「経営戦略における伝統の拘束性―『老舗』をめぐる経営文化論―」
第29回東文研・ASNET共催セミナーが2011年5月26日(木)に開催されました。
以下、報告させていただきます。
日時:2011年5月26日(木)17:00-18:00
場所:東京大学東洋文化研究所 1階ロビー
テーマ:「経営戦略における伝統の拘束性―『老舗』をめぐる経営文化論―」
報告者:塚原伸治(日本学術振興会特別研究員PD)
報告要旨
企業経営における「伝統」について、特に顧客を含めた社会的ニーズへの対応という点から理解することを試みた。
本報告の研究フィールドである福岡県柳川市は、観光客も訪れる「伝統的」な町としてそこにあるが、実際に個々の店の来歴をたずねてみると、予想外に新しい歴史しかもっていないことに気がつく。「伝統的」にみえるけれども実は新しい、という矛盾をいかに理解するべきか。
調査の結果明らかになってきたのは、柳川において「老舗」と呼ばれるような店の多くが、根拠があり明確なものとしての伝統を有していないことが多く、むしろ企業の側の積極的なアピールによって「伝統らしさ」が強調されてきたことである。そのアピールは時に社会に受け入れられるためのフィクションを含む。すなわち、「老舗」は日々の「老舗になる」という実践のもとに構築されているものなのである。
一方、老舗が社会的なニーズへの対応の結果であることは、必ずしも老舗自身にとって望ましくない結果をもたらすこともある。老舗であるという評価は、常に「老舗は老舗らしくなければならない」という期待を含みこんでしまうからである。
すなわち、企業経営における「伝統」は、以下のように理解できる。まず、その「伝統」は、当事者による日々の実践によって構築されるものだということである。その実践は、「確からしい」伝統に価値を求める社会的な欲求を逆手に取った積極的な対応として現れる。一方、当事者が積極的に「伝統」を求めていくのにも関わらず、社会的欲求が経営に対して過剰となり、逆に困難を引き起こすことがあるのである。すなわち、「伝統的企業=老舗」は、社会との相互交渉やせめぎ合いのもとで自らの伝統をつくり、そして時にはそれに拘束されつつ存在してきたといえよう。
[塚原伸治]