| 『紀要』第136冊 |
舘野正美「吉益東洞『古書医言』の文献学的研究——とくに自筆原稿との交合によって——」要旨 |
| 吉益東洞、我が国江戸時代における、いわゆる“古方派”最大の医家である。その医学説は、陰陽五行説を排し、一切の病因はおろか病名すら全く語らず、<万病一毒説>の旗標のもとに峻剤による治療の徹底を主張し、独自の天命説を唱える、一種画期的なものであった。 |
| その吉益東洞の医学説を現状に伝える中心的資料が『古書医言』である。ところがこの書物それ自体については、東洞自筆の原稿(写本)が存在するにもかかわらず、従来ほとんど研究されてこなかった。そこで本論文においては、現伝本『古書医言』の記述の内容を自筆原稿本のそれと比較することによって明らかにしようとするものである。 |
| 『紀要』第136冊 |
吉開将人「印からみた南越世界——嶺南古璽印考(前篇)」要旨 |
| 中国広東省で発見された前2世紀の南越王墓からは、数多くの印章・封泥資料が出土した。これを印章そのものの特徴や文字など特徴によって検討した結果、同時代の秦漢両朝とも異なる。南越国独自の印章制度とその特徴が明らかとなった。これを踏まえて、周辺地域の関連資料を再検討してみると、かつてベトナム北部で発見された「胥浦侯印」銅印が、この南越国の印であることが判明した。これにより、今日の広東省を基盤に成立した古代の南越国が、漢の武帝による郡県化以前にベトナム北部にまで版図を広げ、独自の任官をしていたことが明らかとなった。 |
| 『紀要』第136冊 |
大木康 「冒襄『影梅庵憶語』訳注(一)」要旨 |
| 『影梅庵憶語』は、明末清初の文人冒襄(1611〜1693)が、もと南京秦淮の妓女であり、その側室となった董小宛の早世の後、彼女の思い出を綴った記録である。回憶文学の傑作であるとともに、当時の文人の生活の様子をうかがうに足る好資料でもある。本稿は、その全文の校訂、翻訳、注釈である。第一部は、冒襄と董小宛との出会いから、彼女が側室として冒家に来るまでの顛末を記した部分。結婚相手は親が決めるものであった当時の中国にあって、董小宛は自ら冒襄に嫁ぎたいと望み、行動を起こす。困難だった彼女の身請け話を解決したのは、明末文壇の大御所、銭謙益であった。 |
| 『紀要』第136冊 |
前川亨 「中国宗教の原質としての「宇宙神教」——中国宗教の全体構造に関するモデル——」要旨 |
| 本論は、デ=ホロートに由来する「宇宙神教」の概念の検討により、中国宗教の全体構造を記述する。中国の多様な諸宗教は、この宇宙の秩序への完全な信頼と信仰として表現される「宇宙神教」の、様相的な変容と変形である。本論で我々はまず、中国の形而上学のよく知られた基礎的な諸概念を再検討し、それらが中国人の基底的な「生命感情」の表現であることを示す。宗教的・哲学的な教団や学派が用いる諸概念は、価値の共通領域である「宇宙神教」から発出する。本論は次に、中国宗教における救済の観念に注目し、エリート宗教がポピュラーの次元に下降する様相を重視する。これは仏教の「土着化」を説明するのにも有効である。最後に我々は、生命感情を特定の社会集団に特徴的な形態に塑型する力として「ノモス」を想定する。これらの検討を通して、中国宗教の構造についての包括的なモデルを作成したい。 |
| 『紀要』第136冊 |
金鳳珍 「兪吉濬の近代国家観」要旨 |
| 兪吉濬(1852—1914)の開化思想のなかには伝統(思想)と近代(思想)が混在する。近代国家観もそうだが、それを開化論、国権論、民権・人権論、立憲君主制論、君権論に分けて考察する。そのさい、伝統と近代との化学反応、異種交配の現象に注目する。「伝統=保守、特殊、負;近代=進歩、普遍、正」といった図式は捨象する。伝統と近代の間で、両方の長短を止揚するかたちで「より普遍的なもの」を追求し創出しようとする、こうした思惟態度を、彼の近代国家観にうかがうということである。 |