支柱によって補強され,墓石の痕跡は認められない。この建物は,奴隷王朝初期の墓建築である,いわゆるスルターン=ガーリーのすぐ南側に立っている。フィーローズ=シャー=トゥグルクによる改築・補修を記したトゥグルク朝後期の文献や,その他の資料にもとつく考証から,この建物は,おそらくは,フィーローズ=シャー時代に,全面的に改築された,奴隷王朝中期の,スルターン=ムイッズッディーン=バヘラームの墓であると推定できよう。なお,同じくトゥグルク朝の文献がふれている,奴隷王朝中期の,スルターン=ルクヌッディーン=フィーローズ(Rukn al-Din Firuz)の墓は,おそらくは,この墓建築のすぐ東に立っていたものと推定されるが,現在では,まったく消失してしまっている。第Ⅱ期。
東研.Ⅸ-2;ASI.Ⅳ-106

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