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第41回東文研・ASNET共催セミナー「アマルティア・センの『正義のアイデア』」

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【報告】第41回東文研・ASNET共催セミナー
「アマルティア・センの『正義のアイデア』」

第41回東文研・ASNET共催セミナーが2011年12月1日(木)に開催されました。
以下、報告させていただきます。

日時:2011年12月1日(木)17:00-18:00
場所:東京大学東洋文化研究所 3階大会議室
テーマ:「アマルティア・センの『正義のアイデア』」
報告者:池本幸生(東京大学東洋文化研究所 汎アジア研究部門教授)


【報告要旨】
 Amartya SenのThe Idea of Jusitceの翻訳(アマルティア・セン『正義のアイデア』)が出版されたのを機に、センの正義についての考え方を紹介した。センの「正義論」ではなく「正義のアイデア」である理由は、それが「何が正義なのか」「何が正義に適った制度なのか」を追求する「理論」ではなく、「どうすれば正義を促進することができるか」に焦点を合わせる「アプローチ」だからである。「正義とは何か?」という問いに答えるのは容易ではないが、「今の日本政府の原発事故に対する対応は正義に適っているか?」という問いには容易に答えることができる。我々は不正義が目の前で行なわれていると憤りを感じる。しかも重要な点は、人々は多様な考え方を持っているとしても、例えば時代劇を見るとき、「正義の味方」が誰であるかについて共通の理解を持っているということである(もちろん、単純に割り切れない場合もあり、その場合には「推論」というプロセスが必要であることをセンは強調する)。人々が持っている様々な考え方を尊重した上で、さらに正義について踏み出すことができる。つまり、「何が正義か」という「理論」に全員一致で合意する必要もなく、社会の不正義を取り除くことができる。センのアイデアは極めて実践的なアプローチであるが、同時にそれは「答えられないケース」も残す余地のある「不完全なアプローチ」でもある。しかし、現実が不完全であるときに、理論は完全にはなりえないというのがセンの一貫した主張である。
 アイデアは極めてシンプルであるが、実践には努力を必要とする。もし「何が正義に適った政策なのか」という問いに答えようとすると、その判断のためには十分な情報が必要になる。政府や企業がどこまで情報を開示し、マスコミがどこまで幅広く報じるかは重要な意味を持つ。正義を求めようとするとき、「万能の理論(アイデア)」がすべてを与えてくれると安易に期待するのではなく、一人一人の努力が必要なのだということである。
 [池本幸生]