本グループでは、イスラーム世界における文化の発展と伝達、そしてそれらと社会との相互関係を探ることを目的とする。研究対象となるのは美術・工芸・建築及び学問・知識であり、イスラーム世界の宗教生活・世俗生活のいずれにも密接に関わる分野である。これらの研究対象の特徴は、文字のみではなく、造形や口頭など非文字媒体をも介して形成されてきた点であり、イスラーム地域研究の中でもユニークな分野と言うことができよう。こうした発現・媒体の多様性という面から、本グループ内のそれぞれの研究会は各テーマの専門家以外に周辺地域・近接学問の専門家の参加を呼び掛ける。
昨年度から継続される、絵画・書・彩飾など幅広い美術を対象とするイスラーム地域の美術史的研究「サライ・アルバム研究会」に加えて、今年度からは新たに二つの研究会を立ち上げることになった。一つはイスラーム地域の工芸史、とりわけイスラーム地域で著しい発展をみた窯業史を研究する「イスラーム地域における窯業の発展」、もう一つはイスラーム地域における知識の様態と、そこでの知識観の特質を解明することを目的とする「イスラームにおける知識と社会の相関関係」である。更に、小研究会としてイスラーム地域の建築史・都市史を対象とする「中東の都市空間と建築文化」も行う。
(文責・桝屋 友子)
(aグループ)
イスラーム地域では陶器・ガラス器・煉瓦に代表される窯業が世界の他の地域に類例を見ないほど著しい発展を遂げてきた。日常生活用品、宗教用品および建築材料として生活にかかせない道具・用材を提供してきた窯業を研究することは、とりもなおさずイスラーム地域の生活の一端をかいま見ることに他ならない。本研究会は、広汎なイスラーム地域で共通する窯業の特色と地域的・時代的な特異性をイスラーム美術史学及び東洋陶磁史学、考古学、銘文学、民族芸術学など様々な分野の学問を通じて研究・調査することを主眼点とする。また、現在まで世界的にはあまり知られていないが、数々の日本コレクションが所蔵する注目すべきイスラーム窯業製品の調査を積極的に行い、公表していくことによって国際的なイスラーム地域窯業研究に寄与することも本研究会の目標である。
研究代表者: | 桝屋 友子(東京大学東洋文化研究所) |
研究メンバー: | 岡野 智彦(中近東文化センター) |
大津 忠彦(中近東文化センター) | |
高橋 忠久(中近東文化センター) | |
佐々木 達夫(金沢大学文学部) | |
佐々木 花江(金沢大学埋蔵文化財調査センター) | |
森 達也(愛知県陶磁資料館) | |
飯島 章仁(岡山市立オリエント美術館) | |
巽 善信(天理参考館) | |
山内 和也(シルクロード研究所) | |
阿部 克彦(上野学園大学専任講師) |
(文責・桝屋 友子)
(aグループ)
オーガナイザー: | 森本 一夫(東京大学東洋文化研究所) |
佐藤健太郎(東京大学人文社会系研究科博士課程) |
知識は、学者・知識人たちの技術的な知的営為の中だけで完結するものではない。それは常に社会との相関関係のもとに存在する。それは、社会に働きかけ、影響を及ぼし、また逆に社会のあり方や変動によって形づくられるものである。本研究会では、知識と社会の間に存在するこのような相関関係の様々な局面を論じ、イスラーム文明における知識の様態と、そこでの知識観の特質を解明することを目標とする。固有の意味、あるいはメッセージを持った知識が、時に断片的なものとして、時に体系的なものとして、社会とその構成員に影響を及ぼす過程、それとは逆に社会が知識を生み出してゆく過程、あるいはそのようなダイナミックな過程としては捉えがたいような知識と社会の間の静かな緊張関係を、できるだけ「知識」の内容自体に踏み込みながら検討したい。その際、知識に起こる変化と社会変動の間の単なる表面的な関係探しをもって説明とするのではなく、知識を取捨選択する、あるいはそれに無意識に呑み込まれたり創りだしたりする個々人や集団の意識やアイデンティティの問題に迫ることを目指す。
ムスリムとしての行動の規範を幅広く規定するイスラーム法学が、ムスリムひとりひとり、あるいは彼らが構成する社会に対して持つ影響力は計り知れない。個々の規定事項という次元でも、あるいは社会集団としての法学派という次元でも、またその他の様々な次元でも、本研究会がイスラーム法について検討せねばならない問題は数多い。
イスラーム史研究の分野では、マドラサなどを舞台としイスラーム法学を中心とした高等な宗教教育とそれに深く関係するウラマーの問題が、その政治的、社会的意義の解明に力点が置かれる形で論じられてきた。この分野での研究の蓄積は我が国でも比較的多く、関心を持つ層も若手研究者を含め比較的厚い。しかし、たとえば特定の都市における法学派の発展を論じるとき、主に用いられてきた方法は、マドラサの数の推移といった計量的な手法が中心だったのではないだろうか。本研究会では、たとえばこのような問題を考える際にも、マドラサという場で伝達・再生産された知識自体の内容を視野に入れ、議論を深めてみたい。特定の地域の特定の法学派の発展について論ずる際にも、問題を一旦は普遍化し、法学知識とその普及が地域社会というものにもたらす社会的変化、あるいは個人・社会集団の行動や思考様式に及ぼす影響を探求し、そのような根本的な理解に基盤をおいて考察することを志向する。
なお、イスラーム法に関係する諸問題については、必要に応じ、イスラーム法を中心的な対象として研究を推進しているIAS1班c「イスラームの国家と社会」に協力を仰ぐ。
知識と社会の相関関係はなにも法学に限定されるものではない。他の宗教諸学、世俗的な人文諸科学、自然科学も本研究会の対象から外されてはならない。たとえばその社会的な重要性に鑑みるとき、農学と農村社会の営み、医学と人々のからだとの関わり方、あるいは暦と人々の生活サイクル・世界観などの間に見いだされる深い相関関係を採りあげることは非常に重要である。逆に、このような必ずしも宗教的とは限らない知識と宗教的知識の共存の様態も、知識のあり方の一側面として検討の対象となりうる。
本研究会では、以上のような広範な範囲を対象とするゆえに、個別の専門的な主題について回を経るごとに議論が深められるという展開には必ずしもこだわらない。下のような形式で行われる諸発表が、上記のいまだ漠然とした問題設定に沿ってそれぞれの発表者による「挑戦」の結果行われ、「知識と社会の相関関係」に関する議論と認識が徐々に深まってゆくことを期す。
(文責:森本 一夫)
(aグループ)
中東の都市空間と建築文化の研究会
従来の日本の建築史学研究者は、日本、西洋を対象とする人々にひきかえ、中東を専門とするものはごくわずかであった。しかしながら、人文系のイスラーム研究の進展に触発されてか、近年、少しづつではあるが中東の都市や建築を研究する人、あるいは研究しようと志す人が増えつつある。とはいえ、建築史研究者層の薄さにひきかえ、広大な中東世界にあっては、研究の対象とする時代、地域、宗教も多岐にわたる。それゆえ、それぞれの研究が個別的になってしまい、お互いの研究に関する意見を交換する機会にも恵まれなかった。さらに、研究者を目指そうという若い人たちにとっても、横の交流を持つ場がないという状況であった。少し前からこうした問題を解決するために、各自の研究の方向性や問題点を発表し、他の人の意見を聞く場の必要性が説かれていた。
一方、都市や建築の歴史を扱うためには総合的な考察が必要であるにもかかわらず、他分野の研究者と意見を交流する局面が少ないという現状がある。関連分野の研究者との交流は、さまざまな刺激をもたらすはずである。たとえば、同時代の絵画や工芸と比較考察することによって建築という芸術を捉えなおす可能性、住宅史を考える上で習俗や伝統から与えられるヒント、歴史的なモニュメントの持つ意味を解き明かすための当時の社会状況など、形骸的な建築史となってしまわないためにも、歴史学者との意見交換や当時の社会を考えることは建築史にとって必要不可欠である。そして、関連分野との議論は建築史側の足らない点を補うだけでなく、おそらく建築史の側から提言できる大きな可能性をも含んでいるものと確信する。
このような状況を打破するひとつの手段として、「中東の都市空間と建築文化」という研究会を催すこととなった。この会の遠大な目的は、都市や建築という現存する実態のなかに潜む地域性や時代性を広い視野の中でとらえ、ひいてはその根底にある宗教や社会との関係に言及することである。その第一歩として、一昨年度は総花的な第一回に続き、第二回「建築とパトロン」、第三回「情報処理システムを用いた研究」、さらに第四回目に予定したオケイン氏を招いた研究会は 5 班の全体集会として多彩な発表者を迎えた。昨年度は、第四回「イラン」、第五回「インド」、第六回プリシラ・スーチェク氏による「マムルーク朝建築 」、第七回「中国」と開催した。
(発表の概要は、当HP内の「研究会報告」に掲載しています)
今年度の予定は以下のとおりである。
(文責・深見 奈緒子)