ウマイヤ朝期にムルターン地方までイスラーム勢力が到来し、その後も沿岸部においてはイスラーム商人との交易が推進された。10世紀には、アフガニスタンに本拠をおくガズナ朝やゴール朝は、ゆたかなヒンドゥー王国からの戦利品の略奪を目的として到来をくりかえした。

 しかしながら、インドにおける本格的なイスラーム政権の樹立は、12世紀末以降のことであり、インド・イスラーム遺構もこの時代以前に遡ることは難しい。12世紀末にはトルコ系のムスリムがデリーに政権を樹立した。その勢力はベンガル、デカン、グジャラートなど大陸各地へと波及し、14世紀中頃には各地にイスラーム地方王朝が成立するにいたった。中世には、イスラーム地方王朝同士の抗争だけでなく、ヒンドゥー王国も拮抗勢力を有し地方文化が熟成した時代である。その後、16世紀初頭に中央アジア出身でトルコ・モンゴル系を自称するムガル勢力が侵入し、16世期後半には北インド一帯をおおう大ムガル帝国を樹立した。ムガル朝期には、インド亜大陸ほぼ全域にムスリムの支配が行き渡ることとなり、イスラームを基盤とするムガル朝文化がインド亜大陸全域に伝播した。

 インドにイスラーム支配が樹立されると、イスラーム教徒たちは都市に集まって住み、モスクや墓建築を構築した。これらの宗教建築は、イスラーム教徒が施主となり、イスラーム教徒の信仰のための建築で、インド・イスラーム建築(Islamic Architecture in India)と呼ぶことができよう。しかし、宗教建築に限らず、イスラーム教徒が中心となって建設した宮殿、水利施設、城砦などの世俗建築をも含めてインド・イスラーム建築と呼ぶことにする。

 インド・イスラーム建築の特色は、イスラーム化以前のインドの土着建築文化とイスラームがもたらした中東に起源する建築文化との折衷建築である。なお、折衷の度合いは決して一様ではない。地域時代によって様々である点がもう一つの特色となる。折衷の度合いを計る尺度の例に、持ち送り式と迫り持ち式梁柱構法とアーチ構法などがある。

 

→より詳しい説明年代別解説/地方別解説/用語解説


都市別目次ページへ
都市・施設別一覧へ