2.FORT

城砦および城壁、城門 

 この地はムスリム勢力の占領以前には、13世紀初頭から14世紀初頭にかけてヤーダヴァ Yadavaのヒンドゥー王朝の首都としてデーオギリ Deogiri(デーヴァギリ Devagiri)と呼ばれていた。ムスリム支配に入ってからはドーラターバードとして、城砦を取り囲むかたちで大城市を形成していたわけである。本来のドーラターバード大城砦がヒンドゥー王朝のヤーダヴァ勢力によって建てられたものであることは、その構造や様式からうかがえる諸特徴によって明らかであるとされている。この城砦の堅固な構造の実態は、南アジアの諸地域に残存する城砦、城市について記したシドニー・トイ Sidney Toy の著書のなかに要領よく紹介されている。たとえばその城砦の周囲に巡らされた二重の城壁に加えて、城門への接近を難しくしていて濠を備えた更なる城壁が構築されているという防御の方式からも、その構築のすぐれた構想と建設の実態とがよくうかがえる。複雑に曲がりくねらせている大小の通路、バスティオンや胸壁を備えた重厚な壁の造り、堅固な兵士の詰め所などを巧みに配した多重な入口の城門のありかたは、この大城砦そのものの防御に対する優れた感覚をよく示していると思う。もちろん、このドーラターバード大城砦が、構築の当初から、いわばデカン高原の荒野に屹立する壮大且つ堅固な岩丘という自然環境を十二分に利用して構築されている点も重視すべきであろう。(荒松雄)
 

 

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