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シーリー(Siri)の城砦として知られており,シャープル=ジャート部落の西側を西端として,その東方に約1.6キロメートルにわたってひろがっている。附図.H-11
この城砦は,現在では,ほとんど廃墟となっており,ところどころに,城門や城壁が崩壊したすがたをさらしている。その遺構や地形をたどると,東西約1.9キロメートル,南北約1.2キロメートルにおよぶ,ほぼ楕円形をした,大規模な都城であったことがわかる。シーリーは,ハルジー朝のスルターン=アラーウッディーン=ムハンマドが建設したとされる都城であるが,その場所の比定に関しては,二,三の異説が表明されたこともあった。しかし,現在では,この廃墟をシーリーの城址とするのが,ほとんど定説となっている。第Ⅰ期。
東研.Ⅷ-5;ASI.Ⅲ-291

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