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第32回東文研・ASNET共催セミナー「自発的なヴェール着用をどう読み解くか――夢に関する『語り』からの一考察」

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【報告】第32回東文研・ASNET共催セミナー
「自発的なヴェール着用をどう読み解くか――夢に関する『語り』からの一考察」

第32回東文研・ASNET共催セミナーが2011年6月30日(木)に開催されました。
以下、報告させていただきます。

日時:2011年6月30日(木)17:00-18:00
場所:東京大学東洋文化研究所 1階ロビー
テーマ:「自発的なヴェール着用をどう読み解くか――夢に関する『語り』からの一考察」
報告者:後藤絵美(日本学術振興会特別研究員PD)

報告要旨
 1970年代以来、中東や東南アジア、欧米を含む各地で、ヴェールを着用するムスリム女性の増加という現象が見られた。政治的権力や家父長的慣習によるヴェール着用の強制が非難を浴びる一方で、研究者らの関心を引いたのは、高学歴で社会進出を果たした女性による「自発的」なヴェール着用であった。彼女たちはなぜ今、ヴェール着用を選択するのか。この問いに対して先行研究では、着用者を取り巻く社会的状況の分析を通して、その選択を(1)女性の社会進出を推進・補助するための戦略的手段とする見方や、(2)異なる精神性や生き方を提供する新たな共同体への参入をあらわす行為とする見方が提示されてきた。それに対し、本報告では、ヴェール着用の選択を宗教的な知識や意識、体験との関わりから捉えようと試みた。

 具体的に行なったのは、エジプトで「悔悛した芸能人女性たち」と呼ばれた人々の「語り」の検討である。1980年代以来、エジプトでは40人以上の著名な女優や歌手、ベリーダンサーらが、今後の活躍が期待される時期に、突如としてヴェール着用を決断し、芸能活動から引退したり、活動の種類や場を変えたりしてきた。これらの女性たちは、宗教に関わる語彙で自らの行為を説明し、宗教活動への積極的な参加を見せたことから、しばしば「悔悛した芸能人女性たち」と呼ばれた。彼女らはインタビューや対談の中で、「悔悛」やヴェール着用までの経緯を繰り返し語り、その言葉とされるもの(本報告ではこれを「語り」と呼ぶ)は、新聞や雑誌、テレビ番組の中で紹介され、後には本や冊子に集録されたり、ウェブサイト上に掲載されたりしてきた。

 本報告では、1993年から2007年までにカイロで出版された五つの冊子に掲載された「語り」のうち「夢」にまつわるものを紹介し、その中にあらわれる宗教的な知識や意識、体験といった要素を拾い上げていくという作業を行なった。夢で預言者ムハンマドに身体を覆うよう促されたことからヴェール着用を決意したという「語り」がある一方で、亡父が母の夢枕で自分に対して腹を立てていたと聞いたことから、あるいは、天国で預言者との面会に呼ばれる夢を見たことから、ヴェール着用を決意したという「語り」がある。本報告では、それらの「語り」を支えてきたものの一つが、夢には神の「警告」や「吉報」を運ぶものがあるという思想であったことを示し、そうした宗教思想が存在し、受容されていたからこそ、日常のともすれば何でもない瞬間が特別な意味を持った「出来事」となり、人々に宗教行為の実践(ここではヴェール着用)を促したのではないかと論じた。最終的には、近年におけるヴェール着用の選択の背後に、ある種の宗教思想の受容と浸透があったのではないか、という見方を提示した。

 この報告に対して、フロアの方々からは、芸能人女性の事例が一般女性の話にも通じるものなのかという疑問や、男性編者による冊子に集録された女性の「語り」を用いることの有効性に関する疑問など、多くの鋭い質問や貴重なコメントをいただいた。暑い中、参加してくださった方々と準備や運営をしてくださったASNETの皆さん、どうもありがとうございました。
[後藤絵美]